茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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続・ださ…

室温26度なのにどうしてこうもがたがた震えちゃうほど寒いんだろう、と首を傾げていたが、
何のこたあない、体温を測ってみたら自分の身が38度を超えておった。
ここまで来るのは珍しいものの、暑さが収まっても午後になると何故だか毎日7度2~3分に。
平熱は5度2~3分という低体温婆、もしかしたら恋にでも陥っているのかしら…ぽっ。
と、自ら言っといてナンだが、きしょいぜ…ぽっ。

ただまあおっさんは出張中、今夜も横浜いれぶん帰宅は明晩海鳴りよりは土砂降りがいい、
炊事をパスできるという点においては助かった、さみしいけど。
で、ノートPCを床へ直置きし、布団の中でキーを打つなどという横着なことをしているわけで。
いやはや、伜には絶対見せられん姿やて。


話はいきなり別方向へ、はい、婆の特徴ね。
いつの間にか近畿アクセントに馴染んでしまったが、私ゃ名古屋の産。
現在住まうまちでは、訛っている、と笑われ、帰省すればしたで同様の指摘を受ける。
「♪ あなたもコウモリに 変わりますかぁ?」
古臭い替え歌をしょうもなく唄ってみたいところだ。

それはともかく、名古屋の人間ってのは、わりと謙虚である。
全国的に見れば結構な都会なのに、自身を田舎者だと恥じている。
今時“ぎゃー”・“みゃー”を多用する人なんか河村市長ぐらいのもんだが、アクセントは独特、
それが名古屋人の十字架となっているのかもしれぬ。

よって、地元タレントがたまたま乗れた全国ネット放送でワザトラな名古屋弁を発していると、
名古屋人はひどく赤面する。
それどころか、名古屋色を前面に押し出したローカルCMでさえあまり好まない。
自分のだささをまざまざと見せつけられるような気がするからだ。

例えば懐かしいところでは、
   【   名古屋牛乳 飲んでるのっ!
       シャチのマークの牛乳ぅをぉーっ うちじゅうみーんな飲んでるのっ!
       名古屋牛乳 飲んでるのっ!              チャチャンカチャーン   】
というCM。
何もあんた、そんな叩きつけるような言い方をせんでも…と、子ども心に思った。
実際、牛乳びんが、チャチャンカチャーン、と挑むように宙を飛んで来る映像で終わる。
その開き直り感がなおさら私をフクザツな気分にさせた。

また、寿がきやの、
   【   寿がきやうどん 寿がきやうどん うどんなーら寿がきや
       寿がきやうどん 寿がきやうどん 寿がきやうっどぉーん  どんどんッ      】
ってな、よくある商品連呼タイプのCMにもえらく脱力したものだ。
無意味にコブシを効かせた“どんどんッ”という最後のシメが非常にださい。
これを名古屋臭と呼ぶのだろうか、と考えさせられた一時期があった。

最もブルルだったのは、スカールドリンク。
これは専らラジオにて流されていたCMなのだが、
   【   飲ぉーんでりゃあすか スカールドリンク
       疲れを忘れるじょぉびいカラダ
       さあ  今日も元気いっぺゃあ スカールドリンクでがーんばろみゃあ       】
こってこての名古屋弁をこれでもかとばかりにぶつけてくる。
しかも、民放に合わせっぱなしにしていると、日に三度は聴かされた。
それなのに、このスカールドリンクってのを、私は一度も見たことがない。
薬局・薬店、スーパー、商店、新聞の折り込みチラシ、いずれも。
「飲ぉーんでりゃあすか」
などと気軽な口調でしつこく問いかけておきながら、一体何なんだよ、スカールドリンク。
今でも存在しているのだろうか、幻のスカールドリンク。
ブキミである。

このように、“ださ…”なもんは脳裏にこびり付き、人格にまで影響を及ぼそうとする。
こわい。
が、その昔、津本陽の『下天は夢か』を読んだ際、“ぎゃー”・“みゃー”言葉で描かれた信長に、
ひっそり誇らしさを感じた記憶も。

名古屋ではここんとこ『おもてなし武将隊』なる人々が話題になっているようだ。
嫌味でも何でもなく、心から頑張って頂きたいと思う。
名古屋弁って、ぱっと聞けばださいけど、その殆どが丁寧語からの転化なんだよな、まじで。

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ださ…

最近でこそ珍しいことになったが、少し前までは芸能・有名人のおめでた会見というと必ず、
「○○さぁーん、婚約指輪、見せて下さぁーい」
芸能リポーターの甲高い声が響いた。
そして、その要望に応えて肘を直角に、笑顔で指輪を披露する女性が大映しにされた。

私が初めてそれを見たのは、『朝潮(現高砂親方)婚約』という報道においてだったか。
まあそのときは、当時婚約者だった現おかみさんへの、
「うわー、この人、こんなきれいな顔して勇者だなあ」
てな驚きのほうが強く、特に不快感を覚えなかった。

だが、毎度毎度同じようなポーズを見せられると、
「けっ、またかよ。
 
どうせならシャザーンでも出してくれ!」
ひどく白けた気持ちに。
大体、誰が縁もゆかりもない人の婚約指輪なんか見て喜ぶんだ?
何よこのひでぇズレ。

勿論、ポーズをとっている当人は、人気商売に生きる人、またはそのパートナーなわけで、
ぶすっと断ってはまずい立場に在る、おめでたい席じゃなおさらだろう。
そう、“?”だったのは、芸能リポーターの脂下がったセンスである。
他の弱みをつつき、不幸にたかって飯を食うばかりではない。
祝福すべき場でさえむしろ反感を買わせ、飯の種である相手に迷惑をかけている。

職業に貴賎は無いと言っても、芸能リポーターは嫌いだ、ださいから。
但し、たまに彼らを見る度、
「♪ やだねったら、やだね」
つい唄ってしまう自分のだささには滅法甘い。

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月光

昨日はまた猛暑が舞い戻って来やがり、
「今年の流行語大賞は、も、さっさと
  『暑い!!』
 に決めとけ。
 こんだけ全国各地で老若男女を問わず発せられた言葉もないやろ」
一人ブツブツ。
日没後もどんより蒸す上ずっと雷鳴が聞こえ、中秋の名月を拝むのも諦めていた。

が。
そろそろ寝よか、とリビングを消灯し、ふと窓に目をやれば、カーテンの隙間から一条の光が。
急いでベランダへ出てみた。
お月さまが僅かな雲間に澄んだ全貌を覗かせている。

陳腐に過ぎる台詞ながら、神々しいまでの光だった。
一瞬、息が止まりそうになった。

たった五分ほどで雲に遮られ見えなくなってしまったが、きよらな幸福感を与えられた。
胸がいっぱいになった。

やっすい小人の長所を無理に挙げるならば、いとも簡単に救われちゃったりするところである。

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Char

と打ったつもりが“Chair”になっていたため訂正した。
全くこれだから年寄りは…。

そのCharなんだが、何故かここ十日ほど脳内で彼の曲が鳴り響いている。
勿論、高校生の頃はまった『気絶するほど悩ましい』・『逆光線』・『闘牛士』等の古い曲だ。
さっきも食器を洗いながらつい、
「       ♪ 【      振り向くな そのまま行けよ
                 手を振るな 走って行けよ
                 振り向くな そのまま行けよ
                 手を振るな 走って行けよ
                 そのほうがいい
                 そのほうがいい                   】 ♪
                                          うへー、かっこええー!」
一人で歌い、叫んで、げっ、窓開いとった、と慌てた。
懲りぬ馬鹿である。

私のこと、ギターテクなどと言われてもさっぱりわからないし、これらの曲が大好きだったのは、
結局、歌謡曲臭がぷんぷんするからだろう。
だが、とにかくとにかくかっこよかったのだ、Charという人は。

現在55歳、皺は深くなったものの、やっぱり今でもかっこいい。
いや、色っぽさでは今のほうが勝る。
上の『逆光線』も、若い頃よかトシ取ってからの彼にこそしっくり合う。

いかん…こっちもトシ取ったのにミーハーな気持ちが再燃してしまった。

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懐かしの…

ずいぶん前、クルマのCMキャッチコピーに『クウネルアソブ』というのがあった。
この夏の私は『クウデルシボム』だったような。
食欲不振に加え、栄養摂取を心がけてもどういうわけだかあとから下してしまう。
お肉や揚物といった少量でカロリーの稼げるメニューに限って余計そうなるのが困った所で、
最近じゃ夫婦別メニューにし、よく煮たうどんや玉子粥等、お腹に優しいもので凌いでおる。

スニーカーだって多少は底厚があるんだし、1~2センチ程度のことならわかりゃしないだろう、
ってな要らぬ見栄を張り、身長を訊かれる度に、165強、とサバを読んで答えてきたのだが、
本当はもうちょっとあったりするんで、45キロの線をかなり下回ってしまうと我乍らきっしょく、
また、実際、身体に力が入らない。
そんなこんなでせっかくの三連休も最低限の家事をするだけ、ついへなへな横になっており、
伊勢への墓参さえおっさん一人に行ってもらった。

が、お休みも終わる昨夕、“かむかむレモン”なるグミキャンディーを噛んでいたおっさんが、
「昔、肝油ドロップての、食ったよなあ」
えらく懐かしいことを言い出す。
「うんうん、肝油、あったあった。
 ときどき小学校でぺらんぺらんの申込書が回ってきて、何度かは買うてもうたわ」
「儂んとこのほうは幼稚園の先生が毎日一粒配ってくれはったでー。
 あれを超える美味いグミってないよなあ」
私はあのねちっこい甘さが嫌いですぐ飽きてしまい、姉だけが日々真面目に摂っていたのに、
おっさんは、もっと欲しい、と先生にせがみ、よくたしなめられていたらしい。

ププッと噴きつつ、ふと思った。
あれってもともと子どもの栄養不足解消に用いられていたものだよなあ。
一粒以上は絶対だめ、と言われるくらいVAだかの含有量が高かったはずだ。
ならば、栄養不良の現在こそ試してみてもいいんじゃなかろか。
おっさんはおっさんで、この頃疲れ目がひどいそうだし。

以前、ドラッグストアのビタミン剤コーナーの片隅にひっそり並んでいるのを見た記憶があり、
早速連れて行ってもらった。

一つ購入。
そうそう、これこれ、このでら笑える缶。
永遠の坊や

蓋を開けてみたら…
肝油ドロップ
はて、こんな色だったかなあ?
その昔、私が食べたものは、もっと濃くてオレンジ色に近かったんじゃないかと。
バナナっぽい味もどこか違う。

何しろ四十年程も前の話ゆえ実に曖昧なのだが、ただ、ねちっこい甘さという点だけは同じ、
大人一日一回二粒という用量以上に服用する気なんぞ全く起こらない味である。
とにもかくにも暫く続けてみよう。

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思う。
私は、人さまが当たり前にこなしていることの消費税分さえできておらぬ駄目な人間だ。
てか、自分の大事な家族に迷惑をかけてばかりいるクソ馬鹿だ。
いつどこで誰に何を言われても、仕方ないだろう。

でも。
夢は、持っている。
自分のこの手でつかみたい、そんな夢は、いつも横たわっている、胸の奥底に。

おのれのだらしなさ、情けなさなんか、重々承知だ。
ゆえにこそ、おのれのできること、そしてまた、したいことを見つめ、何度もその蘇生をはかる。

冷静に考えれば、ものすごく無駄なことかもしれん。
だが、いつどこで誰に何を言われても、それを自己嫌悪へとつなげるつもりはない。
前にも書いたような気がするけど、ココロは純粋に自分のものだから。

夢。
ほかしちゃうより抱え込んでいるほうがうんとしあわせじゃないか。
一生見続けるんだ、私。

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交流

昨日のようにさも“周囲は敵ばかり”みたいな被害感情丸出しの日記を書くと後味が悪く、
むしろ変に落ち込んでしまったりするが、実際のところ十数年このマンションに住んできて、
人間関係で嫌な思いをしたことはさほどない。

人付き合いの悪い者乍ら管理組合等の役はきちんとやってきたし、集会や行事もさぼらんし、
義務を果たしていればしぜんに人との交流も生まれるものだ。
役を受けた年に理事長をして下さっていた御夫妻は私たちより干支一回り上の世代だが、
大変に尊敬できる方々で、お近付きになれて本当に良かったと心の中で手を合わせている。

そのときちょうど頭を抱えてしまうような事件が起こり、マンション内が色々紛糾したものの、
理事長御夫妻を中心に対処を考えていくうち、精神的なダメージ云々なんて言ってられんわ、
とばかりに気持ちがしゃんとなった。

そうだ、つまらんことで依怙地になっとっちゃいかんな。

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おあいにくさま

先だっての再生ごみ収集日。
ダンボールやら缶・壜やらを抱え、エレベーターに乗り込んで表へと降りて行ったところ、
同じマンション&向かいのコーポの主婦計四人がごみ置場の横の日陰で話に興じている。
どなたも同世代、以前は学校行事や子供会の集まり等でしょっちゅう顔を合わせた人々だが、
別段親しくなれたわけでもない、会えばにっこり挨拶する程度の間柄だ。

ゆえに、
「おはようございます、今日も暑くなりそうですねえ」
やはりにっこり挨拶だけし、そそくさと立ち去った。

さて、部屋に戻ったら、なんと新聞の束を出し忘れておるではないか。
うげ、何ボケとんねん、と脱力、あいにくエレベーターが二台とも上層階に上がっていたため、
今度はよろよろ階段を下り、彼女達からは姿が見えぬ別の出入口より再びごみ置場へ向かう。

で。
まだ続いているでかい声のお喋りに、
「朝もはよからパワー全開やなあ」
ついくすりと笑ってしまったのだが、次の瞬間、足を止めた。

「きすけさんていつも全然見やんけど、確か仕事もしてへんかったよね?」
「と思うよ、布団は毎日干してるみたいやし」
「じゃあ、なんで?」
「せやでたぶん鬱病なんやって、ガリガリになっとるやん」
「うわー、そうなん? 旦那さんが気の毒やわー」

ちょっと待って playback playback
今の言葉 playback playback

あのう…それって…私のことですか?
だわなあ、きすけ、って、近所じゃ私しかいねえもんなあ。

このまま進めば角からいきなり本人登場てな絶好の状況、何食わぬ顔でまたにっこり挨拶し、
ちいと慌てさせたろか、とも考えたが、すんでのところで思い留まった。
面倒臭かったからである。
で、生来面倒臭いことの大嫌いな人間が、鬱みたいに心ざま深く几帳面な病にゃかからんよ、
と舌を出しつつ、
結局、新聞の束を持ったまま引き返した。

ただ、いくらタワシのような心臓の持ち主であっても、また余計なお世話的噂が流れるのかな、
などと思うと、さすがに滅入るわけで、晩御飯の際、ちょいおっさんに愚痴。
だが、彼は、事もなげに笑った。
「ごちゃごちゃ他人のことを勘繰らなあかんくらい不満が溜まっとる人らなんやろ。
 そっとしといたれ」

うむ、その通りだな。
この大らかなおっさんとか、朗らかな伜とか、他、ま、とにかく自分の大事なひとびとについて、
無責任なことを言われたならば絶対我慢ならんし、即座にブチ切れていたかもしれん。
けれど、そうじゃない限りどうでもいい。
おのれに対する不満は別として、大事なひとにめぐり逢え、満ち足りた日々を送っているもの。

私ゃでら運のいいババアなんですワ、おあいにくさま。

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