茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

松田聖子というひと

私は松田聖子と同い歳、星座も一緒である。
彼女のデビューは、私が大学に入ったばかりの頃。
今思えばアイドルとしてはずいぶん遅めのスタートだったようだ。

細かな思い出と重ねてみると、学内の図書館で課題のための調べ物をしていた際、
隣の棚に並んでいた古典文学全集に目をとめたのが縁で源氏に嵌ってしまった、
ちょうどそんな時期でもある。
と言っても、この横着者が注釈と突き合わせ乍ら原文にあたるなど精々『若紫』まで。
さっさと円地源氏に乗り換え、小難しいこと抜きで何度も読み返す日々だった。

ある日のこと。
『ザ・ベストテン』で見た松田聖子の姿に私は思わず息を呑んだ。
彼女は『青い珊瑚礁』で初めて一位に輝き、それを祝う母上と中継が繋がったのだが、
「おかあさん…おかあさーん…」
か細い声でおさな子のように呼び掛けたり、しゃくり上げつつ歌ったりするさまに
「あっ、この子、夕顔の君」
何故だかピーンとそう感じたのである。

実際、ぱっちりしたというよりはふんわりしたという表現が似合う一重瞼の目もとにも、
華奢な身体にも、可憐な仕草にも、男性の庇護本能に訴えかけるような風情が漂う。
また、単に稚いのではなく自己の魅力を効果的に演出し注目を集める術も心得ており、
しかも、それとて計算ずくでなく天性備わった資質そのものが表面に滲み出るといった、
不思議な自然さでもって為される。

彼女がぶりっ子だの嘘泣き女だのと、特に女性から叩かれるのにそう時間はかからず、
人気が上昇すればする程周囲でも、聖子は苦手、と言う人が増えていったのだが、
私はいつも、そんなふうに嫌ったところでしょうがないのにな、と思った。
あの子は別格だよ、何たって夕顔の君なんだもん、誰も勝てやしない無敵の女じゃん。

事実、松田聖子は、デビューして間もないその頃から田原俊彦との仲が噂されている。
田原を貶す気はなかったが(少しはあったかも)、絶対彼の方が熱を上げたのであって、
聖子は興醒めにならない程度のあしらいで終始しているに違いない、私はそう睨んだ。
表情を作り込んでも物欲しげな臭いは一切まかぬ彼女に比して田原は小粒だったのだ。

彼女の魅力を言い表すのにぴったりの曲がある。
『青い珊瑚礁』とほぼ同時期に流行った、郷ひろみの『How many いい顔』だ。
        【  どうやら今では 上手の上手
           「歳ははたち でも誰より 長く生きてるわ」
           
           処女と少女と娼婦に淑女 How many いい顔
           今日はどの顔で 誘うのかい
           U~N 君にはまったく  U~N 君ってまったく    】

そして、現実に松田聖子は、二年後はたちとなるや郷ひろみとの交際を発表した。
幾多の変転を経た現在でこそちょっとナンだが、当時はかっこいい男の代表であり、
表街道の大スターだった郷をころり参らせたのだ。
こじつけるつもりは全くなくともまるで誂えたかのように上の歌詞と合致しちゃうわけで、
彼女の劇的とさえ言える凄味はそんなところにまで及ぶのかもしれない。
下世話な私は、夕顔の君に夢中になっていた光源氏も実は、
『 処女と少女と娼婦に淑女 How many いい顔』
に近い台詞をそめそめ囁いたのではないか、などと考えてしまった。

下世話なだけでなく多分に耳年増的な傾向があるしょうもない学生だった私ながら、
同世代のアイドルの生身の姿についてあれこれ憶測するまでにはすれておらず、
また、即物性を帯びたあからさまな話を避ける程度にはロマンチストだった。

が、夕顔の君と結びついてしまった松田聖子のみに関しては少々怪しい。
この子、段々アイラインやマスカラ等の目化粧が濃くなってきたな、と感じ始めた頃、
でも、これってむしろ引き算したときの煽情の方が大きいんじゃないか、と思い、
ふと、男性の腕の中で仄暗い灯火をゆらめかすあどけない素顔を想像したのだ。
美人女優の自嘲の如く、化粧を落とした途端、ただの人に降格するのではなく、
彼女の場合は隙だらけの眼差しさえ“この僕だけが知るコケットリー”に変えてしまい、
相手の執着を増大させるような気がする。
で、勝手に想像しておきながら、うへー、やっぱり最強の女だな、と呟くのだった。

その水気を含んだような目もとがくっきりしたのはいつの頃だったか。
彼女の整形疑惑は古くから何度も取沙汰され、確かに派手やかな感じに変わったが、
元々化粧の映える顔、だからこそ引き算したときの煽情などにも思いを巡らすわけで、
整形云々と騒ぐ意味はないし、そんなことは本人にしかわからない。
ただ、郷と破局する直前、紅白のリハで言い争う姿を写真週刊誌に撮られたときは、
まだ変わっていなかった。
本当にノーメイクだった彼女は、何だか童女が拗ねているように見えたからである。

郷との別れに際し言ったとされる、
「今度生まれ変わったら、いっしょになろうね」
という言葉の儚さが最後の“らしさ”だったのか。
彼女は見る度今で言う目ヂカラをつけ、それと共に夕顔の君ではなくなっていった。
郷と破局してすぐ神田正輝と結婚、その後も絶えず浮き名を流し、離婚再婚また離婚、
朧月夜尚侍に通じなくもないが、翻弄した男性の数では松田聖子の方が断然上回る。

彼女について、内面はさばさばと男っぽい、と語る人が多い。
私もたぶんそのとおりなのではないかと推察している。
さまざまな異性だけでなく、自分の中にいるさまざまな女をも愛した恋の狩人。
松田聖子というひとは、実は、光源氏だったのかもしれない。

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コメント


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竜童さん曜子さん

ご夫婦が山口百恵さんをモデルに仕上げた楽曲で、松田さんとは縁遠く…

そんなイメージを抱く方もおいでなんですね。初めてお目に掛かりました。

後年、(後にも先にも一度だけ)郷ひろみさんが彼女を評して

『自分の気持ちに正直な女性だった』と言われていましたが、

大抵そうでしょうが、こちらもそんな印象しかありません。

ふわり | URL | 2008-11-13(Thu)12:35 [編集]


ふわりさん

こんにちは。

えっとそれは『How many いい顔』のことですよね。
(作曲は竜童氏じゃなかったような…)
まあ、各自色々な捉え方をして自由にその世界を広げていけるところが歌謡曲の良さなのではないでしょうか。
かっちりと枠にはまった解釈しかできぬせせこましい曲ならあんなにヒットしなかったろうと思いますしね。

きすけ | URL | 2008-11-13(Thu)13:01 [編集]


素晴らしい

はじめまして。

聖子さんの検索をチョコチョコしててたどり着いた通りすがりの者です。

下手な評論家より、彼女をよく分析していると思いました。

私もあの曲聖子さんの将来を暗示する曲だなぁと思いました。

最近動画で初めて聴いたのであって、ライブでは知らなかったのですが。

聖子さんは化粧が薄いほうが可愛いんですよねぇ。。

夕顔の君!本当にデビュー当時はピッタリです。

とても楽しく読ませていただきました。

シトロン | URL | 2009-01-10(Sat)20:17 [編集]


シトロンさん

好き勝手なことをほざいているババアに温かなコメント、ありがとうございました。
しばらくネットから離れていたため、お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。

聖子ちゃんは雰囲気こそ色々変化を遂げれど昔も今も魅力的で、これぞ本当のスター!と言いたくなります。
きっとおばあさんになってもやっぱり可愛さを感じさせるんだろうなあ~。
歌声もすごく好きなので、いい曲にめぐりあってまた大ヒットを飛ばしてほしいものです。

きすけ | URL | 2009-01-13(Tue)21:37 [編集]