茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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紀国

大学の卒論は、あえて言語学を選んだ。
どっちかと言えば、古典文学についてあーだこーだ捏ね繰り回して考えるほうが得意なんだが、
オリジナリティーに欠ける。
三流と嗤われる学校なれど、文献頼りのまとめ的なものでなく、私は、私の目で耳で声で足で、
“私”の卒論を書きたかった。

紀国が舞台の、魅力に満ちた分野ながら、恩師は、おっしゃった。
「僕のゼミは、フィールド主体、当然、カネがかかります。
 
親御さんの了解を得られない人は、取らんで下さい」

相談窓口である母親は、
「ふーん、何か知らんけど、やりたいんだったらやりゃあ」
名古屋弁で事もなげにそう返した。
父親は、ムスメたちのことは殆ど母親任せ、でも、黙って財源となってくれた。

恩師のおっしゃる通り、一週間~十日×五回の現地調査。
宿泊費他、両親にはずいぶん負担をかけた。
だが、私は、一生の宝物を得た。
出会った方々の、貴重なお答えばかりでなく、温かさというものが、身に沁みた。
インフォーマントの皆さんにとっては面倒な話であろう訪問調査に、
「こんな若い人としゃべるのは何年ぶりやろ」
にこにこと笑う過疎の町村のおじいさん、おばあさん。
そして、一緒にたっぷり汗をかいた仲間たち。
時には、朝と夕の二本しかないバスに乗り、二人一組に別れ、後は足のみで家々を訪ね回った。
どのペアも、次に調査をお願いしている“隣の家”が6、7キロ先、ということなど特に珍しくない。
それだけに、こつこつ地図を自作し、論を立て、掘り下げた紀国は、故郷にも似た地となった。


紀国。
訪ねた集落の小字の名さえ、今でもしっかりとアタマに刻み込まれている。
あの美しい山々が崩れ、澄んだ川が牙を剥いたのか。
けれども。
被害報道にどれほど蒼ざめようと、そんなものはただの身勝手な感傷でしかないのだ。
東日本大震災においても同様だが、どれほど懐かしく思い出深い地であろうと、私は、
ほそぼそと義捐金を続ける程度のことしかできぬ、ただの役立たずでしかないのだ。
ゆえに、じめじめ沈み込むその醜さ、愚かさぐらいは、十分に自覚せねばならない。

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