茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

『々』

これはなかなかに恥ずかしい話なのだが。
つい三年ほど前まで私は『々』の出し方を知らなかった。
『々』を使いたいときはわざわざ『HITOBITO』と打ち込み、『人々』の“人”を消すという、
めんどくさいことをやっていた。

或る日。
「なあなあ○ちゃん、『人々』とか『時々』とかの、何やその、“踊り字”っての?
 
あれ、めっさうざいんやけど」
伜にぶつぶつ言ったら、何故だか爆笑された。

「あんた、あほ?
 
『どう』で変換の中に出てくるやん」
「あれ、ほんまやな」

以来、『々』を使うのが楽しくてしょうがない。
々々々々々々々♪
どうどう…。

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わいわいがやがや

宵の口。

事務的な用件で伜に電話したところ、話のついでに、

「そうそう、おかん、寒なってきたよって、今日、こたつ出してんわ、ぬくぬく~」

幸せそうに言う。

何人か遊びに来ているらしい友だちの、

「ぬくぬく~」

「ほんま、ぬくぬく~」

復唱みたいにふざける朗らかな声も聞こえ、ぷっと噴いた。

狭い部屋用のちっちゃいこたつに、アウトドア野郎どもがぎちぎち足を突っ込んでいる之図。

想像するだけでもむさ苦しいぞ。

 

奴の方からかかってきた電話なら、意外に静かなときもあるんだが、こっちからの電話だと、

必ず賑やかな空気が耳に飛び込んでくる。

いつも周りに誰かがい、いつも何だかわいわいがやがや。


先だっても、偶々重要な行事の打ち上げ会だかの最中だったらしく、周囲の音声が響き過ぎ、

聞き取りにくいなあ、と、困っていたら、いきなり、

「もしもし、おかあさんですかっ、こいつ鈍感だから、おかあさんも怒ったって下さいっ!」

あら、飲み過ぎちゃったのね、な女の子が息巻く。

ちょっと可愛かった。


何にせよ、伜の社交性には、素直に感心する。

ほんと、私に似なくて良かったなぁ。

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調味料

先日、おっさんの知人が珍しい名の醤油をお送り下さった。
伊賀は島ヶ原で醸造されているものだそう。
はさめず
早速頂いてみたところ、薩摩の醤油に似た甘みのあるタイプで、冷奴、しらすのおろし和え、
たまごかけごはん等のかけ醤油にぴったり。
おひたしもこれと胡麻や胡桃を和えるだけで他には何も要らず美味、使い勝手がいい。

もっさりしたばばあのため、普段の醤油は大手メーカーのんで十分、特売に出くわせば、
「お、一本ストックしとこか」
そそくさとカゴに入れる。
また、こだわりを持つ人が多い塩も、長年、『はッかッたッの、しおッ!』。
特に不満は感じない。

が、調味料というのは、何か特殊な魅力があるようで、別段料理上手でもないくせして、
色んなものを使ってみたくなるんですな。
醤油だと、紀州湯浅や播州龍野、小豆島などの一寸いい銘柄を見かけようもんなら、
「今さら焼け石に水の化粧品にお金をつぎ込むわけじゃなし、いいわな、こんくらい」
こっそり言い訳しつつ、ついふらふら買ってしまう。


私事ながら(って、話の悉くが私事のブログじゃねーか)、実は私ゃ、酒屋の孫でもある。
母親の実家の商品棚に並ぶ酒のラベルで漢字を覚えたような奴だ。
一角には醤油や味醂をはじめ各種調味料も置かれ、祖父、伯父が地場の産品を中心に、
自分好みのものを選び、扱っていた。

で、その実家の好みを婚家に持ち込んだ母親の影響が多少は私にも及んだのか、彼女同様、
この料理・この食材にはこの銘柄、と、何となく思ってしまっている調味料がある。
例えば、茶碗蒸しや出汁巻、また、独活・蕗・筍・冬瓜・蕪・海老芋等々、旬野菜の煮物には、
素材の色、風味を生かせる三河の白醤油が欠かせない、とかいう。

ただ、白醤油って、愛知県民にとっちゃごくフツーに目にするごくフツーの醤油だったのだが、
結婚後、実際はマイナーな存在だと知り、驚いた。
今あるものが残り少ないので、あっちに用ができたら忘れず七福さんのを買ってこねばならん。
味醂もやはり角谷さんや九重さんの三河味醂が、ソースとケチャップも清州の太陽さんのが、
恋しくなってきたしよ。


ところで。
長いことちんまりした引きこもり生活が続いているものの、以前はドライブや旅行に出かけると、
必ずと言っていいほどスーパーに寄った。
その土地々々の家庭に溶け込んでいる醤油、味噌他の調味料を手に入れるためだ。
格式高い老舗を訪ね、高級品を得るのもいいが、全国一律品がズラリの棚の中で頑張っている、
地元の人に愛され根付いてきた日常の品に出会うことこそ、私には喜びとなるみたいだな。
それぞれの味わいの違いもまた、思い出をよりいっそう鮮やかにし、深めてくれるし。

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愛車 (いちお、終)

自動車関係の会社を営む友人の勧めにより、新たに来てくれたのは、中古のマークX
タイヤだけは暫くして交換したものの、さぞ大事に扱われてきたのだろうとわかるクルマ。
ボディーばかりでなく、車内の手入れの良さにも、元の持ち主のお人柄が偲ばれる。
その方の跡や匂いみたいなものはうっすら残れど、その方の汚れは微塵も感じなかった。


これから、どんな出来事があるのだろう。
わかるわけないわな。
2011”という、世の様が一変した当年に限らずとも、先のことなどわからなかった、 いつも。
当年じたい、誰にもわからなかった“2011”

でも、やってくんだ、私たちの毎日を運んでくれる、愛車と。

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愛車 (7)

ことしも、別れがあった。
スターレットに替わり、伜が小学二年のときからずっと共にいてくれた、シビック。

当ブログの、
「今日は、こんな楽しいドライブをしてきてなぁー。
 
めっさおもろかったわー!」
的な、画像入りのえらく高揚した記事だって、全て彼の頼もしい足によるものだ。
(
あまご料理を食べに行ったとき以降の記事は除く)

が、春と夏との、あやふやな境目の時季。
スターレットのかつての息切れと全く同じ症状を呈するようになり、寿命を悟った。

TEL
にて話したら、ひどく残念がっていた伜。
そりゃそうだわな。
「おとうさん、ぼく、どこそこへ行ってみたいな」
自ら要望する年齢になった頃から、自ら帰省の度そのハンドルを握るようになるまでの長い間、
馴染みに馴染んだシビックだもの。

そ、私も、あまりに馴染んじゃったんで、かえって何も書けんわ、いまだに。
数年後の記事でぶつぶつ呟くことにするか()


ただ、ひとつ、言えるのは、
『クルマには、血が通っている』
ということ。
これだけは、確かだ、切ないくらいに。

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愛車 (6)

私たち親子の、君との暮らしを、色々書きかけたのだけれど。
やめとくことにした。 
あまりに思い出が多過ぎて、あれやこれや、あれもこれも、と、収拾がつかぬ。
大体、そのたくさんの思い出も、脳内で知らず美化しちまっているような気がしないでもないし。

が、行楽などのはしゃいだ声ばかりでなく、喘息発作で深夜に幾度となく病院へ急いだときの、
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
不安を押し殺し坊に呼びかけつつ、実際はひどくおろおろしていたであろう情けない声だって、
嫌というほど聞いてたんだよね、君は。
言い換えれば、それさえも美化しちまうくらい大切な日々を乗せてくれてたんだよね、君は。


“かっとびスターレット”なんちゅうキャッチコピーで売り出された君だが、私たちとしては、当然、
必要以上にかっとばす気はないし、むしろ急勾配の山道や、たまに我がまちにまで襲来する、
山脈越えの大雪の際に感じた力強さのほうが、うんと深く心に残っている。

十年近く踏ん張ってくれたけれど、やがて不具合を生じるようになった。
電気系統の劣化でエンジンのかかりにくい状態だったのが、一旦停止の際のエンストに及び…。
愛するクルマ。
だけど、最も愛する夫が運転し、最も愛する坊を乗せるクルマ。
別れを決めた。

なのに、君を手離す際にはやっぱり泣いた、身勝手にも。

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愛車 (5)

スターレット。
ありがとう、と、しみじみ、つくづく、アタマを下げる。

平日は、夫の通勤車となるわけで、私が君を運転することはあまりなかった。
だが、駐車位置は、1Fの我が部屋のベランダの真ん前。
キンモクセイの生垣越しに窓に映る、君の明るいライトに気付くや、
「おかえり!」
毎晩、こころはずんだ。
そして、中のひと(笑)を迎えるべく玄関へと走り、いそいそ鍵を開けた。

休日は、君の助手席で、幸せな時間を過ごした。
カリーナのときみたいに、
「じゃ、また、ね」
と、手を振らずとも、同じ家に帰ることのできる喜びをかみしめ…。

甘ったるい言を並べ恐縮だが、ほんまにほんまの実感だったんでしょうがない。
ここは私のブログなんだもん、かっこつけの嘘なんて、やだよ。


とにかく。
そんな或る休日、珍しくクルマ酔いした。
「うぷっ…きしょ…」

後日、判明。
生まれつきの子宮の奇形&大掛かりな腸の手術により、ぐっちゃぐちゃに癒着したお腹の中、
到底無理、と言われていた子どもを、妊ったのだ。


夫。
このひとの、どこに惹かれてしまうのだろう、と考える度、めっさ陳腐ながら、
『やさしさ』
という答えが出てくる。

「私と一緒になったって、子どもはできないよ」
ときどき、自分の、幼い甥・姪の可愛らしさを口にする彼に、思い切って、告げた。
「そか、ま、別にええやん」
さらっと返し、次の休日もカリーナを走らせ、さらっと来てくれた、旧青年(笑)。


冒頭に戻り、繰り返す。
スターレット。
ありがとう、と、しみじみ、つくづく、アタマを下げる。
夫が、息を切らせ、急ぎ病院に駆けつけたそのとき、共に走ってくれた、君。

住みにくい奇形の子宮だったためか、一ヶ月早く出てきてしまったちっちゃな未熟児ながら、
産声は、朦朧とした意識の中でもしっかり聞こえた。
保育器から出、お乳を吸う力もついた子は、そのスターレットに乗り、家に。

そう、いつも支えてくれてたんだ、君は。

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愛車 (4)

こよない相棒を酷い目に遭わせた挙句、廃車。
落ち込んだ。

もう、クルマの運転などすまい、そう思った。
元々通勤は地下鉄だったし、業務も内勤、ペーパーになろうが特に不自由はない。
第一、他のクルマを借り、ドライブを試みたとしても、きっと呟いたことであろう。
「なんで、あなたは、私のアルトじゃないの?」
と。


さて、時は、少し進み。
いろいろあって、私は、会社を辞めた。
ちょうどその頃、実家でも、長年勤めて下さった事務員さんがおうちの事情で退職されたため、
代わりに私が手伝うこととなった。
無愛想なのに実は大甘の父親に凭れ、勉強なんだか仕事なんだか趣味なんだかよくわからん、
でも、不定期に僅かな収入を得られる、或る事と並行しながら。
やはり、ペーパーになったところで、特に不自由はない環境。
アルトも、その前に馴染んだ小刀も、寝付けぬ夜にうとうとと見る夢の中に押し込め、過ごした。


再び、時は、また少し進み。
昭和の尻尾にあたる頃、予想だにしなかった、ひとつの出逢いがあった。
まだおっさんでなかった彼は、休日になる度、中古のカリーナを走らせやって来た。
古くともきれいに手入れした愛車の助手席に私を乗せ、あちこちドライブ。

ただ、そのカリーナも、寿命が近付いていた。
で、ここでも、無愛想なのに実は大甘の父親が、嫁入り道具に新車を持たせてくれると言う。
名古屋と違い公共交通機関の網の目が粗いまちでの暮らしとなるため、私も運転できるよう、
コンパクトで扱い易いスターレットを選んだ。

新しい賃貸コーポに新しいクルマを納車してもらい、新しい生活が始まった。

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愛車 (3)

別れは、唐突に訪れた。

初夏の或る休日。
新緑に誘われるように、奥三河へ向かった。
途中、珈琲でも、と、喫茶店の駐車場に彼を停め、
「ちょっと待っててね」
入口に歩き出したとき、
【 ガシャーン 】
背後で大きな音が。

何と、私のアルトに正面からランクルがぶつかり、壁との間に挟まれている。
だっと駆け戻り、
「これ、どういうこと!?」
その場でおろおろしている、私と同じくらいの年頃であろうカップルに詰め寄った。

運転者の青年は、
「すみません、すみません」
半泣きで繰り返すばかりだし、同乗の彼女も、地べたにしゃがみ込んでしくしく。

やめてよ…。
泣いていいのは、アルトだけ。
痛い痛いって言っているのが、聞こえないの?
私は、涙も出なかった。

お店の方に連絡をお願いし、見分に来たお巡りさんは、淡々と職務をこなしておられるが、
「そろーっと停める駐車場で、何でこんなひどいことになるんだ?」
「お嬢ちゃん、中にいなくて不幸中の幸いだったね」
どこからか集まった野次馬のおっさんたちは、口々に呆れていた。
聞けば、アクセルとブレーキの踏み間違いだったらしい。

無残な姿となったアルトの傍らで、きっと真っ青な顔をしていたのだろう。
茫然自失状態の私に、
「ここでゆっくり落ち着いて親御さんを待ったらいいよ」
マスターが人目につかぬ席へいざなって下さり、奥さんは、
「ほんの気持ちだけのおごりだから、食べて」
ハムトーストを拵え、珈琲と共に出して下さる。
みっともなくはあれど、それで急に涙がぽろぽろ。
思えば私は、事ある毎に人さまの温情を受けて来たのだなあ…勿体ない。


アルトは、相手方の保険会社が手配したレッカーに連れられていった。
そして、その後、廃車という運命になってしまった。

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愛車 (2)

私のアルトは、人間以上に大切な存在だった。
彼さえいれば、恋人なんかいらんなぁ、と思うほど。
ま、男ウケしないド偏屈なねーちゃんの言い訳でもあったわけだがよ。

実際彼は、真に頼もしい相棒なのだ。
こんな私でも当時は会社勤めをしており、ケツの青さゆえの話乍ら、それなりに悩みもあった。
人々の、疲れた表情を映す鏡でしかない地下鉄の窓から目を逸らし、家に帰る毎日。
が、とぼとぼ辿りついた玄関の横にはちょこんとアルトがい、
「おかえり、きすけ」
誰よりも先に迎えてくれた。

「ただいま…ふぅ」
へろへろしつつも、彼と視線が合うや、
「今夜は、どこへ行こっか?」
じめついた気分が外向きに。
母親が、有難くも私のために取り置き、温め直してくれる美味しい晩御飯をぺろりと平らげ、
すぐさま乗り込んだ。

平日は、瑞穂、昭和、千種区辺りの、遅くまでやっている喫茶店へ行くことが多かったが、
土曜の夜は県境を越え、三重方面にも足を延ばした。
現在でこそネットで『工場萌え』などと取り上げられているが、当時は見向きもされなかった、
四日市のコンビナート。
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23から見るその夜景は、好況であった分、今よりもっと輝いていたのではなかろうか。
冬なんか特に、空を欺く天の川のように映り、
「きれいだねぇ、アルト…」
いちいち声をかけてしまう。
他人様からすれば、かなりあぶない奴だったのかもしれんな。

今日も一緒。
君と一緒。
私は、いつも、ひとりぼっちではなかった。

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