茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

秋近し

二十六日は冷たい雨が降り、昼間でもエアコン無しで室温24℃という極端な下がりよう。
二十七日はまた暑くなったけれど、心なしか空が高く感じられ、空気もからりとしていた。
日付が変わった現在は、窓から涼風が入り、虫の声も心地良い。

先日帰省した際、
「おかん、甚平ってまだ取ったる?

幼稚園のとき、夕涼み用にっておとんとお揃いで作ってくれたやつ」
伜がおかしなことを訊くので押し入れの衣装ケースの中を見てみたら、あった。
おっさんのと伜のかいらしい子ども用の甚平が一緒に重ねて出てきたわ。

「お、やっぱり物持ちがええな、これ、もうてくわ」
そんなちっさいのんどーすんねん、と思ったが、持って行くのはおっさんが着ていたものの方。
「夜にちょっと近所のコンビニまで行くんにええし」

だそう。

藍の地に秋草と虫を散らした柄で、私自身が風流だといたく気に入り、買いもとめた布だが、
おっさんは甚平を家着にしないため、伜のサイズが合わなくなるや共にしまい込んだのだろう。
「おとうさんのやと、きもち丈短いし、はよ言えば新しいのん作ったったんに」
伜の身体に当てながら言ったところ、
「いや、これがええねん、おとんと散歩したとかいろいろ思い出もあるしな」
とのこと。

普段は顔に出さないが、伜が向こうへ戻った日の夕、風呂上りに、
「あれもほんま大きなったもんやなあ」
今回はおっさんがしんみりしていたようだ、やーい()

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続・道楽者

大体だなあ、伜の奴、十五日の夜に帰省したんだが、後ろにはでっけえ荷物。
「これ、なん?」
「おう、四国一周ツーから直接こっちへ来たんやわ」
「はーあ?」

現地は四十度を超えており暑かっただの、四万十川は澄んでいただの、龍馬がどうだの、
奴の話を聞きつつ急ぎ汗臭い汚れ物を洗濯したが、全く呆れたものである。
まあ確かに昔からゲーム等には殆ど興味を示さず、野猿のように外を駆け回っていた鉄砲玉、
じっとしていろと言うほうが無理なのかもしれんけど…。

四国土産

「情けない顔が可愛かった」
らしい土佐犬のぬいぐるみと讃岐うどんを土産に置いて、十七日の朝早くまたこのメットを被り、
戻って行った伜。

アクティブなんはいい、てか、も、しょうがない。
だが、身体だけは大事にしてなあ、くれぐれも、くれぐれも。

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道楽者

昨夜伜より、

     【  今月の○○○○(←ある雑誌)を買ってね♪  
ブキミに可愛らしいふざけた調子のメールが届いたため、恐る恐るファイルを開けてみたところ、
愛車の横で笑む奴が掲載されている頁の画像。

年齢・職業・立場を超えた様々な方とお近付きになれたし、バイクも一概に悪いとは言えんが、
休日の度に遠出ばっかしていないでちったぁ貯金ということも考えんかい(呆) 、と、婆は思う。

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かき揚げばんざい

かき揚げって、いったい誰が考えたのだろう。
天保から嘉永の間には既に存在していたらしいが、実に素敵な料理だ。
半分~1/4個(本、株、把)てな風に半端に残った玉葱・南瓜・薩摩芋・人参・牛蒡・茸・三つ葉、
酢の物で使い切るには些か量の多かったパック入りの生もずく、数本余った竹輪やカニかま、
賞味期限切れ間近な干桜海老他、何種かを合わせて揚げれば、忽ち美味しい一品となる。

おっさんは、今日からお盆休み。
面関係の事柄には拘らんかったようだが麺食いな彼の要望で、お昼はキリリ冷たい素麺や、
ざるうどん等に傾きがち乍ら、このクソ暑さ、さっぱりしたものだけでは夏バテまっしぐらである。
そんなときにも強い味方となるのが、上記のように今ある材料だけでさっとできるかき揚げだ。
また、真冬は真冬で熱ーいうどん・蕎麦の上にのせればもっとあったまるような気がするしな。

だが、このかき揚げ、以前はあまり作らなかった。
何故なら、一つ間違えば油の中で分解という、やたら気を遣う作業だったからだ。
「言われた通りの作り方をきちんと守って揚げとるやん!」
おのれの腕を棚に上げ、怒ることしばしば。
結局、出来上がった“バラバラ揚げ”をごまかすべく出汁で煮て玉子でとじた丼になったりした。

七年前の秋だったか。
偶々ついていた当地のCATV番組で、ローカルな料理の先生がかき揚げを実演しておいでる。
初めはただぼけーっと眺めていたのに、いざ揚げようという瞬間、
「えっ、こんでええの?」
俄然身を乗り出した。
現在でこそさほど珍しくない方法になってきたが、正方形に切ったクッキングシートに種をのせ、
そのまま油の中に入れていくんである。
早速試してみたところ、おお、先生の実演通りの出来上がりだ。
粉の量も少なく済み、その分からりともたれない。

かき揚げという、実に素敵な料理を考え出した人は、偉い。
が、私にとって最も偉いのは、そのかき揚げを私にだって簡単にできるよう工夫した人だ。
論無く、わがまちのローカルな先生も偉い。
こういうラクなやり方もありまっせー、とだけ仰っていたため、どなたの考案なのかは不明だが、
いち早く紹介して下さった。
この方法が頻繁に取り上げられるようになったのは、私の見る限り、まだ二年くらいのことだ。

とにかく、今や、かき揚げばんざい、なんである。



以下は晩ごはんのメインとして海老を使った場合のレシピだが、自分用の覚え書き。


          海老と野菜のかき揚げ

 【 材料 】  出来上がりで直径10センチ前後 四枚分

  海老 殻をむいて100~150g
  玉葱 中サイズ1/2個(小サイズなら1個)
  人参 中サイズ1/2本
  三つ葉 1/2把
                  以上は一応の目安、少々のことなら増減しても影響はない
 
 
  天ぷら粉(薄力粉でも可、そう変わらない) 1/2カップ
  冷水 60~80mlくらい(具の水分による、まとまる程度)
  サラダ油 適宜

  【 手順 】

1 玉葱は縦半分に切って1cm幅くらい、人参は千切りにし、三つ葉は3~4cmのざく切り、
 下処理した海老は2cmくらいにブツブツ切る。
2 1をボウルに入れ、天ぷら粉を直接振り入れてお箸で混ぜ合わせる。

3 2に冷水を加えてあまり練らないようさっくりと混ぜる。
多少粉っぽくても構わない。

4 一辺10~12cm程度の正方形のクッキングシートを四枚作り、それぞれ丸まらないよう対

角線で×の折り目を付けておく。
  そこへ四つに分けた種をのせ、円に形作る。

5 シートの両端を持って170~180℃に熱した油の中へはねないように静かに入れ、2分ほ

ど経ってシートがはがしやすくなったら裏返して外し(自然にはがれてくるので焦らずともよい)

大体1分、さらにまた裏返して1分揚げる。

6 状態を見て両面こんがりきつね色になったら引き上げ、バットの網の上やざる等に縦に置

 いてしっかり油切りする(すぐに横に寝かせると余分な油が落ちずくどくなる)

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訓練

昨夕、ラジオから緊急地震速報が響いたとき、私はキッチンの奥で魚フライを揚げていた。
「ぎぇっ!」
と叫んで急ぎ火を切り、ダッシュ。

ちょうど出張から直帰して着替えていたおっさんも片手にネクタイを持ったまま、
「おかあさん、危ないぞっ、はよこっちへ!」
もう一方の手で廊下から私の腕を掴み、引っ張った。

結局、揺れはなかったが、誤報と言えど訓練になった。
些か油切れの悪い魚フライを食べながら、

「おおきにさんでした」
咄嗟にばばあの身を案じてくれたおっさんに頭を下げた。

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あぁ…

待ちに待った夏の甲子園大会、扇風機がブンブン回る中、観戦しているわけなんだが、
第一試合で胸を押さえ交代した有田工の藤川君は肺気胸とか…辛いぞ、あれは…。

気胸は、十~二十代の長身・痩せ型男子に好発する病。
なのに私ゃ高校時代、それで入院した。
そりゃ長身・痩せ型には違いないが、番茶も出花のねーちゃんだったんだぞっ。
しかも、二年前、カビの生えた茶殻だってのにひょっこり再発しやがったし。

実は、おっさんも、高校時代に罹患、結構活躍したらしい陸上も断念せざるを得なかった。
そしてやはり三十代の終わりに再発。
両親共そんな体質ゆえ、伜への気懸りは常に抱えている。
十代の頃に比べずいぶんがっしりしてきたんで、大丈夫だとは思うが。

とにもかくにも、藤川君、どうか軽くあってほしい。

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張り切り過ぎて負傷した(笑)

今日は私にとっちゃ大切なお祭り日。
午前二時に起床してあれこれ用意、真っ暗なうちから勇んで出かける。

日頃大変におとなしい生活を送っているせいか、おっさんという保護者も付いておるわけだし、
こういうときにはどうも箍が外れる。
遠路はるばるやって来た伜に、
「おい、おかん、虚弱なんやから休み休みいけよ」
諌められるも、やたらハイ。

で、一所懸命綱を引っ張って見事に大ゴケした。
強かに地に打ち付けた左顔面が見る見る青紫に脹れてきたため、一連の行事が終わった後、
小うるさい伜の厳命によりおっさんに連れられ、いちお現地の整形外科へ。
勿論、ただの打撲と捻挫であったが、
「あんたって人は、なんでそうやって定期的に心配かけんねん!
 
ほんっま困った母親やわっ!!」
めっさ怒られた。

んでも。
ばあやんや義兄、義妹夫婦(どちらも年上だが)とふれ合え、どんだけ楽しかったことか。
また、殆どのいとこたちがそれぞれの事情で参加を見送っていた中、外孫であるにも関わらず、
お祭り男の伜が駆け付け、特別に彼女も招待してもらって、賑やかな集いとなったのも嬉しい。

次も、行く、必ず!

愛するひとびと 

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付き合いの悪い人

先日。
かつてPTAやら子供会やらの役員でお知り合いになったAさんより、会食のお誘いがあった。
 
「みんなで久し振りに集まらへん? てことになったんやわー、きすけさんもどう?」
“えっ?”と吃驚、うちの家電番号なんぞようもまあ覚えてらしたもんだ。

年中暇な私なれど、当日はたまたま大切な行事にかちあっている。
欠席の旨、丁重にお伝えしたところ、
 
「あ、そう。

きすけさんって、昔から『付き合いの悪い人』やったもんね。
わかりました」

と、返す。
『付き合いの悪い人』

些かむっとはしたが、今に始まったことじゃねえもんな、受話器のこっちで苦笑い。


役員の一人として、ボス的存在だった彼女と身近に接していた当時。
学校選択制の話が持ち上がる中、問題だとやたら声を張り上げ、でも役員皆が避けていた、

市教委との会議。
また、元は余所者の私にはぴんと来ぬ、それこそ役員皆が最も避けてきた差別関係の会議。
『付き合いの悪い人』
である私は、代表として、いつも一人で送り出された。
うむ。
 
「仕事が忙しい」
ってのを理由にされれば、外でカネを稼いでいない専業主婦は、嫌な任とて負わざるを得ん。
(
でもさ、いちお、内職はしとってんで、せいぜい月2~3万円程度の収入でしかなかったけど)

んで。
出て行った以上、意見を求められる。
たどたどしくはあるが、私なりの意見を述べる。
そして、否定される。
後者の会議の場合、ときには、人格までも危ぶまれる。
全ての要望を受け入れることがお約束の世界、わりと辛い流れだったんだが、しょうがない。
私には、私という、ちっぽけな一個人の思いをふり絞って言を発する事しかできないから。


当然、私の言は、何の役にも立ちゃしなかった。
結句、さほどあからさまではなくとも、Aさんをはじめとする地域の役員方の失望は受けた。
『付き合いの悪い人』
がしゃしゃり出たところでやっぱりねえ…みたいな。

ちょっと、やりきれんかった。
私の意見が何の役にも立たなかったことに対してではなく、“しゃしゃり出た”と評されたことに。

『付き合いの良い人』

たちは、
『付き合いの悪い人』
を盾にして、ものを言う。
あくまでも、“他人”の失敗として、冷徹に御立派な言を述べる。
おのれの意見を述べつつ内職のクセでできるだけ几帳面に取った会議録さえ、仇になった。

私が“行間を読む”という一見ステキな言葉を忌むのは、そんな経験ゆえのことかもしれない。
自身の失敗は失敗でいい。

が、あんた方が埋める行間なんかでなく、まずは発言そのものを見つめてくれよ、と、思った。
あれこれと交わされたいろんな人たちの言葉こそを、まずは冷徹に見つめてくれよ、と。



うげげ、クソババアの愚痴になってしまいましたな。
だが、私は、損をしたとは思わない。
『付き合いの悪い人』
と言われ、それなりの役目を振られるぶん、普段は触れることのできぬ“世の中”を垣間見た。

加えて、こんな自分に付き合って下さるひとのあたたかさに涙できる、まっとうな心境を得た。



生きざま云々を問われたら、項垂れるしかない。

私は、なにも、していない。
それでも、私の人生に、徒労はない。

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