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茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

良順先生の足あと (3)

声をかけて下さったのは、創業者一族の奥さんだった。
例の如く子どもが夏休みの宿題で…”ともごもご事情を話したところ、
いともあっさりと工場の反対側にあるお邸の方へ案内して下さり、恐縮。

樹木の茂るそこには、地方財閥だった当事の空気がひっそりと沈んでいた。
昭和の戦火で甚大な被害を蒙ったものの、二条関白直筆の免許状を始め、
庭園の松を愛でに度々来遊したと言う貫名海屋が残した書幅、
十八代当主と親しかった東郷平八郎が手ずから刻し贈った円形の篆額、
近いものでは風雅な離れで三木武夫がしたためていった書額等々、
貴重な品々が邸内のあちこちに当たり前のような顔で溶け込んでいる。
場違いな母子はトボーンと呆気にとられるばかりだ。

奥さんは、明治・大正の頃の広告が一部残っていた筈、と書庫の鍵を開け、
コピー機にかけて惜しげもなく提供して下さったのだが、
特に目を惹く刷物=軽い会釈の形で向い合う正装の紳士淑女を中央に、
モダンな意匠を凝らしてある=を渡す際、さらりおっしゃった。
「これはね、今でも胃腸薬として少し処方を変えて作ってるんやけど、
 元々は性病の症状を抑える薬やったそうなんよ。
 明治の中頃、松本良順が滞在したとき、処方を伝えていかれたんやて」

「ひゃっ!!」
私は興奮のあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
「こちらは良順先生と親交があったんですかっ!」
「ええ、老境に入ってから何度か滞在されたようなことは聞いてます」
実は斯々然々と、小学校の校名額について話したところ、
「うちのつてで、というならご本人なんやろけど
残念ながらその事柄についての記録は残っていないそうだ。

あれやこれやお世話になり、お邸を後にした。
家へ帰る道すがら、
「良順先生があたしらの町に来たってだけで、おかあさんは嬉しいなあ」
「うん、もしかしたらこの道を歩いとったかもしれへんよ」
「前に市史・地方史やら産業史やら躍起になって調べたのに、
 良順先生とは掠りもせんかったわ。
 確証はないけどあの額は○△製薬さんのご縁で書かれたんやろね」
「そや、きっとここの子らがかしこなるようにて書いてくれたんやで」
まだ母親を喜ばせてやろうという可愛げがあった(ははは)子どもと、
そんなことを言い合い、西日に手をかざしつつ逃げ水を追うような心地で歩く。

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