茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

泣いても笑っても

あと数時間で年が明ける。


夕方、パッパラ元気に帰って来たと思ったら、すぐ、
「おやじ~、クルマ借りるで~」
伜は友だちと遊びに行ってしまった。
アホタレ。

のんびり紅白を観ながら、こうしてだらだら日記をしたため…。
そんな婆の背後では、おっさんがうたた寝。

私というのは、実に、全く、しあわせな人間であるなあ。


こんなしょむないブログをお訪ね下さったみなさま、ことしも一年、ありがとうございました。
お身体大切に、良いお年を。

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クリスマスプレゼント

今日は、イヴである。
が、最近、老化も著しく、やたらポッカリしている私()
お昼にクリスマス関連のニュースを聞くまですっかり忘れていた。

大根とロースハム()を手抜きポトフ風にし、ひとりもそもそと簡素な晩御飯を終え、
年賀状用の住所録を作り直したりしていたところ、出張中のおっさんから電話。
横浜は桜木町駅近辺のイルミネーションが、とてもとてもきれいだったそうな。
都会の冬の夜景は、クタクタに疲れているであろう彼の目にも心躍るものとして映ったよう。
「あんたにも見せたりたかったなあ」
と、ぽつり。

このひとってば、まあ、なんてあったかな言葉をくれるのだろう。
なんてあったかなプレゼントをくれるのだろう。
ちょっと泣きそうになった。

明日、おっさんが帰ったとき、ちゃんとそう言えるかどうかはまた別の話だが。

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第一声

もう十年以上も前のことだが。
右脚に沸きたての湯をかぶり、大腿部から膝のお皿まで熱傷を負った。
完全に自身の過失、しかも最初の処置その他が遅れ、結局入院して手術を受けることに。
粗忽な奴である。

手術は、自分の左大腿部から皮膚を切り取り、右脚患部に移植するというもの。
全身麻酔だったんで、グースカ寝ているうちに終わった。

意識が戻り、おっさんと伜にこんなことを言ったそうだ。

「今頃脚の皮膚も、
 『あれ、なんでおれ、こっち側に来とんの?』
 ってビックリしとるやろね」

彼らの顔を見たときには、わりとはっきり目が覚めていたように思うのだが、記憶にはない。
術後の経過は順調、それから二十日ほどで退院できた。

数年後、伜が中学生になってから、晩の食卓でそのことが話題に上り…。
恥ずかしながら、私は、初めて知った、そんな自分の言を。

伜は、
「人にさんざん心配かけといて何ふざけとんのやろ、て、ほんと呆れたわ」
当時のあれこれを思い出したかのようなしかめっ面。

一方、おっさんは、
「え、そうか?
 おまえがまだ小さかったよって、不安がらせんように言うたんやなあ。
 こんなときでもさすがに母親やなあ。
 て、儂は感心したんやけど」
凄まじく美しい解釈。

どちらでもない、おそらくその瞬間のマジな気持ちをひょいと口にしただけのことであろう、と、
本人は思った。

そして、私の脚の皮膚が男なのは何故なんだろう、と、首を傾げた。

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ハムと大根と私

午前、某所よりお歳暮が届けられた。
ハムのギフトセットだ。
「うわー」
折角の贈り物だというのに失礼極まりないが、思わず焦りの声を上げてしまった。
何故なら、先週末、別の方から全く同じギフトセットを頂いていたのである。

また。
伊勢に行っていたおっさんも、昨夜、ダンボール箱を抱えて帰宅。
中身は、義母が丹精した大根、形こそ良くないけれど無農薬だし美味しい。
ただ、スーパーの大根よりずいぶん小ぶりとは言え、二人暮らしの家庭へ十本とは…。
まだ葱も半分強ありますがな。
まあ、そっちは説明書通りにしてみたら味も落ちず本当に長く保ちそうな様子で安心したが。

ハムと大根。
よそのお宅にお福分けって手を使えばいいのかもしれない。
だが、そうすると後で必ず何らかのお返しが来るため、かえって心苦しい。
独身時代の友人関係とは異なり、主婦のお付き合いというのは妙な気遣いが入り込む。
当方にしてみりゃ元々頂き物だし、
「どうかお手伝い下さい」
なつもりでも、物を差し上げたばかりに気持ちの負担まで差し上げてしまうときもある。
結局、お返しなんぞという虚礼を招くような話になるのだ。

いや、やっぱり違うな。
上記はお福分けひとつにも躊躇しちまう自分のしょうもなさに対するただの言い訳だ。
実際、私が人さまと柔軟な関係を結べていないだけのことではないか、要は。
人さまに気遣いが必要だと思わせているのは、他ならぬ私自身であろう。

大体、数少ない友人でさえ皆、
「初めはどこかつーんとした人だと思った」
と、口を揃える。
クールビューティーならではの悲哀。
顔が見えぬのをよいことに言いたい放題ですな。
そりゃ友人も少ねえわ。

ともかく。
今夜は菜飯とハムステーキとふろふきとしらすおろしと千六本のお味噌汁にした。
柚子大根も漬け込み中。
こうなったら全部きっちり消費するぞ、と、葱のとき同様、少しばかり意気込んでみる。
第一、家計的にも大助かりだ。

そう、私は、ハムと大根の因業な長者なのである。

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胸がきゅんとした日曜日

今日は、五ヶ月ぶりくらいにおっさんとドライブに出かけるはずだった。
先日、遠江及び三河方面へ出張した際、豊橋にてとびきりな和食店を見つけたとかで、
「そこでうまいもん食って、伊良湖岬のほうへ回って、ええ景色を見る、ってのはどや。
 元気もりもりになりそうなコースやろ」
昨夜のうちから計画を立ててくれていた。

が、今朝、五時という非常識な時間に電話が鳴り、ブルルな予感。
何でも伊勢の実家でちょっとしたトラブルが発生したらしい。
人的な問題ではないけれど、急遽おっさんも向かわねばならなくなった。
「悪いなあ」
自分が出動するわけじゃなし、別に謝ってもらわんでもいいぞなもし。
伊勢へ到着後まもなく、心配無用、との連絡も入ったので、ほっとしたことである。


さて。
昼過ぎ、最寄のドラッグストア(またか)から帰ったところ、玄関ホールで男の子が泣いている。
「ぼく、どうしたん?」
声をかけた。

遊ぶ約束をしていた友達の家に行ったのだが、用ができて出かけると言うので戻った。
しかし、うちのおかあさんもいない。
うっかり鍵を持って来なかったため家に入れない。
要約すればそういったことを、しゃくり上げながら言う。
彼の部屋番号を訊き、インターホンを押してみたが、なるほど応答なし。

穏やかな日和とは言えノロ他色々流行中、それに何やらおしっこを我慢しているよな素振も。
“余計なお世話”だの“有難迷惑”だの、果ては“誘拐”てな言葉まで私の頭をよぎる。
よぎるが、地頭にゃ勝ったろやないか、と思っても、泣く子の放置はできんわな。
「風邪引くとやだし、おばちゃんちでおかあさんを待ってよか?」
こっくり頷いた彼と共にエレベーターに乗り、家へ招き入れた。
「あ、トイレはそこやよ」
指をさしたら、やはり一直線に駆け込んだ。

ところが、トイレを出てきた彼は、また泣きそうな顔をしている。
どうやら少し床へこぼしちゃったみたいだ。
不安げな姿に、私ゃ、も、胸がきゅん。
「そんなん、いいよー。
 おばちゃんとこのおっきいおにいちゃんも、よくやるよー。
 (↑本当の話だが、さすがに子ども相手なんで“朝なんか特に”の一言は自重した)
 さ、あっちで手ぇ洗お」
洗面所へ行ってからリビングにいざない、少し待ってもらった。

ちゃちゃっと拭き掃除して彼を見ると、物珍しそうにきょろきょろしている。
「ぼくのおうちとは違ってるでしょ、面白いね、同じマンションなのに」
「うん、AくんやBちゃんやCくんとこも全然違っとるよ、面白ーい」
緊張が解けたらしく、明るい顔に。
そして、小一であること、スイミングに通って頑張っていること、学校の給食がおいしいこと、
妹がいること等々、あっちこっちへ飛びながら一気に話しだした。
再び、も、胸がきゅん。
どこぞの伜も小一の頃はこんな話しかたをしたなあ。

おやつに冷凍肉まんをチンし、伜の本棚から恐竜図鑑や昆虫図鑑を出して、見せる。
夢中でページをめくる彼。
男の子って、何でか知らんけど、こういうものが好きなんだよなあ。
で、好きなものを前にすると、ぴたりおしゃべりがやむのな。
またまた、も、胸がきゅん。

それから、彼は、伜作のガンプラを並べて目を輝かせたり、仮面ライダーを熱く語ったりし…。
何だかんだで一時間半ほどが過ぎた。
入れ違いになったおかあさんが心配しているといけないので、一旦家に行ってもらう。
「まだ帰っておられなかったら、もっぺんおいでね」

しばらくして訪れた彼は、おかあさんと一緒だった。
とてもきれいで上品な、感じのいい方、丁重に頭を下げられ、むしろどぎまぎ恐縮。
おとな相手だとどうも上手くものが言えんよ()
それでも、おかあさんの横にいる彼は始終にこにこしていて、あったかなおうちなんだな、と、
ついついこっちの頬も緩んだ。


予定が狂っちまって常の如くしーんと過ごすところが、思いがけなく可愛らしいお客人を迎え、
一転、楽しい日曜日となった今日。

ドライブは、またの機会もたくさんあろう。
けれど、こんなに胸きゅんなお知り合いができる機会なんて、滅多にない。
ほんと、滅多にないぞなもし、と、心の中で手を合わせた。

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一年

今朝は、目覚めた次の瞬間再び枕に突っ伏し、頭を抱えてしまった。
時折他人の差し出がましさへの嫌悪を覚えるのに、自身の差し出がましさには鈍感。
じかに朝陽を浴びた途端、忽ち灰と化すかも…などと唸る。
早く人間になりたい。

わけわかんねえ独り言はこんくらいにして、通常の独り言に切り換えよう。

とにかく、のろのろと起き出し、洗濯等を済ませ、年賀状に取りかかった。
どうでもいいことに限って妙に律義ゆえ、宛名書きは自筆である。
また、印刷文の脇にも一枚一枚挨拶を書き添えたりしつつ、ふと思った。
去年の今頃は、病院のベッドの上でぐったりしていたなあ、と。

あれから一年、か。
早いものだ。
ガリガリフラフラ状態からは中々抜け出せぬものの、弱っちまった自分をぼやいてばかりじゃ、
あまりにも罰当たりな大馬鹿者に過ぎぬ。
こうして自宅でゆったり年賀状を書ける現在に感謝。

いいトシこいて赤面することの多い毎日だが、これまで通りそんな姿もせこせこブログに刻み、
やっていくつもりである。

来年の今頃は、どんな独り言をほざいているのだろう。
早く人間にならねば。

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無為の為

一日は、24時間。
一週間は、168時間。

で。
ここ一週間のうち自分が外へ出た時間をざっと計算してみたら、約2時間30分。

って、凄えなおい。
殆ど自分ちの中だけで生きているわけじゃん。
それに、外へ出たとしても、ひとりじゃせいぜい半径650m程度の範囲だし。
我ながら驚く。


十月。
再三話に出てくる近所のローカルスーパーと、やはりその同じ通りにあるローカル信金で、
二日続けて脳貧血を起こし、いずれも店内の長椅子にて休ませて頂くという失態を演じた。
貧血と脳貧血って、実は全く別物なんだが、生来貧血体質の私にとっちゃおしどり夫婦、
どういう加減か、脳貧血を起こすのも決まって血液検査の数値が下がったときなんである。

それでまあ、少ーし怖くなっちゃったんですな、外へ出るのが。
特に上記のスーパーでは、以前にもメニエル発作で救急車を呼ばれちまうてな騒ぎを起こし、
えらくご迷惑をおかけした過去もあるんで、身の縮む思い。
店長さんはじめ皆さんお心優しい方々ばかりだけど、恥ずかしかった、ひどく。

で、ここがポイントなんだが。
ヒマ人だけにそんな自分の“恥の感覚”ってもんをじーっと覗き込んだりするときもある。
結果、はたと気付いた。
『私は、人に迷惑をかけるのが嫌だというより、人に迷惑だと思われることが嫌なのだ』
という事実に。
うーん…。
この性格、死ぬまでには治さなあかんなぁ。
しばしうなだれた。


元に戻ろう。

一日は、24時間。
一週間は、168時間。

で。
ここ一週間のうち自分が外へ出た時間をざっと計算してみたら、約2時間30分。

このように、私は、何もしていない人間だ。
だが、今日もこうして、ぬくぬくと生きている。
何もせず、そして、餓えもせず、ぬくぬくと生きている。

ゆえに。
おのれの内部における停滞・沈滞への言い訳は要らん。
おのれのせこさ・醜さ・あほらしさ・情けなさを噛みしめ、生きてゆけばよい。

生きてゆけば、無為も為となる…
…たぶんなるよに思う…なるんではないかな…ぐらいにぼかしたほうがいいか。
まるでさだみたいだが。
まちょっと覚悟はしておこ(笑)。

とにかく、すぐにうじうじするくせして、根っこんとこではやたら楽天的な人間なんである。
どうせ一生、力の限り生きてやれ、しかも図々しく。
引きこもりに似合わず、今度はまるで千春みたいだが。

ついでだから。
泣くな泣くな、たかだかそんなことで。
最後は長渕でシメ、おあとがよろしいようで。

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私信

K子さん、はじめまして。
あたたかなお声掛け、まことにありがとうございました。
寒夜にホットミルクを御馳走になったかのような心地で、しみじみうれしかったです。

クソババアがスカタンな日常を綴るだけのブログなのに、いつしかコメントを下さる方も現れ、
しあわせなことだなあ、と思っていましたが、それだけに、頂いたコメントにまで口出しをする、
そんな輩には怒り心頭で。
皆さまとのやりとりという大事な宝物に汚い指紋を付けに来るな!

と、御礼を申し上げるつもりが憤懣までぶちまけてしまい、失礼致しました。
こういうところがクソババアたる所以であります()

あらためてもういちど。
K子さん、この度は、まことにありがとうございました。

クソババアではありますが、胸底より感謝申し上げます。
ほんとうに、ありがとうございました。

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コメント

しょむねえブログのくせにいちいちこんなお断りを申し上げること自体、お恥ずかしい話ですが。

少しの間、コメント欄を閉じますです。
ずれた説教とか嫌味とかのコメって、削除前に見る作業すら鬱陶しいんで。

粘着って、やあね(笑)。

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おいでやすぅ~

昨日、記事のUPボタンをクリックした直後、間髪を入れず一通のメールが。
『ご注文の葱、本日発送します』

まるで画像を借りた左門の生真面目さが乗り移ったかの如き現象ではないか。
中学時代から何故かスポーツカーを運転していたというハチャメチャな人物である花形なら、
フッと鼻で笑ってミツル・ハナガタ2000を飛ばし、電信柱巡りのため去ってゆくだけだろうが、
苦労人の左門にはおちゃらけなど通じなかったようだ。

そして、今日のお昼前には、もう到着。
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ヘタクソな写真なんでわかりにくいが、大変ふとぶとと立派な葱である。

まずはシンプルに焼いて割り醤油をかけ、出してみた。
美味しい、甘い、と、二人でにっこり、これだったら案外早く消費しちゃうかもしれない。
しっかり食べて体力つけよっと。

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遠いまちの新聞

ストックが切れたため注文しておいた三種の冷凍海老が届いた。
「これでまた海老フライや海老チリや海老の塩焼き等いろいろ愉しめるぞー」
へらへら喜ぶ元ナゴヤ人のステレオ婆。
何なら『海老蔵』と呼んでもらってもかまいませんぜ、ちょうど今ホットだし。

さて。
ダンボールを開けると、商品を保護するための詰め物が。
『東奥日報』、初めて手にした遠いまちの新聞である。
青森の会社から送られて来た荷物なのだということを実感した。

東奥日報夕刊1 
東奥日報夕刊2 
東奥日報夕刊3

恥ずかしながら私、海外はおろか日光より北の地へ行ったことがない。
何だかとてもうれしくなってしまい、皺を伸ばして読んだ。
行ったこともないのに、青森のにおいがするような不思議な気分になった。
捨てずにとっておこうと思う。



ついでながら、例の葱はまだ届かん。

左門 

星くん、君の球ばレフトスタンドに叩き込んで見せますたい。


…と、今のうちにせいぜいハッタリかましといたれ、わははっ。

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まさちゃん

先月、伜が帰省した際、奴のケータイを横からひょいと覗き、胸が詰まった。
待ち受け画面にいたのは、白いねこ。
「今でも変えてへんのやなあ…」
口には出さなかったけど、ひどく切なくなった。


伜が中学二年生だった夏。
マンションの敷地内に、一匹ののらねこが現れるようになった。
どこでどうしたものやら左眼が潰れてしまっているが、学校や塾へ出かけ、また帰る朝夕晩、
必ず足元にすりすりじゃれついてくるらしく、
「たまらん…」
と言う。

左右逆ながら、伜はこの隻眼の白いねこを『政宗』と呼んだ。
そして、その呼び名は、親しくなるにつれ、『まさちゃん』へと変わった。
私も、表へ出る度、まさちゃんの人懐っこい挨拶を受け、何だか気持ちがまあるーくなった。

そんな可愛い子だったが、ねこ嫌いの人には植え込みの陰で寝ているだけでも目障りらしい。
ちょうどその頃マンションの総会が開かれ、
「保健所に引き取ってもらおう」
てな話になってしまったときには、どうしよう、と、血の気が引いた。
平然と飼ってる人もいっぱいいてるけど、原則ペット禁止のマンション。
また、伜&私のアレルギー(喘息)の問題もあり、いくら好きでもうちでは飼ってやれない。
食ったものをリバースするほど、胃が痛くなった。

そう。
六年前の九月のはじめ、総会から帰った夜。
雷鳴轟く中、私たちは、玄関前のベンチの下で竦んでいたあの子をつかまえ、クルマに乗せた。
たくさんののらねこが集うユートピアだと聞いていた隣県の尼寺へ連れて行こう、と。
ただただ命を助けたい一心だった。
世間様の迷惑を顧みる余裕もなかった。

そしてね。
そして、でもね。
思った。
私たちは、捨てたのである。
捨てに行ったのである、まさちゃんを。
この事実は、どうしたってごまかせない。
私たちは、捨てたのである。
捨てに行ったのである、まさちゃんを。

雨の中、尼寺の門前にあの子を降ろし、
「まさちゃん、ごめんな、ごめんな、ごめんな…」
伜は、何度も何度もそう繰り返し、何度も何度も振り返った。
そして、帰りのクルマの中で、号泣した。
「まさちゃん、まさちゃん、まさちゃーーーーーん!」
おんおん、おんおん、叫び続けた。


伜よ。
おとんに買うてもうたばかりのケータイで、初めて撮った被写体も、まさちゃんだったね。

政宗 

そしてね。
そして、でもね。
思う。
私たちは、捨てたのである。
捨てに行ったのである、まさちゃんを。
この事実は、どうしたってごまかせない。

そうだね、何年経ってもごまかせないね。

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