茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

演歌ぞわぞわ

前後の脈絡が通らぬ、いかにもおばはんな一人語り乍ら、先日の続き。

グループ・サウンズの全盛期、私はまだ寝小便をしていたような年齢だった。
にも関わらず、
「この人たちはどうしてこうもワオギャオ叫んでいるのだろう」
と、幼心に気恥ずかしくなった記憶がある。

妙なことに、その気恥ずかしさは三波春夫・村田英雄を見ても同様だった。
三波の
「止めて下さるな妙信殿…行かねばならぬ、行かねばならぬのだああ」
という『大利根無情』の緊迫した名台詞。
村田の顰めっ面から突然極端に眉尻を下げて笑む不自然な顔面体操。
(
後年、清水アキラが物真似をし始めたとき、手を叩いて笑い転げた)
いずれもぞわぞわしたものが背筋を這い上がってくるような触感を覚え、
なぜだかやたら居心地の悪い状態に陥った。

当時のカブキモノであったGSも、既に円熟の型を成していた大物も、
幼い者の心中じゃついつい赤面してしまうという一点で同類だったわけだ。

だが、そういった感覚は、長ずるにつれあまり表に出てこなくなった。
勿論私のこと、郷ひろみのノーテンキな“キミたち女の子ぉ♪ ゴーゴー”や、
西城秀樹の空転気味なアクション、野口五郎の神経質なまばたき等、
アイドルに対し一人茶の間でツッコミを入れる嫌な小学生であったが、
それは自称ラーメン通の人間と同じく物好きを因とした態度に過ぎず、
生理的なものとは無関係である。

あの、名状し難い感覚が蘇ったのは、なんと21世紀になってから。
TV
で『天城越え』を熱唱する石川さゆりをぼんやり観ていたら、
間奏の大仰な所作と歯軋りするような表情に突如ぞわぞわが走ったのだ。
この曲がヒットしてより長年の間、別段何も思わず過ぎて来たのに、
今では『天城越え』のイントロを聴くだけでチャンネルを替えてしまう。

以来、再び色々な曲・人にぞわぞわを起こすようになってしまったのだが、
全て演歌系に限られている。
堀内孝雄も代表格。
出し惜しみするかのようにブツンブツンと声を切る歌い方。
いちいちワンフレーズ毎に右へ左へクイックイッ動かす首。
そりゃまあ“さんっきゅぅー!”と言わねばならんだろう。
最初から最後まできちんと付き合っていたらぐったり疲れるに違いない。

ところが。
冠二郎クラスになると一切を通り越して、てか突き抜けちゃって、
清々しささえ覚えるから不思議なものである。

彼こそメーターが振り切れるかと危ぶんだくらいのぞわぞわ神で、
「燃えろ燃えろ燃えろー」
と『炎』をメラメラ歌いだす度、耳を塞ぎ外へ飛び出したくなったのだが、
あるとき『バイキング』を熱唱する姿に
「この人は凄い、ホントの本気でやっている」
…心を射抜かれてしまった、気合いが尋常でないのだ。

それからというもの、彼がTVに出ていると、
「いよっ、カンムリっ、今日も一発濃いのを頼むぞ!」
と画面に呼び掛けてしまう、滅多に見かけないが。
最近の曲はまた地味な路線に戻ってしまったようで実に寂しい。


余談。
今でも反抗的なぼうずながら、最も顕著だったのはやはり中二〜中三の頃。
高校受験と反抗期が重なるのってたまらんぜ、と頭を抱えることもあったが、
喧嘩になる度心の隅で思った。
「あ、こいつ、私に対してぞわぞわ起こしてやがる、クソ!」
と。

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