茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

ぼうずは中一の春から五年間、同じ塾に行っている。
親がそうであったように考えの甘い少年ながら、塾だけは嫌がったりさぼったりせず、
きちんと真面目に通い続けてきた。
彼にとってはどうやら“塾に行くこと=勉強”のようだ、おーい、家でもやってけろ。
それだけに、面倒を見て下さる塾の先生方には感謝の気持ちでいっぱい。
成績がぱっとしないのは本人の取り組みがいいかげんだからである。
実際、塾に行かぬままだったらどうなっていたかと思うと、うーん…ゾゾゾやで。

ネットを見ても、塾の先生が書かれた文章にはとても惹かれる。
言葉の力というものを改めて感じさせられるのだ。
尤も、ブログにしろ掲示板にしろ、痛い親の悪口吐きまくりという人だっているが、
それで本人が“真に”すっきりするなら結構なこと、また、愚痴りたいのもよくわかる。
だって、モンスターペアレント的な人々は、塾や学校へたどり着くより先に、
まずは同じ親どうしの間という手近なところで既に騒動を起こしているものだし。

ただ、保護者を頭から見下す発言はつまらない。
「何でそんなプライドのないことを嬉々として述べているのだ?」
と首をひねる。
先生なんだもん、親より賢くて当然ではないか。
賢くもない人にお月謝出して子どもへの教えを乞う親はおらん。

まあ、これはへぼい私が思うだけのこと、人さまはどうだか知らないが…
自分がへぼい親だとは十分わかっている、んでも、どうしようもない。
決して開き直りではなく、過ぎてしまった時間は取り戻せないという意味である。
で、子どもも、うわーDNA!のポッカリ者だ、勉強の“べ”の字も頭にない。
しかし、幸い子どもには時間がある(そろそろやばいが)
ここは一番、塾のお世話になって何とかへぼ虫を払いたい、どうぞお願えしますだ、が、
塾へ通わせ始めたときの本心。
ゆえに、わざわざ
「あんた、へぼい親ですね」
などと繰り返すエッヘンな行為はあまりにずれているとしか言いようがない。

お世話になっている塾の先生・魅力的な文を書かれる先生は『先生様』と呼びたいが、
ずれた先生は『何様』と呼びたくなってしまう、あらら、結局くそばばあってこったな。

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