茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

会話

ついで仕事で構わないから縫ってほしい、と頼まれていた色んなサイズの巾着袋について、
伜より電話が。

「おかん、あれ作ってくれた?」
えらく雑に訊くんで
「あれってなにー? もしかして男とかー?」
てれーんと訊き返したのだが、母親のしょむないボケには慣れっこ、時候の挨拶の如く流す。

甘いぞ、伜。
これは、
『質問とは、先ず、おのれの側が意の正確な伝達を思料することにより始まる。
 その姿勢なくして有益な答えは得られない』
という、まことに尊い教えなのだ、精進せよ。

なんてことは言わんかったけどな、さすがに。
何しろ“あれ”・“あの人”等、曖昧な言を一番多く発するのは当の私なのである。
それも、わかっているはず的に使う伜とは異なり、
「えっと、“あれ”は何ていうんだったっけ」
「はて、“あの人”は何て名前だったかしらん」
なかなか出てこぬため“あれ”やら“あの人”やらのまんまで押し切るといったお寒い状況。

まあ、伜は若いだけあってそれなりにエスパーできるからいい。
「なあなあ、“あれ”っていくらくらいすんのやろ、あの、紙をガーッと麺みたいにする“あれ”」
と訊けば、
「シュレッダーな、今は安いのんもあると思うでー」
どうってことなく答えるし、
「ほらほら、“あの人”、アゴは長いのに名前は二文字の“あの人”ってさー…」
と言いかければ、
「何や、要潤がどうした?」
すぐにぴんとくるんで手間がかからない。

困るのはおっさん。
お互いのさす“あれ”や“あの人”が一致せずアンジャッシュのような会話になるときがあるのだ。
で、
「おい、おかーさん、あんた、俺の言うとることわかっとんの?」
「はあ? おとーさん、なーんか話がくっちゃくちゃやでー?」
ハテナな顔を見合わせてしまう。

ただ、食い違ったら食い違ったで食い違ったままに話そのものがどんどん横道へ逸れてゆき、
どうでもいい地点でやたら盛り上がることも。
気が付けば本題などどこへやら、てか、何が本題だったかさえも忘れ、げらげら。
その度、
「長年の誼ってのはむしろこういうことなんかもしれんな」
と、ずいぶんないいかげんさにしみじみする。

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