茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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こそ

季節の変わり目というのは、妙なことばかり思い出す。
いつもの話か。


伜を出産するにあたり、実家から、彼の従兄姉たちが使っていたベビーベッドを借りた。
だが、お乳を飲ませ、げっぷさせ、腕の中であやしつつ寝たのを確かめベッドに戻した途端、
忽ちふぇーんと起きてしまうし、眠りについてもすぐまた夜泣き、と、一晩中、その繰り返し。
しょうがないのでベビーベッドはさっさと返却、親の布団にベビー布団をぴたりくっつけて敷き、
てれーんな添い乳に変えた。
以来、げっぷ後そのまますんなり寝入ることが多くなり、夜泣きも幾分減った。

赤ちゃんの手って、可愛い。
ほんとに、ほんとに、可愛い。
一寸の暇にも、つい、小さなそれを自分の左手の上に乗せ、右手で掌をそっと撫でてしまう。
坊も何だか心地良さげだ。
実際、ぐずりだしたときそうしてやると、次第に落ち着き、すやすや寝息を立てた。

二歳になると、親子三人所謂“川”の字で寝た。
布団を並べて敷いても、
「ぼくもっ!」
とばかりに、親の間へ割って入ってくるからで、狭苦しいったらありゃしない()
おっさんは比較的寝相のいい人間なのだが、坊と私は最悪。
夏場など、寝しなは“川”でも、気付けば“に”の字や“K”の字になっていた。

とにかく、そんな状態で、親子三人ひとつ布団にてぎちぎち、な数年、伜は、
「おかあさん、“こそ”して」
毎晩のようにせがんだ。

“こそ”とは、上記の、掌を撫でる行為をさす。
伜は、何故か、そう呼んだ。
滅多になかったが、幼稚園で諍いでもしたのか、少ししょんぼりした様子を窺わせるときには、
念入りに“こそ”した。
喘息発作で夜中にホームドクターのもとへ走り、点滴して頂く病床でも、念入りに“こそ”した。
喘息に限らず、おたふくや水疱瘡等、子どもが一度は通らねばならぬ諸病に罹患した際は、
さすがにゆったりさせたくて、ジュニア布団で寝かせつつ、やっぱり念入りに“こそ”した。

小学校に上がり、現在地へ引っ越して、子ども部屋を与えられた後も、伜は結構長いこと、
私たちと一緒の部屋で寝たがった。
八、九歳を過ぎりゃひとつ布団などきしょい、てか無理だが、布団は相変わらず並べて敷いた。
その頃には、
「おかあさん、“こそ”して」
とは、たまにしか言わなくなったものの、
「あ、何かあったんかな?」
みたいに口数が少なく、ちょっとした懸念を覚えるときには、“こそ”した。
阿呆な母親なのかもしれんが、自身がそうしてやりたかった。
阿呆な母親だから、そんなことくらいしかできなかったし。

親の言うことなどちっとも聞かぬ、タッタタラリラピーヒャラピーヒャラパッパパラパな性格なれど、
人よりいくらか幼いところがあった子、
「俺もベッドで寝たいで、買うてなあ」
と、ねだったのは、五年生の五月、ちょうど今頃。
それからは、自分の部屋の自分のベッドで、寝るように…

…うむ、一応、そうなったんだが…。
地震雷火事嵐のときには、枕を抱え、すっ飛んで来るのな。
「おい、今さらひとつ布団で親子“川”の字かよ!」
狭苦しいどころかあまりの息苦しさに文句を垂れつつ、ぷっ。
阿呆な母親は、久々の、何とも言えぬ可愛らしさに、赤ちゃんだった頃の小さな手を瞼に浮かべ、
のんきな顔で鼾をかく奴の掌に、“こそ”などしてしまうのであった。
むろん、中学生になってからは、そんなこともなくなったが、の。


最後に“こそ”をしたのは、高校受験のとき。
無謀に過ぎる第一志望校を落ちた日のことだ。
深夜、奴の部屋に忍び込み、でかくなった掌を、起こさぬよう、気付かれぬよう、撫でた。

が、タッタタラリラ~パッパパラパな性格だけに、奴は実に貴重な三年間を過ごすことができた。
良き友と良き先生に恵まれ、勉強はともかく()、毎日明るくエネルギッシュに動き回っていた。
やはり良き友と良き先生に恵まれた、大学四年生のいま。
母校である高校へ寄せる愛は、ますます強くなったように見受けられる。


懐かしい、“こそ”。
もう、二度と、できない。

ゆえに、季節の変わり目には、些か切なくなるのである。
その幸せを、結構長いこと味わえた日々が、甘いカルピスと共に、胸の奥へ沁み込んできて。

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トクホコーラ

少し前、ちらと話題になっていたトクホコーラ。
スーパーにて見かけたので、ものは試しと2本購入。
トクホコーラ1 
トクホコーラ2

「コーラにまで健康効果を求める時代になったか」
すごくどうでもいい感慨に耽りつつ飲んでみたところ、普通のダイエットコーラとさほど変わらず、
別にまずくはない。
“脂肪の吸収を抑える”などと言われようが、日常の食卓にコーラ、なんてのはまっぴらだけど、
ハンバーガーやフライドチキンを好む人にとっちゃ、そのお伴にいいかもしれん。

でも、ま、コーラっていうのは、爽やかさとカロリーの高さへの背徳感()を愉しむもんだわな。
あたしゃやっぱり本家本元のコーラが一番美味しい。

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伜がよそのまちへ行ってしばらく経った頃、何かの電話のついでに
「安物しか買わへんせいかもしれんが、この頃のシャツはすぐに釦が取れるなあ」
と、ぼやいたことが。

いや、釦もミシンでがーっ、な大量生産の既製服ってのは、そんなもんだ。
今に始まったことじゃなく、昔からそこそこ値の張るジャケットやコートなんかでも同様だった。
(
勿論、そこそこ値の張る品なら、別に予備の釦が付いてくるが)

なので、服を買った際には、まず裁縫箱を持ち出し、値札他のタグを外すと同時にちくちく。
いっこいっこ、我が手で付け直してきた。
伜の制服も、おとんのYシャツも、たとえ襟や袖口はくたびれようと、釦が取れたことはない。
丈夫さの点に止まらず、手縫いでちゃんと脚を作った釦は、掛け外しもスムーズだしさ。

まあ、こんな話をしだしたら、恩着せがましさだけに終始しちゃうんで、
「釦っつうのは、予め自分で補強しとくもんや。
 
小学校の家庭科んときのソーイングセットがしまったるよって、送るわ」
しゃらっと答えといた。
「うわ、めんどくさっ」
さらにぼやく伜に、
「はいはい、そういう、めんどくさっ、なことこそが、一人暮らしの醍醐味ですよ」
腹の中で意地悪く笑ったりして。



ネット上でよく使われる言葉に、“釦の掛け違え”ってのがある。
だが、掛け違える以前に、自分の釦をきっちり見直してからものを言わなあかんよな、と、思う。

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右一段目の抽斗

実家より共に嫁し、今なおうちの和室で私を頼もしく支えてくれる、樺材の頑丈な文机。

むかーし昔の大昔、ほんのいっときだけその上に、好きなひとの写真を置いていたことがある。
それこそポニーテールに水玉のリボンなどあしらい、愛嬌のない顔をごまかそうとしていた、
ムスメ時分の話だ。

んでさあ、片思いだったかのひとが笑む写真立てに、当初は、
「おはよう」
「じゃ、消灯、おやすみなさい」
とか、へらへら声をかけたりしてたのな、おめでたく(いやもう、鳥肌もんのきしょさやで、ぶるる)。

が、数日経つと、だんだん居心地が悪くなってきた、自分の部屋なのに。
何しろ、立膝をつくのも憚られ、また、着替えの際なんか、いちいち写真立てを伏せねばならん。
その程度のことならまだいい。
問題なのは、生理現象である。
あくび・くしゃみは豪快にやっちまうし、トーゼン屁もひるわけで、伏せ忘れたことに気付いては、
「げっ、どうしよう」
と、赤面。
てか、屁の場合、たとえしっかり伏せていてもひどく恥ずかしいではないか。
結局、半月くらいでその写真立てを文机の右一段目の抽斗の中にしまった。



おそろしく歳月の流れた現在。
相変わらずな私は、芸能人、スポーツ人、その他人、“わ、ぽっ”な人だらけである。
それゆえに、やはり、赤面してしまう。
好きなひとの写真立てを、右一段目の抽斗の中で大事に飾るという、変な癖が残った自分に。

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ポニーテール

散髪(冗談でなく、私はここ数年来、年配のご夫婦が営む床屋さんのお世話になっているため、
気分的にこの言葉のほうがしっくり来る)へ行くのをさぼっていたら、髪が山伏程度の長さに。

早く寝過ぎて中途半端な時間にトイレ。
洗面所で手を洗いつつ、もっさりな寝起き顔が映る鏡を見ていたら、何だか目が醒めちゃった。
で、どういうわけだか、炊事の際は襟足のところでテキトーに束ねている髪をぐいっと持ち上げ、
懐かしのポニーテールなど試みてみる気になり…。

おお、短い後れ毛がいくらかぱらぱら落ちるものの、それなりにまとまったではないか。
大昔は馴染んだ時期もあるポニーテール。
どんだけぶりかしらん。

若い人にこそ似合うスタイルってのは、まさにその通り。
が、ばばあなれども、テキトーに束ねとくよりかはずっといいかも、とか思ってしまった。

長い髪って入院時だと色々面倒ゆえ、間近になったらまたひょこひょこ床屋さんへお邪魔して、
手入れが簡単な顎の線辺りでぱっつんと揃えて頂くつもり。
なので、それまでは、毎日ポニーテールで過ごしたろか、などと、分別なく呟くのであった。


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五年

昨夜、就寝前に各部屋の月めくりカレンダーをびりっと新しくし、気付いた。
そう言えば、このブログって、五月一日、うむ、2007年の今日、始めたんだ。

内容はお粗末だし、更新頻度は低いし、長期間放置したことも度々だが、五年続いたのか。
毎度毎度代わり映えのしない生活を綴ってきながら、それでもいろんなことがあったなあ…。

ちょっと、しみじみ、である。

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