茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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おかえり

伜より、
「駅から直接飲み会に行くよって、帰りは遅なるでー」
おっさんのケータイへと連絡があり、むしろ、ほっ。
日頃の足なのは言うまでもなく、彼女に可愛い焼餅を焼かれるくらい、無粋なバイク野郎。
見ぬこと清しじゃないが、離れている普段は“ちっ、勝手にせい”でも、電車で帰省してくれると、
冬場は特に、ずいぶん心配が減る。

旧友との再会に上機嫌で帰って来、歯ぁ磨いて、予めメイキングしといたった布団にコテン。
いい気なもんだ。

けど、あかんわ。
うれしくて、しょうがないわ。

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電話機

おっさんは、今日が仕事納め。
トーゼン遅くなると思っていたのに、お昼過ぎ、家に帰って来、
「あー、生きとったか」
このクソ寒い中玄関を開けるなり汗かいて言うんで、ほえ?

ある書類の件でたまたま家に電話したそうだが、何度かけてもつながらない。
そのうち伜からも、
「おかん、ちっとも電話に出やへんねんけど、なんかあったんか?」
おっさんのケータイへ問い合わせがあり、様子を見に来たそうな。

今日は一度も鳴っとらんぞ、と、電話機を見れば、ディスプレイが訳わからん表示になっとる。
受話器を取ってもツー音が聞こえないし、ボタンをプッシュすれど何の反応もない。
あっらー。
壊れとるやん。

身内間の連絡は別として、電話って元々特別な意がない限り人さまにかけることはなかったし、
ケータイが主流となってからは、それを持たぬ者のイエ電へとわざわざかけてくる人とて僅か。
宅配の方よりの在宅確認以外は、セールスか宗教くらいのもんである。
そんなこんなで、使用頻度の激減していた昨今だが、十五年もの間、喜怒哀楽を共にしつつ、
そばにいてくれてたんだよなあ…。
お疲れさまでございました、ほんとうにありがとう。

伜は、
「おやじ、これを機会におかんにもケータイを持たせろ」
などとぶつくさ言っていたらしいが、わはは、ババアはやっぱりネットで電話機を発注しましたわ。
ケータイは、携帯してこそ意味があるんやよってに。

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ことしも残るところあと少し

先週より、ベランダや各部屋の網戸・窓掃除、換気扇の分解洗い、レンジ回りのタイル磨き、
ワックスがけ等、面倒なとこからぼつぼつ取りかかってきたんで、あちこち清々しくなった。
専業主婦ゆえ掃除くらいはほぼ毎日しているが、それでも家ってのは少しずつくすんでくる。
梅雨明けと年末の大掃除は、謂わばカツ入れみたいなもんですな。
ただ、ベランダの床は、雨の日を狙ってホースを引っ張り、水を流しながらブラシでゴシゴシ。
マンションのこと、当然お隣や階下のお宅に迷惑をかけぬよう十分注意しつつも、気は楽だ。


ところで。
卒論を提出し終え、ひと息ついた伜。
一年ちょっと前からお付き合いしている彼女と初日の出でも拝みにゆくんだろう、と、思いきや、
年末年始はやっぱり高校時代の汗臭い野郎たちに会うため、三十日に帰ってくるそう。
明日から大晦日まで天気が悪いらしいんで今日はずらり奴の布団も干してあるんだランララン♪


話はだいぶ遡るが。
紹介したいとの伜の希望により向こうへ行き、彼女を交え、食事をした。
そして、私は、いっぺんで彼女を好きになってしまった。
ぱっと目立つタイプのお嬢さんじゃないけれど、ふんわりと柔らかな人柄で、ころころとよく笑い、
何より、二人、ほんとうにウマが合っているというか、会話を聞いているだけで楽しい。
おっさんも、全く同感、とのこと。
小柄で丸顔でふっくらしていて、大柄で尖り顔でぎすぎすした母親とは正反対のお嬢さんだが、
好きになる女性の傾向は母親の感じるそれと見事に一致していたわけである。

勿論、二十二歳の若造、先の事はわからぬ。
が、えらくちゃらんぽらんなようでいて、根っこのとこじゃ結構まじめだったりする奴。
先の事はわからねど、好きになったひとを、おのれの勝手・都合だけで、泣かしは、すまい。
てか、してくれるな。



さぁーて。
本格的な専用剤買うてきたことやし、お次は、玄関ドアをぴっかぴかに磨いたろっと。

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冬至

午前、年賀状を投函してきた。

今年は、七月に高三のクラス会、八月に大学のゼミ仲間の集いが続けて催されたこともあり、
体調を考えると欠席せざるを得なかったため、親しい友一人一人にメッセージを書き乍らの、
「会いたいなあ…」
という思いも一層募った。
だが、瞼に浮かぶ友の顔はみな高校・大学当時のまま。
思い出というものは年を取らないとしみじみ感じた次第である。


さて。
自身は正直に年を取ったわけで(まあ年のせいばかりでなく元々こういううっかり者なんだが)
今日が冬至なのをころっと忘れており、ついでにスーパーへ寄って南瓜と柚子を購入。
先ほど煮上がった南瓜はぽくぽく甘く、いかにも栄養がつきそうだ。
今夜はこれと柚子湯でおっさんに温まってもらおう。


なんだかんだで結局良い一年だったんだよな、私にとっちゃ。








本日の教訓。
愚痴は朝日に恥と化す。
いや、つまらん独り言です、はい。

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審査

言うまでもなく、今日は、衆院選の投票日であった。
私ら夫婦も午前のうちに会場である最寄の保育園へとひょこひょこ。

「なんや、出口調査の人、いてへんやん、大嘘こいたろ思うとってんに」 (おばはん)
「こんなちっさい投票所に誰が来んねん。
 
たまさかに来たところで儂らの人品見たらよけてくわ」 (おっさん)
このくだらんやりとりも、毎回の様式に沿ったもの、両者お決まりの台詞である。

衆院選は、それでよい。
だが、いつも引っかかるのは、今回も投じねばならなかった『最高裁判所裁判官国民審査』。
「やめてほしい裁判官に印をつけて下さい」
てな、身も蓋もない票を求められるアレである。

ずらっと並ぶ名前。
んでもさあ、私は、知らんのだよ、この人らの誰一人として。
当然、最高裁判官として何をしてきたか、私は、知らんのだよ、この人らの誰一人として。

私にとっちゃ審査もクソもねえ話ゆえ、毎回白票。
それ以外、なんともしようがない。
だって、ムリクリ印をつけようとしたら、ヒトの習性として、取り敢えず一番右の人に、とか、
めっさ理不尽なことになってしまうのは明白だ。
その上、これまで当国民審査によって罷免された裁判官はいない、って事実も、
「あら、ま」
なわけで。

無駄って、こういうことをさすんじゃね?

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古い女

世間を知らぬ人間、五年一日の如く私事ばかりに几帳面な日記を綴ってきたわけなんだが、
以前、『今週の晩ごはん(予定)』というタイトルでupしたこの記事、
kisuke234.blog102.fc2.com/blog-entry-508.html
実際は『次週の晩ごはん』として、週末になるとせこせこ鉛筆書きしているのである。
今日は、こんなん。
今はまだ余白アリ


“前夜に冷凍庫から冷蔵庫へ移しとけよ”てな注意書きやら、右欄には“買っとけよ”な品やら、
一応あれこれ組み立てているつもりなのだが、おっさんの急な出張で穴が開くことしばしばだし、
また、伊勢の義母よりとれたて野菜入りのでっかい箱や、義理関係の頂き物が届くこともあり、
自身とてたまたまスーパーにて活きのよさそな魚介を見かけ、つい購入など、変更は当たり前、
この通りにいったためしはあまりない。

従って、二重線・矢印及び追加の書き込みやらで、次の週末には息苦しいほどごっちゃごちゃ、
本人しか判読できぬような状態になる。
それを、のちの参考にすべく今度は改めて昔ながらのA罫7mm大学ノートに記してゆくわけで、
そろそろ10冊目が埋まらんとする献立帳に。

まあ、いかにもな昭和っぷりですな。
予定をワープロに打ち込みゃさっと修正が利き、そのまま結果を印刷、で、簡単に済むものを。

ただ。
私事ばかりに几帳面なボンクラが、私なりにものを考えて営んだ生活の軌跡というべきものは、
こういう非効率な作業の地下にのみ存在する。
私そのものとして。

第一。
ババアなんてもんは、いくら新しいことをしようが、その存在自体、既に古いんである。
おのれの古さを認め、日々苦笑こそすれど、おのれの古さを恥じる必要は、さらさらない。

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ふたご座流星群

つい今しがた。
妙な物音がしたようで細くカーテンを開け窺った途端、偶然にも流れ星が立て続けに二つ、
すーっと尾を引いてゆく。
「まあ…」
何となくロマンチックな気分になったりして、お恥ずかしゅうございます。

けれども。
「ちっ、願い事のために早口言葉の練習でもしときゃよかった」
すぐ欲望に走る私は、ロマンチックどころの人間ではないわけで、お恥ずかしゅうございます。

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初心

【   や、きすけといいます。

    
勝手なことを肩肘張らず書き散らせる場が欲しくてこの茅屋を建てました。

    
家にPCが来てから数年経つというのに知識は未だ初心者レベル。
    
こうしてブログを始めるにあたっても
    
「はて、次はいかにすればよいものか」
    
といちいち立ち止まっておる有様ですが、てれてれやっていきたく思います。   



記事番号1。
忘れたところでどーでもいいような、初心。



いま。
何らの成長もなく、てれてれやっとる。

んでも、てれてれやっていけたらすごく幸せだな、と、やっぱりてれてれ思う。


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良心

横浜に行ってはるおっさんより、
「はよ寝やんとあかんぞ」
とのTELがあり、素直に21時頃から寝たところ、まーた深夜に目が覚めてもた。
流石に早過ぎだったわな、あほやぜ。
けど、お薬ってのは、やっぱ効くんだねぇ。
静注して頂いたら、立ち眩みや息切れも少し治まったような気がする。



ところで。
私は、血だけでなく情も薄い。
かねてから、他の痛みがわからん人間なのかも、てな自覚はあったが、東日本大震災の際、
そのことをつくづく思い知った。
想像がつかないのである。
想像自体、できないのである。

【   花は花は花は咲く   】
NHK
をつけていると、毎日聴くこのうた。
綺麗事だな、と、思う。
だが、いいうただな、とも、思う。

想像がつかないのなら、想像自体、できないのなら、綺麗事から入ったってよいではないか。
綺麗事から出るまことだってあるかもしれない。
まことを生む良心は、たぶんこの胸にも存在する。

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顔色

朝。
「行ってらはーい、気ぃつけてー」
いつものように通路へ出、オサーンを見送った。

ら、
「あかん、ケータイ忘れとるわ、ボケとんのか」
階段を降りかけたところでこちらを振り向いた途端、
「あんた…」
何やらえらく吃驚した表情。

「やだー、おとーさん、今さらきれいやとかわかりきった台詞はやめてーな」
「あほ、中入って鏡見てみ」
再び二人、玄関へ戻り、姿見に映った自分の顔を覗き込んだ。

ら、
「あれま、ナヴィ族みたいやわ」
そう言や最近調子がいいんで、鉄剤とか服用してなかったな。

結局、忘れたケータイで九時にタクシーをお願いしたオサーン。
で、親切な運転士さんにホームDr.のもとへ運んで頂き、静注を受けてきたババア。
また定期的に通わねばならん。

どこまで情けねえんだ、と、結構落ち込んだ。
けど、こんなにも大事にしてもうてんだから、その落ち込みだけは顔色に出すまい、と、思う。


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お金あれこれ

早くも師走でございますか。
某颪の虎落笛を聞く度、我が身に差す貧乏臭い影も濃くなってまいりますわえ。

無理矢理感いっぱいながら、貧乏臭いつながりってことで、小銭。
小銭
左上から順に、百円玉、五十円玉…見りゃわかるわな、以下略。
(
薬用陶陶酒デルカップの空瓶ってとこも貧乏臭いが、手足ばかりか腹まで凍える虚弱体質、
たまに飲用すると結構効く)

近年、諸事情によりネットを頼った買い物が多くなり、いつも代金引換でお願いしているため、
宅配の方におつりなしでぴったりお支払いできるよう、このように小銭を用意してある。
きわめて役立たずな者だけに、人さまに余分なお手数をおかけするのはなるべく避けたい。
だいたい、何事によらず昨今蔓延る、
「仕事なんだから、して“くれる”のが当たり前」
てな考え方は、それこそ貧乏臭くていかん。
人間を、ひいては社会全体を、一層つまらなくさせる風潮だ(おつり程度の話からまた大仰な)

さて、上に姿のない五百円玉は、というと、別途保管、ちまちま貯めて(貯めようとして)いる。
ずっと以前にも記事にしたが↓はそのときの画像。
壺2 

元々は、何かの足しに、とか、それなりに貯まったら旅行でも、くらいの軽い気持ちで始めた。
が、結局、急な検査やら入院やら、緊急時の風と共に去りぬ、なかなか増えてくれない。
現在はこんな感じだ(でらピンボケ)
はよたまれ 

たかが、五百円玉、なんだろうな…。
でも、チャリン、という音と共に貯まってゆくのをこの目で見るのは愉しい。
また、やむなく、ザラザラッ、という音と共に取り出し、空になった様をこの目で見るのは淋しい。

ところで、私は、カードというものを持っていない。
割引や特典があり色々お得なのはわかっているし、ネットでの買い物にしろ便利に違いないが、
五百円玉の如く、遣った際に遣った分だけお金が減るのをこの目で見なければ不安なのだ。
後からの決済は、借金と同じに思える。
何より、“クレジット”の名の通り、私は自分自身をあまり信用していないのかもしれない。

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