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茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

性癖

スーパーへ行く。
或る品が視野に入る。
たとえ特売になっていなくとも、まあ妥当だと思われる値段なら、
殆ど反射的にレジへと運んでしまう。

それは何か。
トイレットペーパーだ。

18
24R入りのパックを最低四つはストックしていないと不安。
それも、よしよし、まだ余裕だな、とにっこり確認できるよう、
ぱっと目につくところへ置いておかなければ平常心を保てない。

その上でなお、18R入りパックを二つ、押入れの天袋に潜ませてある。
購入してから五、六年はゆうに経っていよう。
たまにカビが生えていないか点検しているのだが、今んとこ大丈夫。
いざ、って時のために貯えた物は、いざ、って時に使おうという律儀者ゆえ、
入れ替えが面倒なだけだろ、とおのれに問わぬ点も律儀なのである。

何故こう気にしてしまうのか、特別な理由はない。
小学生の頃、第一次オイルショックがあり、トイレットペーパーのみならず、
ノート等紙製品全般が品薄になったことははっきり記憶しているが、
噂が先走ったための一時的なもの、実際に窮したわけではなかった。
結局、単なるしょうもない性癖としか言いようがない。

徒口は散漫且つ冗漫に続く。
実家じゃオイルショック当時まだロールタイプの紙は使用しておらず、
和式便所の隅にどさりと重ねられた焼海苔大の紙を使っていた。
正式には『ちり紙』なんだろうが、うちじゃ『落とし紙』と呼んでいたそれは、
縮緬様の加工が施され、なかなか使いやすいものだったように思う。
時々母親が“安かったから”と少し黒っぽい色の品も買ってきたが、
ごわごわと肌触りが悪く、特に痔持ちの男連中には不評だった。

これらの落とし紙は、もともと土産物の柿でも入っていたものだろうか、
緑の蛍光ペンみたいな色をした平たいプラスチック籠に積まれてあった。
また、その籠と見事にカラーコーディネイトしたかのようなネット入りボール、
まず自身こそ臭い消臭剤であるが、それも正面上方にぶら下がっていた。
いつも所在無くしゃがみながら嫌だなあと睨みつけていたものだ。

ロール式のトイレットペーパーを使い始めたのは中学生になってから。
ある日便所の壁にホルダーが出現、カラカラ金属音の響く生活に変わった。
こんな幅の狭い紙でケツを拭き、うっかり手に付きでもしたら…と思い、
初めのうちはこわごわ使った憶えがある。
中二まで木造の校舎で過ごし、便所も独立した旧式の細長い建屋、
備え付けの紙などなく個々に持参したため、全く慣れていなかったのだ。

ついでながら、花子さんの怪談はその頃から人口に膾炙していた。
当時は、
「三度回っては~なこさん」
こう呼び掛ければ、下から赤い手が伸びてくる、と言われていたっけ。
塀際にひっそり横たわる日当たりの悪い建屋は確かにブキミだったが、
排泄という行為への忌諱・羞恥と好奇が綯交ぜになった影のような話で、
今となれば180度転回させたアニミズム、てな気がしないでもない。

それはさておき。
頼りなかった筈のトイレットペーパーを無意味に買い溜めしてしまう現在、
落とし紙を使ってもしっくりこないだろうか。
それとも昔の感覚がよみがえり、心地良いものだと思うだろうか。

わからん。
試してみようという興もあまり湧かない。
落とし紙は『洋式トイレ』ではなく『和式便所』でこそ活きるもの、
そんな気がするからだ。
近頃、最寄りのスーパーでも見かけなくなった。

ところで。
大昔、田舎の汲み取り便所の庇には手洗い容器が吊下げられていた。
長提灯を半分に切ったような形のタンクに水が入れられており、
底部のブリキ棒を押すとちょろちょろ出てくるという代物である。
もはやあれは絶滅してしまったのかもしれない。
少なくとも平成になって以降は一度も見ていないからだ。
それこそ『和式便所』どころか『厠』と呼ぶ場所に似合うあの容器、
今出会ったらついつい目頭を熱くしてしまうに違いない。
そんな私はやっぱりしょうもない性癖の持ち主である。

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