茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

さらり

大昔。
同じ会社の十数人が連れ立って、レトロに装った風の一寸小洒落た居酒屋へ。
選挙絡みの応援だかで、各課より一、二名駆り出された折のことである。
こうして顔を合わせるのもいい機会、ついでに皆で一献という流れだったのだろう。
たまたま女性は五年先輩のSさんと、一年生社員の私のみ。
部署が違うため、普段はすれ違えば挨拶をする程度の間柄だった。

店内では隣り合った二つの大卓に案内されたので、じゃ紅一点ずつ別れてね的に、
Sさんと話のできない位置へ座ることになり、知らない男性ばかりの中で少し緊張。
彼女はさすがに先輩らしく皆顔見知りのようで、すんなりその場に溶け込んでいる。
ビールで乾杯し、取りあえずの皿をつまんで、あとは各自好きなものを、てな頃には、
弾んだ笑い声が聞こえてきた。
だがまあ私も、自身は口下手ながら人の話を聞くのは大好きである。
周囲が快活な人々だったこともあり、ぎこちないなりに調子を合わせ、楽しんでいた。

そのうち、何人かがまとめて冷酒をオーダーするのに私も便乗させてもらった。
出されたそれは『もっきり』スタイル。
枡の中にコップを入れ、わざと溢れるようについで供する、今じゃ珍しくも何ともないが、
当時はディープな立呑みのお店でしか見られなかったあれだ。

ううむ、こりゃどうやって飲めばよいのだ、と些か当惑した。
枡に零れた分を飲んでははしたないだろうか、けど、そのままにしとくのもナンだし…。
同じように冷酒が運ばれた隣人を真似ようにも、トイレなのか席を外している。
結局、ええい、どうでもいいや、とコップを脇へ取り出し、枡から直接飲んだ。

すると。
少し離れた席の、美男だがとっつきにくそうなんで特に言葉を交わさなかった男性が、
「へー、意外だなあ。
 女の子ってこういう場合、枡のほうは飲まないままでいるのが普通だと思ってた。
 
そうじゃなくても、コップのほうを少し減らした後、枡から移すとかね」
やたら驚いたように大きな声を上げる。
何だ何だと四方のテーブルからも注視を浴び、思わずかーっと赤面。
「わー、すみませんー、がさつなもので…」
すぐに笑ってごまかしたが、床を無理矢理掘削して入りたい、てな気分になった。

と、間髪を入れずそこへ、
「えー、○×さんこそ意外だわー」
Sさんの陽気な声。
まだ手を付けていなかった冷酒を自分も枡から直接クイッと空け、
「お酒は気を遣わずに飲むから美味しいのにー」

彼女の人柄ゆえか、ごもっとも、といった感じの温かい笑いが起こった。
当の○×さんさえ別に気を悪くした様子もなく笑っている。
Sさんは何事もなかったように再び周囲の人々と話を続け、私もへらへら元に戻り、
そのまま和やかなムードのうちにお開きとなった。

別れ際、挨拶に近寄ったら、
「おつかれさま、また今度一緒にゆっくり飲もうねー」
朗らかにそう答え、手を振ったSさん。

かっこいいとはこういう人のことを言うのだと思った若かりし頃のひとこまである。

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