茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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大晦日

毎年のことなんだが。
私自身はなんにもしていない、ってか、人が呆れるくらいぼーっとした暮らしを送っているのに、
振り返ってみれば今年もそれなりにいろんな出来事があったわけで、
「人間ってやっぱり変わらずには済まんのだろうな」
などと思ったりする。

ただまあ私の場合は、そんなの単に老化の問題、ってな気がしないでもなく、ちょっと癪だ。
来年は思いっきり若づくりをして周囲の顰蹙を買うかもしれない。
温水さんに対抗する冷や水さんと呼んで下さい。




寒さ厳しい大晦日になりそうですが、どなたさまも、よいお年を。

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帰宅

無事に戻って来られた。
うれしい。


が、先生も、
「大変難しい手術でした」
と仰ったように、今回の手術は正直きつかった。

あれこれ調べても通常は二時間ほどで済むことが多いとあったのに七時間近くもかかり、
術中、バルーン付きのカテーテルに替えたりと何だか大がかりな話になってしまったのだ。
また、当然全身麻酔で行うものと思っていたのが、術後の早期回復を目指すという方針で、
部分麻酔に睡眠薬吸入を併用するというやり方を取り、これがとても辛かった。
朦朧としていながらも何故か意識はあったため、先生方の慌てる声等が聞こえるし、
「あっ、危ない、頭を動かさないで!」
と言われてもどうにもならない。

結局、長時間の勝負となり全身麻酔にチェンジしたようだが、大昔死にかけた腸捻転にしろ、
結婚後の皮膚移植や婦人科関係にしろ、手術と言えば全身麻酔、ってな感覚でおり、
実際、今回より重篤だった場合でもこれまでは自身が眠っているうちに終わっていたのである。
ゆえに、意識があった分だけ余計に体力を使い果たしちゃったという気分になった。

勿論、結果はちゃんとうまくいったわけで、実にありがたいことなのだが。

本当はもう少し入院していたほうが良いとのお話ながら、ようやく持続点滴が外れたんで、
必ず安静を守るようにという約束で帰してもらった。
病院で年を越すのはやっぱりちょっとね。
退院の度に思うことだが、家の布団はよく眠れるなあ、と、しみじみした。

あとは体力の回復を待つのみ、ぼちぼちやってこ。

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態度もでかいが

おとんが泊りの忘年会で郊外の温泉旅館へ行き、もらってきた湯上り足袋。
 湯上り旅
「ほい、よかったら使い」
…って、おっさん、いくらなんでも渋すぎるだろ。


と言いつつ、面白そうなので履いてみる馬鹿。

足  
一応27センチまで対応らしいんだが…余りもしないのは何故なんだ!



さて。

日も近づいてきたし、そろそろ真面目な入院モードに入ろっと。
病院とは言えよその屋根の下で過ごすわけだし、家と同じ調子じゃえらいことになる()

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かぐわしいねえ

この、ス・テ・キふるーつ☆Cultivation・ドキドキハートな画像を拾ってからというもの、

ネット上できしょい奴、卑しい奴を見かける度、

「ささ、どうぞ」

と進呈したくなる。




あくまでも国債 


玄関ドアの表に貼っとけ! 

ですわん。

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雨の日の再会

うっかり当ブログを見に来て下さった方々には、管理人がどんだけ性格の悪い人間であるか、
チラ読みしただけでも忽ちおわかりになることだろう。

だが、心の中に汚泥を積もらせた奴だからこそ、意外にきれいごとってのが好きだったり、
また、美しいものに憧れたりする一面もある。
ヒトって不思議ね♪うふっ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとゲロゲロ。


おとんの晩酌用のエビスを切らしていたんで、最寄りのコンビニへ。
服用中の血小板の薬が結構きつくてかなりの頭重と倦怠感だし、第一、おとんは、
「ごめんやけど、帰りに買ってきてなあ」
と電話すれば、
「お、了解」
の一言で済ませてくれる大きい人なのだが、通院以外全く外の風に当たらん生活というのも、
精神的に何だかまずいな感が漂うため、よろよろ出かけたわけである。

で。
レジの人が男前で、若者というのは素敵やわあ、はあと、などと婆ボケなことを思っていたら、
その男前が、
「あのー、お久しぶりです」
こちらをじっと見、言う。
きょとん。

「え?」
「○○○○です」
「んまあー、あっくん!?」  (※註:仮称) 
伜の小学校時代の同級生であった。


思い出す。
ちょうど今日みたいな小雨模様の日。
まだ入学したての頃で、初めの一ヶ月はなるべく親が迎えに行く決まりとなっていたのだが、
伜と並んで校庭へ出ようとした際、渡り廊下でぽつねんと立っているあっくんを見かけた。

「傘、ないん?」
「うん」
「そか、いっしょに帰ろ」

伜に子ども傘を持たせ、あっくんと私は相合傘で歩いた。
伜はほんのりながら拗ねているようだったが、私はあっくんに同情していた、嫌らしくも。
同じ組のスピーカー母に、彼の御両親が最近離婚した、と余計なことを聞かされていたせいだ。
当時の彼はお父さんと二人で暮らしていた。

でも、あっくんは、朗らかな子だった。
道々、学校であったことをあれこれ話してくれた。
家まで送り、手を振ると、
「ありがと」
にっこり笑った。

以来、参観日等で会う度、
「○○くんのおかーさーん」
三年生になっても四年生になっても声をかけてくれた。
そして、五年生のとき、お父さんの再婚に伴い別の学区へ引っ越して行った。

私は特に子ども好きではないが、かと言って子ども嫌いというわけでもない。
あっくんのことも可愛いと思っていた。
だが、相合傘で帰ったそのときの気持ちは、上で述べたように単なる同情である。
私が『きれいごとの世界に浸りたかった』のである。
その証拠に、引っ越して月日を経るうちあっくんの顔はぼやけていき、やがて、忘れた。


それでもあっくんは、憶えていてくれたのだろう。
お互いすっかり面変わりした今でも、やっぱり声をかけてくれた。

「なーんか、イケメンになり過ぎて、全然わからへんかったわあ」
「えー、そうですかねー」
照れたようなあっくんの笑顔は、実に頼もしく美しい。
が、その昔、家の前で
「ありがと」
にっこり笑った幼い面影もふっと浮かんだ。
現在、隣市の大学へ通っているそうだ。


あっくん、私こそ、ありがとね、ほんとにほんとに。
私って奴は、なんて幸せ者なんだろうね、ほんとにほんとに。

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要らんかったかも

半端な余り布があったのでコースターを作ってみた。
コースター 
バイアステープでちゃちゃっとくるんでミシン縫いし、一時間かからずに出来た。

が。
日頃から来客もないのにどーすんだよ、六枚も。

むしゃくしゃしたとき皿代わりに投げて遊ぶか、安全だし。

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