茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

続・涙

私は昔からおっさん臭い所があり、番茶も出ばなな頃でさえ色気というものに全く欠けていた。
結婚後はさらにその傾向が強まり、四十を過ぎてのちは本当のおっさん気分。
母親であるという自覚は持っていたつもりだが、女性であるという自覚はスコーンと失ったまま、
あと二年で五十の坂にさしかかる。
今後は本当の爺さん気分になってゆくのであろう。

が。
先週、おとんが奈良へ連れて行ってくれたとき、昼食を頂いたハイカラな()和食のお店で、
「う…まずい…」
ちょっと慌てた。
ユーミンの『リフレインが叫んでる』が流れてきたからだ。

この曲、駄目なのである。
ほんの短いイントロを聴くだけでもう目が潤み、
        【 どうしてどうして僕たちは出会ってしまったのだろう 】
すぐさま下を向き、涙をごまかさねばならなくなる。

尤も、家の中じゃ遠慮なくぽろぽろとこぼしてしまっていたので、よく伜にからかわれ、

「へー、おかんでも女っぽいとこあるんやなあ」
「やかましわ、スペシウム光線撃ったろか!」
あほな応酬をしたものだ。

ついでながら、伜をよそへ送り出した昨春、一ヶ月位の間この曲が頭の中で鳴り響いていた。

        【 どうしてどうしてできるだけやさしくしなかったのだろう
            二度と会えなくなるなら                 】
むろん、二度と会えなくなるわけではない。
けれど、二度と戻らぬ年月を思うと、どれほど惜しんでも惜しみ足りなかった。


ともかく。
こういうどんな身にも憶えがあるような状況・感情を美しいメロディーに乗せ、訴えかけられると、
いくら色気のない思い出ばかりが多い者の涙腺堤防であっても簡単に決壊する。
        【 引き返してみるわ ひとつ前のカーブまで
          いつか海に降りた あの駐車場にあなたがいたようで 】
        【 人は忘れられぬ景色を幾度かさまよううちに
            後悔しなくなれるの                     】
はいはい、やったやった、こんな未練がましいこと…まあ、私の場合はバイクで、だったが。
ちっ、とことん色気がねえわ。


さて。
「う…まずい…」
な心の琴線触れまくりソング、もうあと二曲ある。
プリプリの『M』とレベッカの『フレンズ』だ。
きっと誰にもそんな曲があろうかと思うが、トシを取るとこういった話はできにくいわけで、
周囲の人々にもなかなか訊けない。
ただ、おとんは、稲垣潤一の『クリスマスキャロルの頃には』に弱いそうだ。
で、自ら訊いておいて、
「えー、そんな経験、どこでしてきたん?」
そこはかとなくヤキモチ、馬鹿である。

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小・中・高と同じ学校だった名古屋の友から電話があった。
ずっと以前の記事で『ちりとてちん』の草原兄さんに例えた彼。
家業を継いで手堅く暖簾を守っている。

「おい、○っちゃん、さっきおふくろさんが店に来てくれて、聞いたぞ。
 なんか大変だったんだとなあ。
 調子はいいのか?」
「うん、もう全然大丈夫になったよー、ありがと」
「だったらいいけど、気をつけろよー」
「ごめんねー、母親が余計なこと言って」
「いやいや、元気そうな声で安心した」

○っちゃん、という懐かしい呼び方にも、相変わらずの温かさにもひどくじーんと来てしまい、
十代に戻ったようなおかしな気分になって、電話を切る寸前には、つい、涙声。


中学生の頃、クラスで幅を利かせていた男子と大喧嘩をし、皆にハブられたことがある。
「あいつとは口をきくな」
というお達しが出たせいだ。
勿論、陰ではちゃんと話してくれる子のほうが多かったものの、針の筵状態。
平気な顔をしてはみせても内心じゃ辛かった。

そんなとき、ただ一人、態度を変えなかったのも彼だった。
「こんなこと、そうは続かん、気にするな」
あれこれ励ましてくれたし、当の男子に対して、
「ねちねちやーらしーことせんとけ」
きっぱりと意見した。

私に優しいということは誰にでも優しいということで、彼の悪口を言う人間は全くいなかったし、
皆から信頼されていた。
結局、一週間か十日ほどで元に戻ったが、あのときも涙声で礼を言った。


非常に友の少ない私だが、いくつになろうと昔のままに接してくれる彼のような人がいる限り、
友情の中身の濃さは自慢してもいいよな、と思う。

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半年ぶりのドライブ

土曜の夕、出張から戻ったおっさんは、
「ちかれたびー」
という、死語か古語か判断に迷う言葉と共に大あくびをし、宵の口から寝てしまったので、
当然、日曜も家でのんびり過ごすものと思っていた。

ところが、朝になって、
「おーい、奈良へ行くでー」
などと言い出す。
「えー?」
「鹿と大仏が儂を呼んどる、支度しいや」
「わかった、ほんならちゃっとまわしするわー」
いきなりの話に忘れかけとった名古屋弁が出てまったがね。
ドライブって昨秋以来だ、考えてみればあのときも奈良へ行った。

外は穏やかな晴天、クルマの窓を開けても寒くない。
いつものように駄洒落を飛ばしたり鼻歌を交えたりでハイになっていたら、ふと目に付いた看板。
演歌かよ
哀切である。
思わず、
「ばかだなあ…僕を信じられないのかい?」
と肩を抱いてやりたくなった。
せっかくの行楽、わくわく目的地に向かってんだから、無駄にしんみりさせんでくれんか。

さっさと気を取り直してガハガハ笑いながら進むうちに奈良へ到着。
さすが観光地、我がまちでは祭のとき以外見られぬような賑わいだ。
クルマを駐車場に預け、歩いて回ることにする。

まずお昼ごはん、近鉄奈良駅近くのお店をあたるも、どこもいっぱい。
が、とある和食店で普段はお酒を置いているらしいカウンター席を空けてくれた、ラッキー!
おまけに目の前で調理しているおにいさんが物凄いイケメン、つい見惚れてしまう。
お腹も目もごちそうさまでございました。


で、興福寺。
東金堂。

興福寺1 

五重塔。
興福寺2 

実は、ここへは、ずっと来たくてたまらなかった。

国宝館にて愛しの阿修羅像に再会…うれしい。

中金堂は再建準備中、平成三十年に完成予定とのこと。
興福寺3 
♪ アホが見ーるー 鹿のケーツー



次は東大寺へ向かう。


せんとくん
おみやげ屋さんのショーウィンドウに飾ってあった巨大なせんとくん、金63,000円也。
おひとついかが?

至るところに鹿。
鹿1 
鹿2
こういう表情、人間もよくするよなあ、親近感。

東大寺南大門の金剛力士像。
「あ」
南大門金剛力士像阿形 

「うん」

南大門金剛力士像吽形

中門
中門 

大仏殿

大仏殿

大仏さま。
大仏さま1 
大仏さま2
改めて仰ぐとやはりその大きさに圧倒される。
それにしても東大寺って殿中まで撮影OK、有名なお寺さんには珍しいことで吃驚した。

東海道中膝栗毛にも出てくる柱の穴。
柱の穴
大仏さまの鼻の穴と同じ大きさだそうな。
中学生くらいの娘さんたちがきゃあきゃあ言いながらくぐっているのが可愛らしかった。


今度は春日大社へとてくてく。

あちこちで人力車を引くいなせなおにいさんたちを見かけた。
人力車

新緑。
新緑
うつくしい季節である。

参道。
春日大社参道1 
春日大社参道2 

本殿。
本殿 
よろしくお守り下さい。

三歩下がって夫の影を踏まず。
オサーン
どの口でそういうことが言えるんだか。
お賽銭ばかりでなく、くだらんギャグまで奉納してしまった。


もう何箇所か行きたいところだったが、急に動き回って翌日寝込んでもいかんので我慢。

クルマへと引き返す。
楽しく過ごした一日は帰り道も元気、またハイになってドライバーはいい迷惑。
本当は家でごろごろしていたかったろうに…おっさん、おつかれさま、おおきにさんでした。


本日のおみやげもん。

おみやげ
ポストカード、額用写真、クリアファイル等、興福寺で買い求めた阿修羅グッズである。

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距離の不思議

一昨年くらいから出張の増えたおっさん、今年に入って回数ばかりでなくその日数も長くなり、
ここ二ヶ月ほどは顔すらあまり見ていないような状態。
勿論、彼の足枷となっているだらしねえ私としては、単身赴任でないだけありがたい。

おっさんも私も揃って雑な人間、巷で叫ばれる夫婦間の気配りなど意識もせずに過ぎてきた。
が、
「今帰ったでー、なんも変わりないけ?」
ひどく遅くなったときを除き、その日の仕事を終えて宿に着くと、必ず報告の電話をくれる。
ほっとする。

「うん、なーんも変わりないよー」
「そか、んじゃ、風呂入って寝るわ、おやすみ」
「はあい、ゆっくりおやすみー」

一分に満たぬような会話。
だけど、こころは、温かな波に満たされる。
それどころか、
「ああ、今すぐそっちへワープして、がばっと抱きつきたい…」
てな気持ちになる。
うわ、きっしょ、と引かれても仕方ない、てか、読む人にとっちゃ当然の反応であろう。
だが、生憎のクソババア、自分のブログで折々の本心を述べることに、さほどの恥は感じない。

帰宅すれば、
「ただいまー」
「お帰りー、お疲れさんでしたー」
で終わり。
淡々とした日常に戻る。
いや、でかいゲップに態々やな顔をしてみせたり、遠慮なしの放屁にブツブツ文句を垂れたり、
凡俗な日常、と言ったほうが正しいか。

それでも、少し距離を置くと、そのおっさんが恋しくて。
不思議なものである。

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わーい!

今日は通院日だったのだが、行ってビックリ、ものすごい混みようである。
脳外の待合は殆どが高齢者ってのが常なのに、四、五十代と思しき人も結構見られる。
いつも予約時間より30~40分程度は遅れるものの、二時間半も待ったのは初めて。
予約の意味が全くねえぞ。
ま、痛みや発熱等で具合が悪いわけでもないし、ぼーっとしてりゃ済むんでかめへんけど。


MRIは土曜日でも受け付けてくれるため、前週か前々週の土曜日に予め検査をしておき、
その後また受診、というかたちでやってきた。
で、検査結果は今回もマル、きれーなもん。
コイル外れの再発も周辺部位の梗塞もなかった。

通常、術後の確認検査をすれば、あとは半年に一度くらいMRIを受ければOKなんだが、
私の瘤は極端に言うとお椀を伏せたような形状らしく、頚の部分が窄まっていないんで、
再発の率が高く、わりと頻繁に観察せねばならないらしい。
性格が大雑把だと発生する瘤の形状まで大雑把なんだろうか。

でも、今日、先生から、
「次の検査は七月の初めでいいかな」
とのお言葉を頂き、 いいトシこいて
「わーい!」
などと声を上げちゃったりしたことである。
「強い頭痛や、左半身の痺れや、右眼の視野の狭さを感じたら、すぐに来て下さいよ」
と釘を刺されはしたが、うれしい前進、元気百倍だ。
二時間半待った甲斐があった。

なんか、いいことがいっぱい起こりそうな気がしてきた(単純)。

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親馬鹿

新学期の学費を納めに銀行へ行ってきたので、一応伜に恩を着せてやろうと電話した。

「もしもしー、おかあさんやけどー」
「あ、わりぃ、ちょい待ってな」

外のお店にでもいるようで、ざわざわとした物音が聞こえる。

「ありがとう」
「ありがとうございました、かけ大盛りとライスで○○○円になります、はい、ちょうどですね」
「ごちそうさまでした」

どうやらうどん屋さんで会計をしてもうているとこだったらしい。

実に小さなことだが、そのやりとりを耳にして、
「ありがとう」
「ごちそうさまでした」
こういう言葉がひょいと自然に出てくる人間には育ってくれたのだな、と、何だか安心した。
うむ、なかなかさわやかな男ではないか。


それでも恩着せだけは忘れずにしといたった、わははっ。

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木村拓也さんが亡くなったという報に、思った。

私は、百才超えるまで生きたんねん、しぶとく。

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春というのはやっぱりいい

家から四、五百メートルほどのところに、
「人を馬鹿にしとんのか」
と、ついツッコミを入れたくなるような変な名前の川が流れている。
上流へ行くと両岸に美しい桜並木が続いており、毎年花の下の散策を楽しんできたのだが、
おっさんは先週半ばから出張中、四十分くらい歩かねばならんため一人じゃちと不安なんで、
そこまで行くのは来年に取っておくことにし、近くの土手に何本か咲いている花を見て来た。
今日はとても暖か、山のほうから吹いてくる風なのに、やさしく頬を撫でていく。


日曜日、自分の書いた古い記事を拾い読みしてみた。
このブログを始めた時は、丁度資格証書を頂いたばかりの頃…私、就活とかしてたんだな、と、
改めて振り返り、就きたかったその職の人々に自身がお世話になっているここ数年のことを、
少しばかり痛く感じたりした。
いや、言ってもしょうがないから黙っていただけで、胸の痛みはよく感じていた。

だが、一方、それだからこそ、私は全く以て不遇などではない、と思う、ここ数年でもあった。
むしろ、身の幸せの大きさを思う、ここ数年でもあった。
真面目な話、なんにもできない人間なのに俯きもせず日々を送っていけるってのは凄くね?
どんだけ人に恵まれた者であることか…自己嫌悪なんかに陥っていたら、バチが当たるわ。


そして、さっき、花を見て来て、もひとつ思った。
「ネットのある時代に生きて来られてよかった」
と。
思わず襟を正したり、すうっと心がラクちんになったり、わはわはげらげら楽しくなったりする、
そんな、いい匂いに満ちたいくつもの場所を、家に居ながらにして知リ得たもん。
実際、私くらいネットの恩恵を享受している人間もそうはいまい。


晩秋、脳外科がどうこうということになったとき、ふと、目にした或る公募。
久しく遠ざかっていた世界、気付いたのも〆切りの三日前だったが、いっこ、書いた。
言葉の耳触りも良くないし、時間的に推敲どころの騒ぎではなく、レベル低ぅー、と笑いつつ、
でも、今の気持ちはこんなもんや、てなおかしな勢いで、だだーっと応募した。
先日知った結果は、トーゼン、落選である。
ただ、佳作欄に自分の名前を見たときは、嬉し涙が出た。
「がんばろ…」
ひっそりながらも心に決めた。
そうだ、家に居ながらにしてできることを知った以上、それをやらねばなんとする。

また、こうも思う。
アホみたいに大食いで、ズカズカと大股で歩き、やたら大足(これは生まれつきだが)の婆に、
いつまた戻るかわかんないし、絶対戻るつもりでいる。
そのときのために、資格を頂いた当の勉強だって、ちゃんと続けなきゃな、と。
いちお、自分が受け取った領収証を基に計算のお浚いはしているが、法自体、年々変わっとる。
そこんとこは弁えとかんと。

ああ、何だかめっちゃ素直になる。
「がんばろ…」
って。

春というのはやっぱりいい。

ありがとうございました。

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