茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

落ち着け

午前、消防設備点検ということで、指定の業者さんがいらした。
予めちゃんとお知らせは来ていたのだが、一ヶ月も前だったのでころっと忘れとったがな。
些か慌てたものの、ちょうど掃除機をかけ終え、熱ーい梅こぶ茶などずずーっと啜りつつ、
何やら仏像の番組をぼんやり眺めていたところだったため(それにしても婆くせえなおい)
えっと何て言うんだ、トイレが詰まったときのスッポン、あれのゴムを金属にしたような器具で、
全室警報機を調べ回って頂いても、片付いているという点では恥をかかずに済んだ。

が。
感じのいい年輩の方だったにも関わらず、言葉はしどろもどろだわ、やたらぺこぺこするわ、
私ゃまるで良からぬ考えを抱いている不審者のような態度になってしまった。
どんだけ対人スキル低下してんだよ。
むしろそのこと自体に慌てねばなるまい。

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かなし

おっさんは、昨日から出張。
ヒートテックなる名の所謂パッチというやつを何本か持って行って貰ったが、北陸は寒かろな、
気の重い用件だけになおさら。

そして、伜は、今朝早く、
【今から某島へのフェリーに乗る。
 
めっさ風つえー】
気紛れなメールを寄越した。
日帰りにての慌ただしい確認調査らしい。
バイク、気ぃ付けて運転してなあ。


土曜日、たまたま聴いていたラジオで、スピードワゴン他の出演者が万葉集について語らい、
中西進先生が平明・軽妙に解説していらしたが、
「かなし、とは、愛しであり、即ち哀しである」
という言葉になんとなくしみじみ。
遠い昔、上代文学の恩師も同じことをおっしゃっていた。


愛し。
すんなり伝えられぬ場合もある。
哀し。
やれやれ、うぜー婆だな、と、自身に呆れたりもする。
それでも、やっぱり、心配せずにいられる日なんて、ないよ。

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朝。
鏡を見たら、セミロングまで伸ばした髪が突然鬱陶しく映った。
茶髪は似合わんので、いつも地のままの黒できたのだが、その分陰気臭い。

発作的に行きつけの床屋さんへ走った。
「はい、こんなもんでどうですやろ」
奥さんの声にまじまじ自分の顔を眺めたところ、あれ、なんか見たことあるぞ、こいつ。
誰や?
せや、伜や。
ばっさりと樋口可南子さんくらいのベリーショートにして頂いたら、どことなく奴の面影が。
ずーっととーちゃん似だと思い込んでいたけれど、やっぱ私の血も引いてんだなあ。

何にせよ、樋口可南子さんどころかますますおっさん臭くなった初冬である。

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楽しい火曜22:55

あー、今回も笑った笑った。
たまたま何の気なしに初回を観たのがきっかけではまってしまった『恋するハエ女』。
NHKってのは『みんなのうた』なんかでもしばしば奇抜な珍作をぶつけてきたりするけれど、
この『恋するハエ女』ときた日には、
「おいこれほんとに公共放送のドラマかよ」
つい疑いたくなるようなふざけっぷり&軽躁なノリ、天晴れだ。


私はどうも昔から、
「元気が出た」
「勇気がわく」
「じーんときた」
という殊更な感動よりも、ただもう単純に笑えるってことを重んじる傾向がある。

だって、何の足しにもならぬくだらないことに時間を割ける生き物って、人間だけだもん。
せっかくの特権、ありがたくげらげらと享受させてもらわなきゃ、損、損。

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手ぶくろを買いに

新美南吉の作品である。
晩秋の冷えに手荒れが一層ひどくなり、
「そういや、私の手袋、ずいぶん毛玉が目立ってきてたし、早めに新調しとこうかな」
などとぼんやりひとりごちていたら、唐突に浮かんできた。

          ・・・・・・・・・・・・・・     あらすじ     ・・・・・・・・・・・・・・
雪の朝、表を走り回って帰ってきた子狐の冷え切った手を握りながら、母さん狐は手袋を買ってやろうと思いついた。夜になって町に出かける途中で、母さん狐は子狐の片手を握って人間の子供の手に変えた。そして子狐に、町の帽子屋へ行って戸を少しだけ開けたら、人間の方の手を出して「手袋をください」と言うように、と教えた。間違って狐の手を出してしまうとひどい目に遭うからと。子狐は町に着くと帽子屋を見つけ戸を叩いた。帽子屋が戸を開けた拍子に差し込んだ光がまぶしくて、子狐はつい狐の方の手を出して、「手袋をください」と言ってしまった。帽子屋は、狐だなと思ったけれども出されたお金が本物であることを確認すると黙って手袋を渡してやった。帰り道、家の中から聞こえる子守歌を聴きながら帰った子狐は母さん狐に「人間ってちっとも恐かない」と、間違った手を出したけれど帽子屋は手袋を売ってくれたことを話した。母さん狐はあきれながら、「ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやいて物語は終わる。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                     フリー百科事典Wikipedia 『手袋を買いに』の項
                             (2012720 () 06:19 更新)より引用

うちにも柔らかで繊細な美しい絵により表現された児童書『手ぶくろを買いに』(偕成社)があり、
伜の幼い頃、何度か読んでやった。
だが、ラストの、
「ほんとうに人間はいいものかしら」
という母さん狐の呟きをどのような声音、調子で伝えればよいのか、いつも少し困った。
私自身、この静かに様々な含みを残す作品の解釈をあれこれ考えさせられていたからだろう。
本棚の隅から引っ張り出して再び読み返した現在もやはり同じだ。

まあ伜は、『しょうぼうじどうしゃじぶた』、『もりたろうさんのじどうしゃ』、『のろまなローラー』等、
車や電車・飛行機他乗り物関係、または『すてきな三にんぐみ』のような盗賊関係()といった、
いかにもおとこぼうずらしい本ばかりを好んで繰り返しせがみ、この『手ぶくろを買いに』には、
さほど特別な反応を示さなかったのだが。

余談乍ら、『泣いた赤おに』を読んでやったときは、小さな肩を震わせてひっくひっくしゃくり上げ、
その夜はなかなか寝ついてくれなかった。
そして、二度と、読んでほしい、とは言わなかった。
ただ、少し大きくなってからは、ときどき自分で読んでいたようだ。


さて。
『手ぶくろを買いに』で、もうひとつ思い出したことがある。
遠い昔、私は、物を失くしたり落としたりってのも間々な、ぽっかりした子どもだった。
中でも多かったのが、手袋。
せっかく新しく買ってもらっても、いつの間にか片方だけ失くなっているのだ。
そこで母親は、毛糸を縒った長い紐で両方をつなぎ、首からかけたままはめられるよう、
対策を立てた。

ところが何たる粗忽者、今度はそのまま両方いっぺんに失くしてしまったのである。
あちこち探しまわり、暗くなってからべそをかきつつ家に帰ると、遅いのを心配していたのか、
片方の際には小言を言った母親が、
「手袋はきっとあんたの身代わりになってくれとるんだわ」
怒りもせず真顔で言う。
ほっとすると同時にわんわん泣いてその場にしゃがみ込んだ。


「ほんとうに人間はいいものかしら」
どうだろう…よくわからない。
だが、脳裏には、いいものだと思える温かな記憶がいくつも刻まれている、と答えたい。

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みつばのその後

先日のみつばは、現在このようになっている。
みつばさん
新芽が出たかと思えばすぐに萎れ、茎や根もどんどん腐ってゆくため除去・剪定()するうち、
いつの間にかえらくさみしい姿に。

当初の、あわよくばまた食えるかもしれん、てな目的なんぞすっかり吹っ飛んでしまい、
「なあ、あんたたち、頼むでがんばってなあ」
朝晩水替えをしながら語りかける毎日。

何事によらず、情が移る、ってのは、切なくてあかんの。


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22才

中学一年生の冬、確か土曜の午後。
ベストテン的な番組を放送していたラジオから“風”の『22才の別れ』が流れてきた。

22才の女性の独白てな形のこの曲、子どもの想像をかき立てる情景描写がなされていた。
一応は感じやすい年頃、初めて聴いたそのときはヒロインになりきって目をうるうるさせ、
「22才か…」
意味もなくふぅとため息なんかついちゃったりして…やれやれ。
ただ、22才とは、とてもオトナな年齢なのだと思った。

この曲がヒットし、日に何度も流れるようになったちょうどそのころ、私は13才に。
誕生日に買ってもらったフォークギターをかき鳴らし、歌った。
ま、セーハにぶつくさ言いつつ、おむすびピックでジャンジャカジャン、な他愛なさだったけどな。
そう。
当時は『明星』・『平凡』という芸能関係の月刊誌に立派なソングブックが付録となっていて、
楽譜付きでない曲でも
掲載の歌詞には逐一ルビのようにコードが振ってあったのだよ。
今考えると、めっさ太っ腹ってか、音楽・出版業界共々情熱&心意気を感じる。


さて。
気の短いババアはさっさと文をはしょるわけなんだが、時がさっさと過ぎるものだってのも事実。
『22才の別れ』に感傷的になったことなどいつしか忘れ、思い出すこともなく、22才となった。
ところが、誕生日を迎えて間もなく、『昨日、悲別で』というドラマにより、この曲はよみがえった。
エンディングテーマに使われたことで再び脚光を浴びたのだ。

22才の私があらためて『22才の別れ』を聴き、どう思ったか。
正直、むかついた。
           
【 わたしには 鏡に映ったあなたの姿を見つけられずに
           
   わたしの目の前にあった幸せに縋り付いてしまった   】
なんてこたあない、心身の平安をはかり、堅実な男を選んだだけである。
大体、好きな男がいながら、22才の若さでどうして他の男と結婚しようてな気になれるんだ?
双方に失礼だろうが。
なーにが、
           
【 あなたは あなたのままで変わらずにいて下さい そのままで 】
だよ、クソ厚かましい。
好きな男との五年の月日を自ら反故にし、去ってゆくくせに、でら勝手な言い草。
ウェディングドレスをまとえば、一転、初々しげな笑顔でしゃらり周囲の祝福を受けるんだぜ、
この手の女は。

いやはや、根性悪さ丸出しのガキっぽい感想ですな。
結論。
自身が22才になってみたら、22才なんてちっともオトナではなかったわけである。



いずれにせよ、むかーし昔のおはなしだわさ。
何しろ、今まさに我が子が22才の誕生日を迎えようとしているのだから。
とっぴんぱらりのぷう。

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