茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

私もそこで呼吸していた

心・視野共狭い私だが、幼稚園児母の頃は結構社交も頑張っていた。
偏屈な母親のせいで子を孤独にさせてはならぬという思いから、
声をかけてくる人全てに愛想を振りまき、輪に加わってマイムマイム。

で、めっちゃ疲れた。
人と会うのが苦痛だったわけじゃない。
会って色々話したにも関わらず、必ず後で電話をかけて来、
「実際はこうなんでしょ、私には遠慮しないで話して」
「本当はこれこれこういう気持でいるんじゃないの?」
などと腹を探ってきたり、
「彼女、あんなこと言ってたけど、実はこういう状態らしいわよ」
と裏話を始めたりする人がいることに閉口したのだ。

直接顔を合わせあれこれ話した時間は一体何だったのか。
人の言葉とはそんなに薄っぺらくて信用できぬものなのか。
脱力である。
他人の事情・感情を隅から隅まで知り尽くさなきゃ友とは呼べない、
そんな空気が息苦しくて仕方なかった。

ぼうずが小学校に上がると、濃密な人付き合いから解放され、
嘘のように楽になった。
送り迎えをしなくとも自分の足で学校へ行き、帰ってきてくれる。
付き添っていなくとも勝手に約束をして広っぱで遊んでくれる。
親どうしが関わらなくて済むことにせいせいした。

ところが。
久方ぶりにひょっこり会うと、多くの人が同じ思いを口にした。
まことにソツなく、しかも気持の良い交友を心得ているように見え、
常々感心させられた人たちでさえ、
「二人目(or三人目)だったからね、上の子のときはきつかったわー」
と言う。

そう、誰もが“不慣れなお母さん”という時期だったのだ。
自身に対する不安から、他人の目ばかり気にしていたのだ。
皆がやだやだと思いつつ、皆でうざい空気を生み出し支えていたのだ。
心中の鏡に向かい“私は違う”と気取ったポーズを決めてみても、
おのれとて紛れもなくその構成員だったのである。

道端で幼稚園バスを待つ若いお母さん方に会釈するとき、
私は今でも束の間複雑な思いにとらわれる。


むろん、何もこれは“不慣れなお母さん”たちに限った話ではなく、
あちこちで当たり前のように起こっていることだ。
人が集まるところ必ず『私たちの正しい在り方』てな空気が生まれる。
次第に感情の自然な温度差さえもが自治の対象へと変化し、
本来個々に異なる筈の他人との距離の取り方において混乱を来す。
掲示板やSNS等ネット上の世界も例外ではないのだろう。

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