茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

記者会見って…

ここ数年、様々な記者会見を見聞きする度に思う。
マスコミは、相手が言えないことを質問するのがいい仕事なのだと勘違いしていないか。
今回、日揮の方々は、社長も広報担当者も思慮深く対応していらしたが。

PageTop

ものは考えよう

ここ半月ほど、所謂“しぶり腹”というのに陥っておる。
ま、腸の器質的な持病のため、二十数年に亘り頻繁に付き合ってきた慣れっこの症状だし、
私の場合、下の問題よか上からの緑黄色の嘔吐=イレウス=即入院になっちまうわけで、
それは最も避けたい流れ。
今んとこ家でじっとしていればいいだけの状態ゆえ、深刻ではないとわかる分、ラクだ。
実際、イレウスってのは好調な時でも突然来たりするんで、結局のところ何とも手立てがない。
ものは考えよう、その兆候を知らせるシグナルとして受け取れば、うっぜー“しぶり腹”だとて、
利に変えられる。

むろん、いつまでこんな不活発な暮らしを続けるのやら、と、げんなりはする。
これでメニエルなんかが重なると、鬱に近い心持ちになる日も稀にある。
けれど、この程度の悩みなど誰しもが抱えておろう、別段身体の事柄に限った話でなくとも。
ものは考えよう、こうしてぶつぶつ言えること自体、たいへんに幸せなのだ。

うむ、陰気になってる折じゃねえ、明日どんな面白い出来事が起こるかわからぬではないか。

PageTop

風習

おっさんの故郷・伊勢では、お正月の注連飾りを一年中掛けておく風習がある。
彼は名古屋の某私立大に進学し、十八歳で故郷を出たのだが、以来住まったどの地でも、
松の内の七日または小正月の十五日が過ぎれば注連飾りがさっさと外されてしまうことを、
ひどく奇異に感じたそうな。

ふたり営巣したこのまちも同様。
結婚して本籍がおっさんの実家の伊勢になり、神領縁の者らしく風習に従おうと思ったものの、
「いつまで飾っとくんやろ」
「今どきの奥さんは、だらしないのかねえ」
一月下旬、たまたま当時のコーポ上階の年輩御夫婦の会話を耳にし、断念。


現在は、というと。
注連飾り
七日の夕に玄関ドアから外し、パソコンラックのプリンターの上に。
(
ついでにまた出た五百円玉壺()、この人の定位置はここなんですわ)
小正月が過ぎたら、今度は埃をかぶらんようダイニングボードの最上段へ移動。
一年間、室内でガラス越しに仰ぎ見る、それがいつの間にか定着したうちの風習なんである。

PageTop

笑門来福

うっすらと雪が積もった四日の朝、伜は、現在の巣へ。
珍しく長めのお休みを過ごせたおっさんも、今日は仕事始め。
通常の日々に戻る。



ところで。
本年もそうだったのだが、大晦日の紅白が終わり、近所のお寺より響く除夜の鐘を聞きつつ、
やはり近所の氏神さんへと夫婦で初詣に向かうのが、ここ六、七年のならわしとなっている。
また、その道すがら、毎年のように必ず上る思い出話に、二人くすくす笑い合ってしまうのも、
ここ六、七年のならわしとなっている。


伜が中三、高校受験生だったときのこと。
この年までは、奴もまだ、渋々ながら親と一緒に氏神さんへ初詣に出かけていた。

三人並んでお賽銭を供え、おっさんが鈴を鳴らし揃って二礼、さあ二柏手、ってなその瞬間、
いきなり一匹のくろねこが足元をすり抜けて拝殿に駆け上がり、祭壇の真ん前でごろーん。
次の動作へ移れずぽかんとしてしまった私らだけでなく、後ろの方々の私語もぴたり止んだ。
そして、数秒間の静寂ののち、どっと笑声がわき…。
わけわかんねえまま、親子三人頭をかいて、もいちど鈴を鳴らすとこからやり直し、参拝。
くろねこはどこ吹く風でどっかり居座っている。

伜 「俺はねこに合格祈願したわけか、ま、可愛えでええけど」
母 「せや、神様はようわかって下さっとる、ねこの知恵も借りたいわ」
父 「むしろうちらしいやん、おもろいこっちゃ」

実に幸せな思い出だ。



参拝するという行為によって、“笑門”を意識させて下さる、それが神様なのだろう。
その“笑門”を開くのは自分自身、福を呼び込むのも、自分次第。

PageTop

新年でござる

もう三日になっちゃってますが、明けましておめでとうございます。
皆さまの御多幸をお祈り申し上げます。
こういう節目の御挨拶は、一応、真面目に、心より、お祈り申し上げておりますです。
良い一年となりますよう。





それにしても。
伜がいると、騒々しいったらない。
わーわー喋りまくり、げらげら笑かされ、普段あんまり使っていない口回りの筋肉が疲れた()

「んじゃ、おかん、寝るわ」
隣の自室へ行くも、反抗期の頃は閉めていたドアも開けっ放しでグースカ。
「四月には社会人か…この子がなあ…」
不思議な心地になる。



ところで、電話機は、大晦日の夕、もう届いた。
はやっ!
電話機
そして、ちっさっ!
比較対象に偶々手近にあったお酢を置いたが、前の電話機の受話器だけ、てなサイズである。
それでいて、機能自体は殆ど同じなのな。



よくよく考えてみれば、私は、子どもの頃には想像もつかなかったたくさんの便利な物に囲まれ、
日々を暮らしている。
パソコンだって、そうだ。
それらのある時代に間に合った、ってか、生きている有難さを、思う。


PageTop