茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

裁く

裁判員制度開始まで半年足らず、候補者名簿への記載通知が続々と届き始めたという。
ニュースでもよく報じられるようになり、知人も先日街頭インタビューを受けたそうだ。

万一マイクを向けられたところで、ろくでもない意見しか出てこやしない私だが…
それでも、この件について実はずっと前からくよくよ悩んでいた。
もし裁判員に選ばれてしまったらどうすればいいのだろう。
神経を病む破目になるかもしれない。
だって、人を裁くんだぜ。
しかも適用は重大犯罪に限られている。
スタート前から取越し苦労をするのも馬鹿げた話だが、選ばれる可能性があるってことは、
既に選ばれたとして物事を考えねばならんということ、のんきに構えてはいられない。
法務省HPの『よろしく裁判員』というその名も不快なコーナを参照する度、気が重くなり、
工事現場の看板みたいに頭を下げているイラストの男まで苦役を強いる鬼に見えてくる。

多くの人が不安な点として挙げるように、私も法律に無知だ。
同コーナーのQ&Aでは
【 法律の知識がなくても大丈夫か 】
という問いに対し、
【 大丈夫だ。
  裁判員は事実があったかなかったか、どのような刑にすべきかを判断する。
  このような判断に法律の知識はいらぬし、必要なことは裁判官が説明する 】
と答えている。
だが、それも乱暴な話ではないか。
事実の“有無”を判断するなんて事実を知らぬ身にはあまりにも難しい。
プロが慎重に行うべき重要な事柄であり、一般人に首を突っ込ませる意図がわからない。
ましてや刑など尚更、なんでわざわざ素人判断を求める必要があるのだろう。

最高裁のHPによれば裁判員制度導入の目的は、
【 裁判員と裁判官がそれぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(協働)で、
  国民の理解しやすい裁判を実現する 】
ことなのだそう。
国民と裁判官双方にとって一石二鳥のような言い条ながら、ひどく無軌道だ。 
国民に理解しやすくするそのためなら、裁判の質の低下も止むを得ないのか。
実際の裁判を理科の実験室みたいにしてもいいのか。
だって、くどいようだが、人を裁くんだぜ。
被告人は解剖されるカエルの扱いか。


裁判員制度導入の真の狙いは、死刑制度の問題を先送りさせることなのかもしれない…
なんて、世の流れに疎い奴の間抜けな穿ちに過ぎないだろうが、ふとそう思ったりもする。
存置・廃止いずれの方向に傾いても賛否両論渦を巻き大騒動になること間違いなしゆえ、
死刑制度自体には誰も手をつけられない。
が、裁判員制度の導入により、死刑判決が出た場合には、
「一般人が参加した上での判決に文句があるのか」
などと開き直れるし、逆の場合には、
「裁判員制度導入の決断が人道の意識を育てつつある」
と手柄にでき、取敢えずは存置という形の放置てな現行の状態をいじらず批判を躱せる。

無論、導入後の判決に一定の傾向が見られるようなら、死刑制度の問題にも影響が及び、
今まで以上に真摯な世論が高まるとも予測できるわけで、実際に参加する裁判だけでなく、
裁判員制度の導入そのものもこちらは悪くない意味で思いがけず遠大な実験になり得る。
何にせよ、その辺りを絡めて考えると、自己を裁くために裁判員となるような心地さえして、
ますます胸のつかえが強まるのである。

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コメント


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こんにちは
「年次改革要望書 裁判員制度」で検索してみれば、この制度の胡散臭さがわかります。

なん | URL | 2008-12-02(Tue)13:17 [編集]