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調べ物の際など、古い書物や綴りの眠る箱を押入れから引っ張り出して開けると、
特有の湿った匂いが鼻腔にまとわりつく。
それは次第に脳の奥へ侵入し、いつしか薄暗い映像を結ぶ。
三方の壁へ造りつけられた棚に天井までぎっしりとコミック本が並ぶ店。
他には本を手に取るための脚立と小さな古机を置く程度のスペースしかない。
その片隅で、壊れた黒電話みたいにむっつりと座っている店主の爺さん。
客は、いても私の他に一人くらい。
小学生当時、実家の近所にあった貸本屋である。
六年生のいっとき、怪奇漫画に凝った。
そこで古賀新一や楳図かずおの本を借りてきては、母親に眉を顰められたものだ。
古賀作品は『のろいの顔がチチチとまた呼ぶ』等、人面瘡を扱ったいくつかに、
怖いというより生理的な気持ちの悪さを覚えたものの、いったいに単調・平板だった。
後にヒット作『エコエコアザラク』を生み出したが、その頃には怪奇漫画への興味も失せ、
読む機会はなかった。
一方、楳図作品は人の心の黒い淵を覗きこんでしまったような気持にさせるものが多く、
特に、藤圭子そっくりの美少女が狂言回しとなる『おろち』の濃密な世界には戦慄した。
その中の一編『姉妹』が今秋映画化されるそうで、どれも非常に印象深い作品だったが、
子ども心に最も重苦しく響き、澱にも似た不安感さえもたらしたのは『戦闘』である。
心理的にじわじわ追い詰められるような怖さがいつまでも残ったせいか、私にとって、
問いかけの圧力においては、大学の頃読んだ五味川純平・『ガダルカナル』に勝る。
ところで。
当時、男子は空き地で拾ったエロ漫画などを持ち込んで大騒ぎ、なんてこともあったが、
怪奇漫画について話題にすることは少なく、読んでいるのは何故か殆どが女子だった。
ストレートな描写に関心を持たぬ分、女子はそれに別の刺激を感じたのかもしれない。
怪奇漫画にはどこか淫靡なムードが漂う。
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