茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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ワールドカップ

結果が全てなのかもしれないけど、悔しいには決まっているけど、
「がーっ、惜しかった!」
と涙しても、がっかり、ってな気持ちにはならなかった、ミーハーながら。

こういう発言をすると、
「はいはい、感動をありがとう、ですか?」
冷やかに笑う人間が必ずいるものだ。

そりゃあんた、わざわざそんなくっさい台詞は吐かんよ。
だが、感動したのは事実だからしょうがないわな。

凄く熱いひとびとを見たんで。

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笑いのツボ

先々週だったか。
『サラリーマンNEO』のコントコーナーの一つである『サラリーマン歌舞伎』を観ていたら、
大仰にくだらない掛け声がツボにはまり、まじで腹が痛くなるほど笑った。
『セクスィー部長』もそうだが、ああいった思いっきり馬鹿馬鹿しい世界ってほんっと大好きだ。

夫婦二人の暮らしもそれはそれで悪かないし、また、おっさんの出張が増えたこともあって、
昼夜を通し一人で過ごす生活にも慣れた。
だが、こういうときだけは、
「伜がいたらなぁ」
ふと思わんでもない。
自分と同じことで笑っている人間の顔を見ると、余計に楽しくなるからだ。
母親に似ずものっそ社交的な男なのに、笑いのツボは何故だか似通っていた。

自分の性格の偏りを棚に上げるようでナンだが、近所の主婦の集まり等に出かけても、
心から楽しいと思うことがあまりなかったのは、笑いのツボが違うせいなのかもしれない。
勿論それはお互いさまで、相手にとって私は話の合わぬつまらん主婦でしかないだろう。
だが、人の噂話ってのはどうしても罪悪感を覚えてしまうため、わいわいと盛り上がれない。
おのれは馬鹿になれもせず、他に対象を求めるだけの笑いなど、どこかざらざらと味気ない。


何にせよ。
十八年もの間、すぐ目の前に、サイコーに面白いと思う奴がいた。
そして今日もたった一行ながら
【 暑過ぎでござる、メシ食えとるか? 】
可笑しなメールをよこしてきたりする。
私は実に幸せな母親である。

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爆笑

最近削除したコメントにこんなのがあった。
『デブデブにむくんだオバチャンが妄想するブログ、あわれ~』

いやさあ、BMI16.7の者に向かってそんなことを言われても…。
ポカーンとするしかない。
オバチャン=どうせデブ、大当たりでギャフンだろう、ざまあみろ、という貧困な発想。
振り逃げで三塁へ走りだしちゃって大喜び、みたいな言である。
爆笑。

この人のリンク元は某掲示板の教育関係カテゴリー内にある場所。
初めは、もしかしたら“先生”と呼ばれる職業に就いている人間なのかもしれん、と思ったが、
それにしちゃあ頭が悪過ぎるんで、やっぱり違うってことにしとこ。

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うわー!!! ②

サッカーってちっとも詳しくないんだが、シラフのまんま興奮、一人で盛り上がってしまった。
初戦で勝ち点3、うれしいなっ!
実に気分のいい夜更かしである。

ただ、NHKのスタジオにゲストで来ている宮本の髪型はなんとかならんもんか。
折角の美形なのに、昔の少女漫画に出てくる変な王子様にしか見えん。

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うわー!!!

朝。
「はー、アタマ重ぉ…」
どんより独りごち、PCを開けたら、伜からメールが来ていた。

【  おまえはアホか、たいがいにしとけ!  】

で、おっさんに、
「なあなあ、なーんか○○がえっらい怒っとんのやけど…」
と問いかけたところ、
「そりゃそうやろー」
大笑いされた。

昨日、おっさんが取引先の方に或る高名な芋焼酎を頂いてきたんで、ほんっと久々に飲んだ。
私の場合、血圧がとても低いため術後も飲食に関しての制限は特になく、一般中高年同様、
何でもそこそこにしておこう、でよい。
だが、その“そこそこ”の限度が以前とはえらく違ってしまっていることに気付いていなかった。

おっさんの話によれば…

初めはリビングでちびちび飲みつつおとなしく本を読んでおり、
「先に寝るぞー」
と、声をかけたんだとか。
「はあい、おやすみー」
の返事もいつも通りだったらしい。

ところが、それから十五分程経過、うとうとしかけたとき、いきなりダーンと寝室のドアが開き、
勢いよく『六本木心中』を歌い出す馬鹿が現れた。
御丁寧に、ヒュイヒュイヒュイ、と自身への合いの手まで入れて。
馬鹿はそれを三回程繰り返したそうである。

まあでも、ひととおり歌い終わった後には一旦、
「あー、疲れた、もう寝よっと」
布団にもぐり込んだんで、やれやれ。

なのに、またすぐむくっと起き出し、
「もしもしー、○○ぅー、おかあさんやけどー」
伜に電話。
「欲しい物から要らない物まで何でも揃う、それがファニチャードームなんだっ!
 わーっはっはっはっはー!」
と叫んでガチャンと受話器を置き、再び布団にもぐり込んで朝までぐっすり寝ていたとのこと。

「欲しい物から要らない物まで…云々」
てのは、名古屋に本社を置く大型家具店のキャッチコピー。
愛知周辺の人以外意味不明であろうが、昨年だったかもっと前だったか忘れちまったものの、
実家に寄った際、偶々TVで見たそれに笑いのツボを刺激されたのは、何となく憶えている。
でも、どうして今伜に向かいそんなことを言い出したのかは、なんにも憶えていない。
それどころか、自分が『六本木心中』なんかを唄ったことさえも記憶にない、見事に。

うわー!!!

飲酒はおっさんの顔を見られるときだけにしておこう、と思ったことである。


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懐かし過ぎるドラマ

NHKの連ドラ『ゲゲゲの女房』に今週よりかいらしい長女が登場。
何だかあかちゃんのにおいがふわり立ちのぼってくるようで妙に切ない気分になる。
あかちゃんて全身から独特の甘いお乳のにおいを発しているんだよなあ…。

昔、伜を抱っこひもで括りつけてスーパーなどに行くと、
「おお、よしよし」
相好を崩して近寄って来る年配の女性が必ずいらして、よほど子ども好きな方々なんやな、
と思ったものだが、今になってやっとわかった。
あれはきっと御自身の記憶の中にある残り香を懐かしんでおいでたのであろう。

懐かしむと言えば、ヒロインが友人知人から貰い受けるおもちゃ等も、
「あっ、小さい頃私の実家にもあったわ、こういうの」
ひどく懐かしい。
起き上がりこぼし、ってんだろうか、ころんころんと鳴る人形、私はあれに執着していたようで、
幼稚園くらいまで出してあった。

『ゲゲゲの女房』を観ると懐かしさが何層にも重なってしまう。
そのため、とても嵌っているドラマなのになかなか感想が書けない。

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雑念

おっさんの友人に各地の古民家や庭園等を訪ね歩くのが趣味という風流な人がいる。
彼から、最近はその際宿坊で泊まったりもする、と聞き、
「いっぺん宿坊ってのを知ってみるのもええなあ」
ガラにもないことを言い出すんで、
「えーっ、あかん、私には無理無理、特に禅寺は無理っ!」
ひどく慌ててしまった。
実家は曹洞宗、嫁ぎ先の本家は臨済宗妙心寺派だってのに、でらバチ当たりな返事だ。

だが、宿坊に泊まるからには、やはり或る程度は修行ということも意識すべきじゃなかろか。
非日常の静寂や精進料理を味わい、ありがたく堪能させて頂きました、合掌、だけで済ます、
なんてわけにはいかんだろう。
『坐禅』とかしなきゃならなかったらどうすんだ。
てか、それを望む人、厭わぬ人こそが泊る場であるように思う、上記の彼のように。

で、だ。
何があかんかと言うと、私にはその『坐禅』が無理なんである。
『精神統一』とか『無の境地』って、一体どういうものなのか、想像もつかん。
そこまで高尚な話じゃなくとも、『頭の中を空っぽにする』てなことでさえわからん、いまだに。
自身に対してよく感じる、頭空っぽ、は、頭の回転の鈍さや教養の不足をさすのであって、
本当に頭が空っぽになったことなんか起きている時間にはまずない気がする。
いや、親によれば、むっつりと愛嬌のない子どもだったくせにやたら寝言が多かったそうだし、
また、現在でも
「おい、おかーさん、何うんうん言うとんねん」
と、おっさんに起こされるときがあるんで、寝ている最中だって怪しいかもしれん。

とにかく。
私の頭の中では、常に何かしらの雑念が、次から次へとわいているようなのだ。
小バエの飛び回るが如く、わんわん、と。
買い物ついでに一寸散歩という際など、ぼーっとして側溝に片足はめそうになったりするのは、
ぼーっとするほど頭の中が要らんことで一杯だから、なのである。
『坐禅』なんかしてみよ、開始三秒後に警策を受けるのは目に見えている。
そしてお坊さまは私のそばで付きっきりになってしまうであろう。
たまらん。

大体、今このときもトロトロとキーを打ちつつ、
「さっき荷物を届けてくれはったヤマトのおにいさん、えらい男前やったなあ」
ついニタニタしてしまったりする有様なのだ。
自分でもときどき情けなく…なってねえか、別に。
このブログ自体、そういう雑念のごった煮みたいなもんだしな。

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