茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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似る

少し前のことになるが、ある日曜日。
ぼうずはガサゴソと早起きし、友と六人連れで名古屋へ出かけた。

「名駅・栄周辺やら大須やらをうろうろしてな、東急ハンズでちょこちょこっと買物してな、
 あんかけスパをガガーッと食ってな、…略…」
名古屋という街は地上より地下のほうにわさわさ人がいる、などと楽しげに話しつつ、
「でもなあ、地下鉄って何やしらん心細い気分にならへん?」
図体に合わぬことも言う。

ぷっと小さく噴き出したものの、何となく頷きたくなる言葉ではあった。
私自身、大昔は日々の足だった地下鉄という乗物にあまり懐かしさを感じないからだ。
職場の鬱屈を抱えて帰る日など特に、吊革に掴まる自分の顔しか見えぬ窓が疎ましく、
どこに行き着くのかわからなくなるような不安すら覚えた。
「まもなく、○○~、○○~、お出口は左(右)側です」
というアナウンスが入り、駅の灯りが射し込めば、妙な閉塞感も一旦ほどけるのだが、
走り出すとまたそれが心の中で凝ってゆく。
自分の町の駅に降りると、疲れているときでも急ぎ足で階段を上がった。

そう言えば、三歳くらいの頃のぼうずは、ドライブなどで少し長めのトンネルに入る度、
「おかあさん、ぼくらあんなちっちゃい穴から外へ出れるん?」
心配そうな顔で尋ねたものだが、母親にそれを話したら、
「あれま、あんたも小さい頃おんなじことを言っとったよ」
と笑っていた。

性格もものの考え方もおとんそっくりで私とはまるで違う少年ながら、ものの感じ方は、
どこやら似ているところがあるのかもしれない。
日が沈んだ後の、まだいくらか明るさが残る時間に山並を仰ぎ見、チャリをこいでいると、
鳩尾がきゅーっと締まるような変な気分になってしまうが、決して不快な感覚ではない、
いつかそう漏らしたこともあり、おや、あんたもかい、と思ったしな。

そして。
やたら擬態語を多用するアタマの悪い話し方は確実に似ちまったようだ。

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