茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

目線の表明

今や忘却の彼方に押しやられた福田前総理も
「国民の目線に立った政治」
などと掲げていたが、政治家が会する討論番組等を見ていると、
「弱者の目線を大事にします」
「消費者の目線で考えます」
「女性の目線で取り組むべきです」
相も変わらず頻りにこんなフレーズが発せられる。
その度つい漫画風の点線が画面中に交錯しているかのような幻視を起こしてしまうのだった。
アナクロ発想上等、ついでにTVはまだアナログ。

当該者・当該層の声に耳を傾け、問題点を踏査するのはあらまほしきことに決まっていよう。
だが、
「~の目線を(で)~します」   チャンチャン
てな、目線の表明のみを結論とした言ばかりが丁々発止っぽく飛び交う変な討論を見ると、
CMを待たずトイレに行きゃよかった、と、我が膀胱に対し申し訳なく思う。
政治家にとっては使い勝手の良さでロングセラーフレーズになっているのかもしれないが、
茶の間の私はなんじゃらほい、夏でも寒いヨイヨイヨイ(いかん…本当に年寄じみてきた)。
とにかく、為政者の目線ってもんを示したほうがはるかに有意義なのではあるまいか。


で、いきなり事を身近な世界へとワープさせちゃうのだが。
私の周囲にも、自己の目線と他の目線を一緒くたにしてものを言う人間ってのがいた。
中学生くらいの頃から現在に至るまでの間、断続的に出くわしてきたのである。
まあ、そんなことは気付かぬうちに誰もがやっているんだろうし、特に若い人の場合なんかだと、
正義感や感受性の強さによりつい…といった趣に、むしろ好ましささえ感じるときも多い。
厄介なのは、他の目線を拡大解釈して取り込み、自己の善を語るのに利用する奴。
ペッと唾を吐きたくなることもしばしばだ。

近年の話では、
「同じ主婦として悩んでいる人の支えになりたい」
などと公言し、誰彼構わずまとわりつく奴にうんざりさせられた。
ナヤミムヨオのリーブ21なら相談も自分の意思だが、強引に悩める者と決めつけられ、
的外れな分析や干渉を繰り返されちゃ、それこそが大きな悩みになってしまう。
旦那様の御栄転により引っ越してくれたときにはほっとしたものだ。

他への思いやりをアピールするのも結構だが、思いやりって、
「自分がどんなにあなたを思っているか」
「自分がどんなに他の立場・他の身になってものを考えているか」
などと、“他を思いやれるワタクシ像”について絮説することでは決してない。
大体、そんなの、
「自分は
人の心の内などお見通し」
という、私にしてみりゃ人を軽んじているとしか思えぬ驕慢な姿勢がベースになっている訳で、
わかってちゃんとわかってあげる様を同時に顕現させるような、実にこっ恥ずかしい行為である。 
他の目線に立つどころか他の視界を遮る障害物、歩道のはみ出し看板みたいじゃないか。
まずは何より、人があなたの支えとやらを望んでいるか否かに神経を配ったらどうだ。


思い出し怒りをしていたら、福田前総理が最後に言い捨てた
「あなたとは違うんです」
が、嫌味たっぷりな点も含め逆に名言であるように思われてきた。

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