茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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トシ食って感じ入る

先日。
ラジオをつけて皿洗いしていたら、吉永小百合&トニーズの『勇気あるもの』がかかった。
私が幼稚園くらいの頃のヒット曲である。
吃驚した。
マジで素直に感動してしまったからだ。

   【   ごらん ひまわりは空へ空へ太陽へ 友の背中をたたくとき 
       友と手と手を握るとき このてのひらに 勇気が湧いてくる 湧いてくる   】

   【   ごらん 夕焼けの空は空は茜色 友とかなしみ語るとき 
       明日のたのしさ語るとき このくちびるに 勇気が湧いてくる 湧いてくる  】

   【   ごらん 進みゆく道の道の砂ほこり 友の顔にもついている 
       僕の胸にもついている この靴音に 勇気が湧いてくる 湧いてくる     】

いかにも大昔の青春映画を思わせるこれらのサビの部分は、何となく憶えていた。
古臭いと言えば古臭いフレーズである。
にも関わらず、
「ああ、こういう真直ぐな世界ってのもいいなあ…」
やたらじーんときた。
それも、郷愁を誘われるより何だか新鮮なものとして心に響いた。

全然関係ない話だが、石坂浩二が浅丘ルリ子と結婚したとき、
「この人には小百合ちゃんのほうがお似合いなのに」
母親が変な思い込みで残念がっていたこともついでに思い出した。


そして、別の日。
おとんと久々に喫茶店へ行ったところ、五十嵐浩晃の『ディープ・パープル』が流れてきた。
またまた吃驚した。

   【           それは誰のせいでもなくて あなたが男で   
               きっと誰のせいでもなくて わたしが女で              】

流行った当時は大学生だったが、特に何の感懐も抱くことなくすっかり忘れていたこの曲に、
いきなり出だしからズキーンとやられてしまったからだ。

私ゃどうも薄っぺらく安っぽく生きてきちゃったようで、男だの女だのという重たい分別なんか、
意識的に考えたことは殆どなかったような気がする。
だが、もしかしたら一度や二度くらいは知らず思いを巡らせていたことがあったのかもしれん。
今度ははっきりした憶えもないままに不可思議な郷愁を誘われた。


小説でも時を経ると嘗て中心に据えていた主人公とは別の人物の視点で読み返しており、
当初とはかなり印象が変わっているのに気付かされることもしばしば。
それもまたなかなかに面白いものである。

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