茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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『好き』の証明

何年生だったか忘れたが、高校時代のある晩。
たまたまぼんやり眺めていたテレビで近藤正臣と中田喜子のキスシーンが始まり、
「ひゃっ!」
声をあげてのけぞった。
音が聞こえるほど濃厚、しまいには唾液の糸まで引いていたのだ。
その場に親がいなくて本当に良かったと胸をなでおろした。

当時近藤は三十代半ば、中田は三十前くらいだったろうか。
白髪のベテラン俳優と渡鬼で回りくどい長台詞をこなすホームドラマ女優、てな現在とは違い、
ちゃんと絵になる二人だったし、
「うわ、きったねー」
というそのまんまの不潔感も覚えず、嫌らしさなどなおのこと感じなかった。
その頃のテレビ界なんてサスペンスドラマ等でも結構際どいベッドシーンを平気で流しており、
『ウィークエンダー』に至ってはとんでもなく卑猥、えげつない映像には慣れていたのである。

にも拘わらずたかがキスシーンでのけぞってしまったのは、ひとえに生々しかったからであろう。
高校生ともなれば、いくら色気に遠い者だって
「恋とは決してロマンチックなだけの話ではないのだろうな」
程度のことは想像がつく。
ストーリーさえ知らぬその一切れの場面は、生身の男女の間に湧き上がる情動というものを、
真実性を伴ってまざまざと見せつけた。
大袈裟にあんあんぬめぬめ絡み合っているベッドシーンよりずっと肉感的だった。
それが続くかどうかはわからないが、この瞬間の二人には確かに愛情があるのだと思った。
近藤正臣と中田喜子…今思えば大した役者である。

暫く経って、大学生の頃。
故沖田浩之の
やたら軽躁な曲が流行った。
            【 A・B・C A・B・C ハアーン E気持 】
まあ殆どコミックソングのノリだったが、A・B・Cという隠語は若者の間で普通に使われており、
誰と誰がどこまで進んだ、などという噂を耳にすると、
「げっ、あのもっさりしたカップルがそんなことしてんのか、気色悪…」
現在と変わらず腹の中でひでー言葉を呟いていたものだ。

ただ、この曲には変なところでコツンと引っかかった。
A・B・Cとか順序を騒いだって、気持ちの面とは必ずしもつながらないような気がしたのである。
耳年増でしかなくとも、男子の場合は身体構造上性衝動と愛情が一致しないと聞いているし、
清楚で可愛い顔をしていながら快楽のみを求めて大胆な行動を繰り返す女子も現実におり、
愛情がなくても身体は動くのかもしれない、と、周りを見て醒めた心地になっていたのだが、

何故だろう、キスというのは相手が本当に好きでなければできないことのように思った。
ここでいきなり考えが飛躍するんで笑えるんだが、もし自分が終戦後のどさくさの中に在り、
生きてゆくため泣く泣く春を売らねばならなかったとしても、キスだけは絶対にできないだろう、
そんなふうにまで妄想を煮詰めていたのだ。
キスとは『好き』の証明である、快楽のためではない生々しい情動の発露である。
何だか馬鹿みたいだが、成人後も不思議にその思いは変わらなかった。


時は流れに流れ…
「夏バテ防止に塩タン食いてー、レモンきゅっと絞って、はふはふぱくつきたいぞー!」
今はこんなことしか思わないばばあである。

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