茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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愛車 (1)

“私のクルマ”としての、初めての相棒は、スズキのアルト。
本当は、先に同社のバイク=GS125E・通称『小刀』=が傍にいてくれたんだが、彼を思う度、
今でも少しばかりほろ苦い気持ちになる。
ぐっと心が通じ合った矢先、身体的事情でドクターストップがかかり、泣く泣く手放したからだ。
でも、その後は、高校時代の友が、結構ガサツな野郎の筈なのに長い間大事に乗ってくれた。
彼は、むしろ、幸せに暮らしたのだろう…。

とまれ、そんなこんなで、一応は持っておかなきゃな、と思いつつも、気乗りできぬままでいた、
普通免許を取得した。
当初は父親のソアラや、自営業だったため空いているバンのどれかを借りたりしていたのだが、
狭い駐車スペースに入れる時とか、対向車とすりかわるのが容易でない細い道を通る時とか、
下手な初心者はいつもヒヤヒヤ&もたもた。
帰宅後は必ず、
「クルマって、あんまり楽しくねえなぁ」
両の手で頬杖をつき、ひとりごちては、上記の『小刀』を恋しく思い浮かべていた。

が、そんな私のもとに、アルトがやって来た。
昔の丸ポストと同じ色の彼は、とにかく器用。
狭い駐車スペースも、対向車とすりかわるのが容易でない細い道も、スイスイ小回りを利かせ、
私の意に沿い、軽やかに動いてくれる。
「クルマってのも、案外楽しいもんなんかもなぁ」
いつしか、しょっちゅう、行動を共にする仲になった。

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孤独って、何?

時折呟いているように、人付き合いというものから遠ざかって、ずいぶん経つ。
別段これといった理由があるわけでもない。
体調等の身辺の事情と相俟って、何となくそうなっちゃっただけのことだ。

第一、私ゃ、人との“交流”を拒んだことなんか一度もない。
特に親密な間柄でこそなくとも、好きな人は、いっぱい。
敬う人も、いっぱい。

ゆえに、
「こんにちはー」
「行ってらっしゃーい」
「わあ、お久しぶりですぅー」
ほんのちょっとした挨拶、ひとことで、十分満足できてしまうのである。
相変わらずケータイも持っていないババアだが、イエ電にてさえ個人的な話で他人様にかける、
なんてことは滅多にないわけだし、要らん要らん、そんなもん()

土曜。
地域の会合で隅っこの席にぽつんと座っていたら、少ーぅし苦手な主婦たちの、
「きすけさんて、ほんま、堅そな人やよね」
「あんま喋らへんしな、何考えてんのかようわからん人やわ」
憐れむようなヒソヒソ話を耳にした。
おー!
聴力に問題はあれど、やはり悪口はしっかり聞こえるじゃないか、かえって自信ついたわ。

で、
「はい、確かに、おっしゃる通りです」
と、深く頷きたくなった。
ただ、独りでいたくないばかりに、常時相手の顔色を窺いながらの“交友”とやらに気骨を折り、
縛られるくらいなら、要らん要らん、そんな関係()

私は、実は孤独を知らぬ人間なのだな、と、あらためて思った。


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21、か…。

こちらからくどくど訊ねたって、うざいばかりで何の役にも立たぬため、たまーの電話にも、
「ほお、そうなのかね」
「ふむふむ、なるほど」
相槌を打ちつつただただ聞いているだけなのだが、伜は現在のところクビになることもなく、
家庭教師を続けている。

お父様には、以前一度、
「成績が上がらないようなら、考えさせてもらう」
みたいなことを匂わされたそうで、自分のやり方を省みてあれやこれや考え込んだらしいが、
どうやらお母様がとてもゆったりした方のよう。

「先生がそう言うからと、ルーズリーフはやめて教科別のノートを持って行くようになりました。
 
眠くなってからではダメ、毎日お風呂に入る前に教科書の今習っている文を大きな声で読む、
 
というのも、土日はさぼるときもありますが、何とかやってます。
 
それだけでも進歩です」

「俺なあ、最初は正直、“この子、どんだけ甘やかされとんの?”て吃驚したんやわ。
 
けど、せやからって、ついつい俺まで甘やかされちゃ、な」
ぽつり言う伜。
そうだね。
そんな大らかなお母様、滅多にいてへん。

「気、引き締めて、いくわ」
「うん、身体大事にね」

奴も、来月には、21歳になるんだな…。

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あのとき

“教育”などという御大層な言葉は、えらく恥ずかしくなってしまうんで使ったことはない。
実際、伜と共に過ごした十八年間を振り返る度、オデコに冷や汗が滲む。
『ほんま、あっほな母親やったなあ…』
“教育”などという御大層な言葉とはかけ離れた、今思えばまずすぎる対処ばかりが浮かび、
たまに、落ち込む。

『なんで、あのとき、もっとしっかり、受け止めてやれなかったのか』
『なんで、あのとき、もっとしっかり、奴の身になってやれなかったのか』

生来のチャラ男(遺伝性・笑)なれど、きっと辛かっただろう、あのとき、あのとき、あのとき…。
そんな、あのとき、がいくつもいくつも甦る日、ってのがあり、何もできなかった自分に項垂れる。


さっき、久し振りに伜より電話が。
こっちがうじうじ抱える、あのとき、なんか、どうでもよさそな、朗らかな声。
日々、元気に、やっておるようだ。

で、すぐに生来のチャラ婆に戻る、あっほな母親なのであった。

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手スケール

出先で、ちょっとサイズを測りたいときがある。
家具や家電等なら予め巻尺を持参するが、小さなものの購入を急に思い立った場合、
例えば、かいらしくて使い易そうなソースの壜を見かけ、欲しくなっても、
「戸棚の定位置に突っかからず収まるかな」
ふと考え、結局見送ってしまう、なんてこともしばしば。

そんなときのために、自分の手のサイズを知っておくと便利だ。
親指と人差し指をピストルのように広げたその間を計測し、目安とする。
いかにもな古臭さながら、家の中の大抵の箇所は、いつのまにか身に馴染んでいる分、
手のスケールから不思議に想像がつくので、対象を測るだけで殆ど失敗したことはない。

ちなみにデカ手の私はジャスト17センチ、可愛げもクソもないサイズでございますわえ。

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大きなひとこと

ちくちく縫い物をしていたら、丑三つ時に。
おっさんが不在だとついこれだ。
一つのことに集中しだしたら止まらん、今朝は肩が凝り凝りであった。

集中と言えば。
かつて、伜は、めっさ落ち着きなくおっちょこちょいな子どもだった。
幼稚園の三年間はもとより、小一から小三まで担任の先生がずっと女性だったせいもあり、
家庭訪問や個別面談での細かな御指摘・御要望に、ひたすら頭を下げてばかり。
勿論、先生方は当たり前のことをおっしゃっただけだ。
一応、同じ女性なので、気になりどころというか、欠点の見なしどころが似た傾向にあるし、
先生方のお気持ちはよくわかる。
伜自身、どの先生に対しても嫌な印象は皆無で、とてもなついていた。
むしろ、私のため息をよそに、
「男ぼうずなんか、そんなもんや」
と、のんきに構えているおっさんがうっすら恨めしく思えたときも。

小四で、初めて男性の先生が担任となった。
笑うのも叱るのも豪快、さっぱりとした面白い方だ。

春の家庭訪問の際。
毎度のことゆえこちらから、
「落ち着きのない子で申し訳ございません。
 
もう少し集中力を身に着けさせなければと思ってはいるのですが…」
どんよりと切り出した。
だが、先生は、
「いや、遊ぶときのこの子の集中力ときたら、凄いもんです」
ひとこと、そうおっしゃった。
あとは何故か普通の世間話になり、にこにこ笑ってお帰りになった。

「いや、遊ぶときのこの子の集中力ときたら、凄いもんです」
そういう捉えかたもあるのか…。
考えてみれば、遊びだけでなく、読書や武士の絵を書くなど、好きなことをしているときの伜は、
確かにものも言わぬ。
集中力自体はちゃんと持っていたのだ。

以後も、相変わらず小うるさい母親ではあったが、頭を抱えて悩む、という場面は激減した。

たったひとことの、その大きさを、今でもしみじみと思う。

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今世

明日は、三ヶ月に一度の定期検査日である。
公立病院なのに、何故だかMRIは土曜でもOK

脳外科は、初診や急を要する場合を除き、予約診療であるにも関わらず待ち時間が長く、
予約の意味すらない、ってのがお約束なわけなんだが、クールビューティな主治医の先生が、
「診療はどうしても時間がかかりますけど、検査は土曜の予約にするとラクですよ」
と、お教え下さったんで、毎回そのようにして頂いている。
とても素敵な女医さん、病は嫌だけど、これもひとつの出会いだと思えば、うれしい。

術後、もうそろそろ二年になる。
普通は年に一回程度の検査で済むものを、私の瘤は道楽者らしく、お金がかかってしかたない。

けどさ、せっかくこの世に生まれてきたんだから、長生きするぞ、と誓ってやってくんだぜイエイ。
クズ・カス扱いの人間でもいい。
私は、私なりに、とことん生きたる。

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効果

何だか寝られへんので連投。

いつ頃からだったんだろ、あまりはっきりしないんだが、常の如くはあとなブログを拝見する際、
何故だか自分の“最近チェックした商品”の画像がずらりと脇に出てきたりすることが増え、
妙な心地になるときもしばしば。

私の場合、ネットでものの購入を考えるとき、まずは楽天を参考にしてみることが多いんで、
楽天のブログサービスを御利用の方ならば、一種の仕様か、とすんなり納得できるのだが、
近頃はそうでないブログなどでも表示されるようになった。

別にすごく恥ずかしい物品の購入を検討しているわけではない。
しかし、触れたい文・情報とは全く関係ないのに、いちいち、
「おまえの日常、趣味嗜好、生活傾向はお見通しだ」
とでも言わんばかりの画像がしょっちゅう現れると、何となく背筋・気分共寒くなってしまい、
チェックしてみた当初のそこはかとない購買意欲も失せる。

この反サブリミナル効果、“有難迷惑”ではなく、むしろ“迷惑有難”と見るべきなのかもな。

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秋物

私は何事においても適当、食器も特に凝らず、テーブルコーディネイトなんぞときた日にゃ、
「どこの世界の話だね?」
で終わっちゃうような人間だ。
それでも、今でこそ一寸御無沙汰ながら、当地や近場のやきもの市等にはよく出かけたし、
ふらりお店を覗くのも結構好きなので、ついお手頃な食器を求めてしまうときがある。

で、そんな半衝動買い的なものに限って何故か季節を選ぶ柄だったりすることが多いんだが、
着るものだって衣替えがあるんだし、ま、毎年その時季だけ使う食器があってもいいかな、と。

例えば取り皿。
一年を通し最も使用頻度が高いのはぼてっと素朴なこれなんだが、
いつもの取り皿

今の時季は併せてこの柄も毎日使う。
秋限定の取り皿

箸置きは、通常よく使うこの二種に代わり、
いつもの箸置き 

やはり柿が登場。
秋限定の箸置き

また、湯呑も手に馴染んでいるこれは少しの間休眠、
いつもの湯呑

こうなる。
秋限定の湯呑
中秋の名月はとうに過ぎたが、今月の十三夜までは出そうと思う。

ついでに、
ゆるーい日の湯呑
これは、ゆるーく過ごす休日用。
土産物屋さんにあったものだが、テイクアウトのお寿司なんかにぴったりの気安さが可愛い。


それにしても私って写真撮んの下手過ぎだなおい。

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幸せな日曜日

我がまちは、何の変哲もない地方都市。
だが、クルマを南へ20分程走らせ隣の市へ行けば、鄙びた漁港や海水浴場に着いちゃうし、
また、西へやはり20分程走らせ隣の町へ行くと、美しい渓谷や滝のある山あいの温泉地に。
えらく手軽に旅行気分を味わえるんである。

お昼前、前者の漁港の、一般人もOKな魚市場に連れて行ってもらった。
訪ねたのは二度目だが、楽しいんだよな、これが。
漁協直営、大きな魚屋さんって感じの素朴な市場。
前浜で揚がったぴちぴちの地魚や貝が並んでいる。
他にもこの近辺の海の幸、そして干物等の加工品がいっぱい。

発泡スチロールの箱の中で無造作にごろついているたくさんのサザエを見ては、
「わ、これ、お店で壺焼き食べたらいくらするかわからへんでー」
せっこく感動したり、水槽の底ででれーんと寝そべっているでっかいカレイに、
「こら、起きろっ!」
と、呼びかけたり。
はい、いいトシこいてすみませんです。

イシモチと内紫貝と釜揚シラスと鯵の開きを購入した後、近くの防波堤まで歩き、海を眺めた。
すごく澄んでいる、ってわけじゃないけど、そこそこきれいな秋の海、胸がすっきりする。
竿を垂らしているおじいさんに釣果を訊ね、
「あかんわー」
というお答えとは裏腹の、大して苦にしてなさそな笑顔に触れ、こちらも、くすっ。
ふと、亡き祖父を思い出した。

帰り道、地元農家の直売所へ寄る。
つい先日スーパーで、胡瓜が一本78円もすることに驚いたが、姿こそ規格外ではあるものの、
短めのが五本入って一袋100円。
穫りたてなのも良い。
胡瓜の他、茄子やししとう、里芋に椎茸も求めた。
近場にこんなとこがあるって、ほんっと、うれしいな。

生鮮もんは、早速今晩の食卓に上った。
イキのいいイシモチゆえ、さっと湯振りしてからあっさりめに煮付けてみたが、正解。
臭み消しの生姜や梅干しも不要だ。
内紫貝はちょこっと醤油を垂らしてグリルで焼いたところ、これまた、おいしっ!
ついでに茄子とししとうも焼き、シンプルながらも御馳走ってな晩餐となった。

何だかとっても幸せな日曜日、もうグースカ鼾をかいているおっさんに、感謝、だ。
ありがと。

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気品

もう十年近く前のことだったと思う。
駅前の喫茶店で一人お茶していたら、お子さん連れのおかあさんが隣のテーブルにつかれた。

たぶん四、五歳くらいのお嬢ちゃん、肩にかかる程の髪をとても気に入っている様子で、
「こないだおばあちゃんに買うてもうたリボンで結んでって言うたのに」
ちっちゃく駄々をこねてはいるが、そのおしゃまさも可愛い、行儀のいい子。
おかあさんも静かに笑んでらして、何だかこちらまで和やかな気持ちになる母娘だ。

勿論、つぶさに観察していたわけではない。
窓の景色を眺めたりしつつ、見るともなく、である。
だが、おかあさんの或る所作に、目が吸い寄せられてしまった。

お嬢ちゃんの襟元に糸屑がついていたようで、そっとつまんだおかあさん。
小さな糸屑など、大抵は意識すらせず、床へ払ってしまうのではなかろうか。
なのに、彼女は、御自身のブラウスの胸ポケットへ入れたのだ、それも、ごく自然に。
何でもないようで、なかなかできることではない。

ほんの一瞬の所作に、香り立つ気品。
ぼぉーっとするほど心奪われた、ひとこまであった。

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