茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

説教ソング

自分の受け取り方がまずいだけで楽曲にも歌い手にも全く罪はないが、
「勘弁してくれよ」
と、ためいきの出る曲ってのがある。

例えば、『愛は勝つ』。
一つ角を曲がればストーカー、ってな危うい道を教唆しかねんぞ。
ただ、もしかしたら私などには悟得できぬ崇高な境地に立っているのかもしれない。
何しろあの頭蓋骨標本みたく見事に後ろへ張り出したKANの頭の中で描かれた愛なのだ、
軽々に考えてはばちが当たりそうな気もする。
第一、愛なんて嘘っぱちだ、とじぶじぶ嘆く曲もそれはそれで怨念めいて薄気味悪いしな。
『愛は勝つ』は、若く明るい人々が聴くならば雪崩は消える花も咲く優れた曲なのだろう。

どうしても勘弁してほしいのは、『それが大事』だ。
       【    負けないこと 投げ出さないこと
            逃げ出さないこと 信じぬくこと
            駄目になりそうなとき それが一番大事    】
薄い…毎度おおきに系列食堂の茶より薄い…薄いだけならいいが、こっちは赤錆び臭い。

先日もラジオより流れてきたので
「こんな難題をずらずら並べられてすんなり“わかりました”とか思えちゃう人やったら、
 初めから駄目になりそうだなんて落ち込まへんわ」
いつものようにぶつぶつ呟いていたところ、
「せやで“それが一番大事”ってことになるとも言えるやないか。
 つまらん曲やけど、表面的にせよ主張自体は間違っとらんとこがミソなんやろ」
しれっとぼうずに突っ込まれ、余計中っ腹になった。
そこら辺に嫌らしさを感じるから苦手なのだよ、この曲が。
そう、うざい説教を垂れ半眼になって悦に入るおっさん・おばはんの顔が浮かんで来、
まるで狸の宝箱を開けたような気分になるではないか。

ドラえもんの神成さん的な話は別として、説教ってのは自分のことを棚に上げるという、
かなり勇気のいる前過程を経て表出される行為である。
にも関わらず、駄目になりそうなときの人の気持について特に深く思いやる様子もなく、
また、当の相手にもたらす効果すらどうでもいいかのように現実と乖離した徳目ばかり
「それが一番大事」
と次から次へ得意気に浴びせる奴って、神経が腐食しているんじゃないかと疑う。

善美を追い求める人のさまは、やっぱり善で美しい、そして眩しい。
但し、そういう人は、おのれの善美を知らしめることに執心しない。
善美を感じる事柄・姿勢に拘っているようで実はど真ん中にでんと“自画像”を据え、
「自分はこんなことを語れる人間なのだ」
などと小鼻を蠢かせちゃう奴は、その赤錆び臭い善美を認めさせることこそ
「それが一番大事」
と考えているのだろう。
誇るだけなら、変なの、目ぇ合わさんとこ、で済むが、天から見下ろすかの如き説教で、
啓蒙者を気取りだした日にゃ、折角だからそのまま昇天してみてはどうか、と言いたくなる。

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する