茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

図々しいったらありゃしない

私はあまり傷つくってことがない人間である。
ババアになって傷つくだの何だのと口にのぼせる自体失笑もんだが、若い頃からそうだった。
鈍感な上、自分が傷つくよりそんな気分にさせようとする相手への腹立ちのほうが先に来る。
つまりは図々しいのだ。

それでも、何となくうじうじしてしまうときは結構ある。
うじうじしている自分の心の中をうじうじと覗き込んでは、
「私って、コンプレックスのカタマリなんだなあ…」
重ねてうじうじ。
その際、【U】・【J】・【I】の三つのキーまでうじうじくっついている事実に気付いていたならば、
もっとうじうじしたかもしれないが、これについてはたった今、
「あら、うじうじ、ってえらく打ちやすいワ」
と感じたところである。

ヒマ人は前置きが無意味に長くなっていかん。
無意味に長い前置きから今度は急に、それを言っちゃあおしまい、てな話へ飛ぶのもいかん。
だが、何となくうじうじしてしまうときってのは、結局、うじうじしたいからうじうじしているんだろう、
と思う。
巷でも、しょっちゅう物哀しさを訴える人や、やたらと悩みを表立って語る人を見かけるが、
じっと言を聞いていると、本当は好きでやってんじゃないか、と疑ってしまったりもする。
「そんなのあなたに関係ないことじゃん」
ハテナと首を傾げたくなるような事柄まで“ジブンの”物哀しさや悩みに結び付けているからだ。
そして、私のうじうじの正体は、薄っぺらな後悔である。
後悔という、現在には関係ないこと、今さらしたってしょうがないことにわざわざ嵌り込み、
過去の自分への憂鬱を味わいつつ現在の自分を庇う。
コンプレックスのカタマリなどという或る意味謙抑な者ではなく、自己愛のカタマリってわけか。

さらに、一晩寝れば、過去の自分なんて知ったことかよ、とケロリ。
やっぱりどこまでも図々しいのだ。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する