茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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大相撲・とっても私的

お客さんの入りもなかなかであった二年ぶりの三月場所。
十三日目に勝ち越しを決めた高安は、学年こそ一つ上の早生まれだが伜と同い年だったりし、
時の流れというものを痛感させられる。

幼い頃から高校野球に馴染んだことは、以前、何回か述べたが。
実は、大相撲も好きだ。
ムスメ時分は特にはまっており、名古屋の七月場所になれば、朝も早よからチャリを漕いで、
近くの寺社が宿舎である幾つかの部屋へ稽古を見に行ったものだし、県体育館で観戦した。
わざわざ巡業を観に出かけたことも何度かある。

何かと単独行動の多かった私だが、他との行動は苦痛、と、頑なに避けていたわけじゃない、
単独行動にならざるを得なかった事情もあるのだ。
だいたいあんた、当時は若い女の子だった友人たちに
「浜松へ大相撲の巡業を観に行かない?」
などと声をかけてみたところで、誰が乗ってくるかよ。
引かれるのがオチでごわすごっつあんです。
ただ、巡業の際のほんのちょっとしたことが縁で、引退するまで毎場所番付を送って下さった、
そんな関取もいてはった。

ま、のちには“相撲ギャル”という言葉も生まれ、女の大相撲好きも隠すべきことではなくなる。
若貴の時代だ。
だが、そんな頃には私ゃ既に育児の真っ最中、主婦・人の親ともなれば、当然のことながら、
手が空いたときにTV観戦する程度の、静かな“おばファン”に変わりもしよう。
また、相撲そのものの面白さより若貴ばかりを取り上げ持ち上げるマスコミの偏った報道も、
ある意味、熱を冷ます一因となった気がする(全然関係ないけど、ある意味の“ある”って、
実際、中身はどういうものでどんな意味なんだろう、自分で使っといてナンだが)
で、お約束通り、落とすときは大喜びでこれでもか、だったしね、ほんっとあさましいわ。

それでも、ときに伜やおっさんに要らぬ豆知識を披露しつつ途切れもせず大相撲に触れ続け、
現在に至る。
三月場所は鶴竜の活躍にTV・ラジオの前でひとり歓声を上げ、昨日の大関昇進の口上も、
ニュースでめでたく見ていた。

ところで。
年期の入った相撲通は、立ち合いよりのほんの一瞬だけで、九割方勝敗がわかったという。
通には程遠い私も、以前は立ち合いよりの三秒くらいで七割方わかった。
エラソーでも事実でごわすごっつあんです。
ところが、八百長問題以降の中継再開の場所から、五割ほどに。

これも、ある意味()、いろいろと感慨深い。
 

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そういうわけで

出張帰りのおっさんが、明日はひっさびさのお休みを取れるわけで。
現在、こうしてリビングでPCをいろうとる私の後ろで、グースカ寝とるわけで。
花粉の影響か、なーんか鼾もやかましくて、それもまた、かあいそなわけで。

毎日毎日、責任者としてあっちゃこっちゃへ飛び廻り、アタマを下げる、そんな日々。
内心は…本心は、嫌やろな。

でも、そいでええんやそう。
私にすりゃ、
「なーんでおとーさんが関知してへん、あほな上の人の所業の尻拭いをせなあかんの?」

怒り心頭。
にも関わらず、彼は、
「儂は、儂の目の前にある以上、儂の仕事を完璧にやったろ、思うとんねん」
と言う。

内輪褒めで失礼。
が。
うちのおっさんって、なんなんだよ、と、思う。
かっこよすぎて声も出ねえ男やん。

それだけに。
「あなたさあ、私なんかと一緒になって、なんかいいことあった?」
ずっと、疑問に思ってきた。
申し訳なかった。


現在でも、思う。
「あたしさあ、あなたと一緒になって、何かいいことできた?」

あなたにとっていいこと。
ひとつも浮かばん。
けど、振り向けば、そこに、無防備な寝顔。
私の、宝物。



うむ、そういうわけで。
ごめんね。
私ばっかり幸せにしてもうて、ごめんね。

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流行るだけのことはある

相変わらず家事をしがてら中継のある日は国会など視聴しておる地味な日々なのだが、
いや、その、小宮山厚相の答弁には、こっちが過呼吸になりそうで些か慌てますな。

てな書き出しとは無関係に話も相変わらずスコンと飛ぶわけで、昨春くらいから流行りの塩麹、
一過性のブームで終わることなく、いつしか定着したようである。
元来東北・北陸他各地で使われてきたものだし、知らず伝統への回帰に向かったのかしらん。

ま、何事によらず流行りに乗る機を逸し乗る気も失う私だが、実家の母が仕込んでみたところ、
色々重宝したらしく、試しに使ってみ、と、五合ほどを密閉壜に入れクール便にて送ってくれた。
で、使ってみた感想は、
「流行るだけのことはある」

九月のことだったため、手始めに胡瓜やら茗荷やらの季節野菜を漬けたんだが、あら、おいし。
以来、使用法をあれこれネットで検索し、お肉を漬けておいて焼いたり、半熟に茹でたたまご、
また、ぎちぎち水切りした豆腐を漬け、ぱぱっと切って出したり、主菜に副菜に大活躍である。

母手製の塩麹も年末には使い切り、今度は自分で生麹を買い求め、たくさん仕込んでみよう、
なんて思っているうちにそれが入手困難となり、自身もちょっとゴタゴタ。
ってことで、少しの間忘れていた塩麹を、この間の日曜日、地元農家の直売所にて見つけた。
塩麹 
ピンボケになってしまったが、
手作り感いっぱいの素朴なラベルも可愛い品。
売り切れだった生麹もそろそろ出回ってくるとのこと、一から拵えるのが楽しみである。

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いてて…

どういうわけだか今日は朝から身体の節々が痛い。
はて、と、しばし考えたら、昨日、久々にラジオ体操をやったのだった、第一・第二続けて。
準備運動だけの段階で筋肉痛でっかさいでっか。

しかし、第二の二番目の“手足の曲げ伸ばし運動”ってのは、大昔デパートの屋上等にあった、
ボールが腹の的に命中するとフンガーと泣く鬼、あれの動きを彷彿とさせますな。
小学校の高学年にもなると、あのがに股チックなポーズが何となく恥ずかしかったりしたんだが、
恥ずかしそうな表情や中途半端な動きをすると余計恥ずかしくなる曲がった性格。
最も恥ずかしいはずの高校時代など、いつもわざと思い切りやって周囲の笑いを買ったものだ。

何にせよ、人間、若い頃覚えたことは不思議と身についているようで。
ぎくしゃく&息切れはしたものの、音楽に合わせ自然に次の運動へと入れた。

今度いっぺん『UFO』踊ってみたろ、勿論カーテンはきっちり閉め切って。

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ぱっと明るむ

私は、徳は全くないものの、得な人間である。
一人で盛り上がれるからだ。
事情を知らぬ他人様の目には、家に引っ込んでばかりの陰気な人嫌い婆に映りかねんが、
とんでもないぞ。
第一、引っ込もうが何だろうが、家に帰れるってほんとありがたい、と、何度も実感してきた。

それに、うれしいこととの出会いは、家の内外を選ばない。
しーんと地味な暮らしの中にも、ぱっと気持ちが明るむような瞬間は、いくつもある。
現に、今日(あ、とっくに日付が変わっとるな、昨日か)も、あった。

殊更大袈裟なことじゃなくたって、例えば、旧友より旅先の楽しそうな絵葉書が届いた、とか、
いや、もっと些細な、何気なくつけていたラジオで思いがけなくいい話を聴けた、とかでも、
人は、幸せになれる。

と、思う、私は。

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