茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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良順先生の足あと (2)

数か月が過ぎ、盛夏となった。

クソ暑い中、さらに体感温度を上げるのが夏休みの自由研究である。
当地の小学校の課題は十年一日の如く『郷土について』。
「結構なこっちゃ、郷土を辞書で引いて書き写しときゃ一行で済む」
こちらも毎年同じ毒口を叩いたものだが、幅を持たせたつもりでも、
小学生にとってこれほどつかみどころのないお題はなかろう。

学校からの説明プリントに
「おうちのかたとよく話し合ってとりくみましょう」
ちゃっかりこう明記してあるのも何だか小面憎い。
要するに、親が手伝ってちゃんとやってね、ってことなのだ。

我が市には、酒・酢・味噌・醤油の醸造元や工芸品の製作所等、
小規模ながらも由緒ある老舗が点在している。
子どもと相談(殆ど誘導)した結果、それらを自らの足で訪ねて回り、
『ぼくの町の歴史あるお店』というテーマでまとめようぜ、となった。

ガキの宿題、断られるのもまた良い経験と、仰々しくアポなど取らず、
母子二人でいきなり飛び込む。
何日もかけて六軒ほど回ったが、傍迷惑な奴らであるにも関わらず、
「夏休みの宿題で云々
と神妙に頭を下げるだけで、勿体ないことにどちらも
「うわー、大変やねえ、うちでよかったら何でも見てってや」
「ボク、うちのことに興味持ってくれたんやー、おおきになあ」
などと、涙が出そうなほど温かく応じて下さった。
写真を撮るのもOKだし、質問が古い時代の事柄に及ぶと、
奥からステテコ姿のご隠居さんも登場、話に花が咲く。

皆さんのご親切は歴史への招待状でもあった、大袈裟でなくそう思う。
ごく普通のおじいさんの何気ない昔話が俵藤太・藤原秀郷に行き着き、
図書館等で調べてみると実際に裏づけが取れたりしてアラ吃驚。
途中で養子を迎えたため血筋は途絶えているかもしれぬそうだが、
普段何気なく前を通っているお店が元を辿れば俵藤太の子孫だったとは。
三上山の百足退治伝説が急にカラーで立ち上がってくるではないか。

さて、最後に私たちはとある和漢製薬所を訪ねた。
下調べによると創業は元亀元年、『姉川の合戦』があった年だ。
が、お店と言うより工場だし、しかも現在は創業者一族の手を離れ、
中堅商事会社に営業権を譲渡したと聞いている。

苦い匂いが濃く漂い、時折建物の窓に白衣・マスク姿の人々が映る。
とてもじゃないが汗臭いTシャツ姿の母子が立ち入る所ではなさそうだ。
子どもと顔を見合わせ、門の前で引き返しかけたところ、
「何か御用ですか?」
五十台半ばと思われる上品な女性に呼び止められた。

その柔らかな声が再び松本良順をゆかりある人へと結びつけたのだ。

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