茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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善の木に咲く臭い花

大昔の流行歌『再会』(松尾和子)に、
「みんなは悪い人だと言うが わたしにゃいつもいい人だった」
というフレーズがある。

TV
東京の系列局が変な時間に投げやりな感じで再放送する古いドラマ
・・・・行き交うクルマの悉くがドアミラーでなくフェンダーミラーだったり、
玉のれんの向こうで鳴りだす電話に小花模様のカバーがかかってたり、
妙に若い小野寺昭が何故か今と変わらぬ野村昭子に町の噂を訊いてたり、
蟹江敬三や石橋蓮司が味のあるいいおじさんじゃなく組員だったりする・・・・
においても、同様の台詞は時折出てくる。

「みんなは悪い人だと言うが わたしにゃいつもいい人だった」
ストックホルム症候群を思わせる心情でもあるが、それは脇へ置いとく。
人質というドラマチックな非常事態に陥ることはまずないだろうし。


実際に日常生活の中で困るのは、むしろ逆の場合である。
ひろく善人と認められているのだが自分には合わぬ、そんな人と関わると、
非常にストレスが溜まる。

私はお節介な人が大の苦手だ。
これまた古いドラマや漫画などでお馴染みの
「あなたのこと、ほっとけないのよ」
てな世界を臆面もなく繰り広げられちゃうとうんざりする。
ほっといてくれれば済む問題なのに些細な言葉や表情から想像を膨らませ、
他人の心を汲んだつもりで得々と的外れな言動を重ね…。
元の問題よりその人が発生させる渦に巻き込まれる方が苦痛となってくる。

しかし、お節介な人とは、言い換えればサービス精神旺盛な善人でもある。
悪意により腹立たしい思いをさせられたなら文句の一つも言えようが、
「あなたのためを思って…」
という善意の結果であるならば黙り込むしかない。

あなたのためを思ってのアドバイス→審査員気取りの他者分析。
あなたのためを思っての心を引き立てる明るい冗談→無神経なおちょくり。
あなたのためを思っての周囲への働きかけ→裏話のばらまき。
正直私にはこのようにしか感じられないのだが、むっとした顔を見せれば、
「私の気持ちはわかってくれてると思うけど、気に障ったらごめんなさい」
と、反対に友情や度量を問うかのような言葉で不満にストップをかける。

また、善人は社交性に富むため、私の数少ない知己殆どと交友を持つ。
波風立てて“人の真心を素直に受け取れぬ奴”という評が広まるのも癪だし、
自己の体面を保つべく心ならずもお節介に対し感謝の意を述べるのだが、
返される満足げな笑顔に余計苛々が募る。

こうした精神衛生上宜しくない生活をいつまでも続けられるわけがない。
ついには狷介な本性を現し、結局、折角の人の和も輪も自ら手放してしまう。
私とて折々に自分のケツの穴の小ささを恥じることもあるが、
自己嫌悪という倒錯した自慰行為に耽るくらいならケツ捲って逃げるわえ。
それにしても下関係ワードばっかだなおい。

おのれの善を信じて疑わぬ人は、ある意味悪人以上に厄介な存在だ。
下戸にイッキ飲みを強いるが如き行為を軽いノリでやってのける。

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