茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

中京×日本文理

はー。
凄い決勝戦だった。

終了後、すぐ伜からメールが来て、

【 中京、よかったの。
  どうせ一人で盛り上がって嗚咽しとるやろ。
  踏み台昇降も真面目にやれよ。 】

エスパーか、あんたは。


今朝、ツクツクボウシの声も聞いたし、もう秋だな。

PageTop

コメントを下さった方へ

当ブログは個人の自己満足のために綴っております。
自己を高める・自己を改革するなどという大それた意識を持ったことは一度もございません。

コメントを頂いても内容を見、削除しておりましたので卑怯な人間だという御批判は御尤もです。
また、御指摘頂いた通りくよくようじうじした考え方をする者でもあります。
しかし、一旦、
「もうやめよう」
と思ったら、即座にばさっとブログ削除を断行する程度の変な潔さは持っております。
ゆえに、実りあるブログのために、などという、温情の形をとった難癖を度々頂戴せずとも、
自分で決めた場合には、明日にでもいなくなっておりますのでどうぞ御安心下さい。

みみっちい人間がそのみみっちさを隠して日々の生活を綴っても意味がないと思います。
むしろみみっちいことを心ゆくまでほざきたいので開いたブログだと何卒御理解下さいますよう。

PageTop

球児

トイレの電球が切れたため、高校野球の経過を気にしつつ仕方なく電化店へ買いに行った。
勿論すぐに一寸した輪のできているテレビのコーナーへ走ったけれど、絶妙な送りバントについ
「ナイスメイデン!」
と発しそうになり、慌てて口を押さえる。
神よ、この汚れた某掲示板脳を許したまえ。

まあ私ゃ普段はいつも家の中で一人ぎゃあぎゃあ騒ぎながら試合に見入っているわけだが、
高校野球ってのはたとえ知らないおっさんたちであっても誰かと一緒に観るほうが面白いな。
中学・高校時代、よく実家近くの球場へ足を運び、県予選を観に行った記憶が蘇った。
そのとき活躍していた選手の一人が現中京大中京監督だったりして、
「おいおい、ええおとっつあんになり過ぎやろ」
と、我が身を棚に上げ苦笑する図々しさ。
ただ、味わいを増した風貌は、見ていて気持良いものである。

関取衆が自分の子どもより若くなると何やらむかっときてしまいそうだが、高校球児の場合、
孫くらいになってもより一層可愛く思えるような気がする。

PageTop

困ったもんだぜ

珍走の騒音に起こされた。
年寄は一旦目が覚めちゃうともう寝られねーんだよバカタレ。
これだから夏ってやだ。

まあ、睡眠の問題だけでなく性格の面でもいろいろ困った変化が起きておる。
例えば、楽天からのメール等でよく見る、
「芸能人御用達の○○」
てな宣伝文句には、そんなもん意地でも買うか、と思うし、逆に巷の評判で、
「○○という映画がくだらない」
とか聞くと、どのくらいくだらないのか観に行ってみようかしらん、などと思ったりする。
これだからばばあってやだ。

PageTop

お盆

「今、自動車教習所に通っとるし、何やかんや忙しいんで帰れんかもしれん」
と言って寄こしていた伜だが、十三日に連絡もせずいきなり帰って来、三泊していった。

「こっちにも布団干しといたり色々用意があるよって、来るなら来るで予め電話してきぃな」
まずはお約束である文句つけに
「そこはそれ、思い立ったが吉日やて」
ノーテンキな返事。
でもさ、早めにわかってりゃ、遠足とかと一緒で“あと何日”と待つ間も嬉しいだろが…ばか。

十四・十五日と墓参のため久方ぶりに双方の実家へ顔を出した伜は、
「んまあー、あーんた、まーたおおきなってー、見とるだけで首が疲れてくるがねー」
「あんた、背ぇばっか高ぉなって、知恵はちゃんと回っとんのか」
そんな言葉を皮切りに、連日どっちの祖母にもあれこれくどくど突っ込まれておった。
代わりにそれぞれからちゃっかり小遣いもせしめてやがったけどな。

十六日、駅へ送りついでに昼食をとろうと地元じゃ評判の鰻屋さんへ寄った。
も、食うわ食うわ、
「うまっ!」
あごにご飯粒をつけ、幼稚園児みたいに無邪気な顔でかっこむ。
腕を伸ばしてそのご飯粒をつまみ取り、自分の口に入れたら、
「まったく…」
とでも言いたげに笑うおとんと目が合い、ちょっとだけむっとした。

態々お金を遣い、下宿生活をさせているからと言って、伜は有名大学に進んだわけじゃない。
私がそうであったように、凡庸に過ぎるアタマの持ち主だ。
だが、こういうべたべたしたところのあるあほな母親から解放してやらねばならぬ、とだけは、
結構早いうちから考えていた。

おのれがあほだってことに何か意味があるとするならば、ひとりでそれを味わっていたい。
誰にも邪魔されず、ひとりで笑ったりしおれたりしていたい。
たまーに元気な顔を見せてくれたら、それでいい。
ちゃんと本気でそう思っている。
なのに、駅の階段を上がっていく後ろ姿には、まだ少し慣れられない。

PageTop

月夜に何を歌おう

【 『碧いうさぎ』、iTunes Storeで順位が急上昇 】
だそうな。
複雑である。
流行った当時既におばさんだったが、実は私ゃこの曲が好きで好きで…。
しょっちゅう口ずさんでいたため、伜にとっても耳タコもんだったことだろう。
今でも何故か月のきれいな夜などについ出てくる、なかなかきしょいな。

好きな曲ってまるで我が事我が記憶であるかのように胸底に染み込んでしまっているため、
今さらイメージが変わるわけでもないが、変な替え歌が広まるのはどうも嫌だ。
当分『大利根月夜』でも唸るか。

PageTop

祈願イエイ!


壺。
壺1 

蓋を開けると…

壺2 
冷蔵庫には梅干やら味噌やらを守る兄弟もいるが、この人は500円玉貯金専用、常温保存。
なかなかたまらんので夏バテを起こしてそうだ。

ってことで暇に任せて自分でお札を作り、念を入れてみた。


フツーの祈願札。
おふだ1 


冠アニキ札。
おふだ2 


問答無用札。
おふだ3 
壺こそいい迷惑。


他力本願札。
おふだ4 


高望み札。
おふだ5 


年齢詐称お・ね・が・い☆札 。
おふだ6 


たまったら、北海道へ行きたいな。

PageTop

ちいさなさよなら

先週。
郵便を取りに階下へ行ったら顔見知りの人に会い、告げられた。
「主人の転勤で、日曜に鎌倉へ引っ越すんですよー」

私より一回り位は若い人、当然お付き合いなどないが(年齢に関係なく殆どしてねーけどな)、
マンション敷地内の簡易な砂場や花壇で可愛らしいお嬢ちゃんとほのぼの遊んでおいでたり、
幼稚園バスのお迎えのため近くの停留所へ向かわれるとき等にお会いすることがよくあり、
日頃から一方的に親しみを感じていた。

まあ、挨拶にほんのちょっとした話をする程度の間柄、愛想に欠ける私はそれこそ、
「今日はまた、特別あっついですねー」
「よく降りますねー、お気をつけて行ってらっしゃい」
「急に冷えてきましたねー」
など、お天気絡みのことしか言ってなかったんじゃないかと思う。

だが、そんなつまらないひとことでも、一応心底から発している。
そして、そんなつまらないひとことにさえも、
「ほんとですねー、毎日親子でゆだっちゃう」
「はあい、行ってきまーす」
「も、朝起きるのがつらーい」
気取らぬ言葉を返してくれるその人の健やかな笑顔が私はとても好きだった。

どんなに饒舌にお喋りしても、うっすらとした徒労感や話す前より強い隔意感しか残らない、
そういったお付き合いというのもある。
自分以外の人の事情には鈍感な私にとって、他を好きになれるのはそれだけで幸せなこと。
その人は確実に私を幸せにしてくれていた。
会う度に、何かしら爽やかな心地にさせてくれていた。

これまでも親しい人の引っ越しや新築の際には贈り物に添えてきたが、『○○新聞』、
『××商店』、『△△生命』等プリントしてあるサラのままの貰い物タオルで雑巾を作った。
一枚のタオルで二つ取り、計二十枚。
雑巾は引っ越しの必需品、絞りやすさを考えれば薄いほうがいい。
また、心置きなく捨てられるよう妙な手作り感のないミシン縫いのほうがいい。

きっと吃驚されちゃうだろなあ、もしかしたら薄気味悪く思われるかもなあ等々躊躇いつつも、
二度と会うことはないのだから、と、引っ越しの前々日初めてその人の部屋のドアホンを押し、
雑巾の束を渡した。
吃驚はされたが、喜んで頂けた。
馬鹿なことに目が潤んできそうだったので、この期に及んでさえ愛想も言わぬ間に引き返した。

引っ越しの朝、その人は、新住所を書いたメモをお持ち下さった。
が、便りを出すことはないだろう。
時候の挨拶の他は何も書くことがない、同じマンションにいた今までだってそうだったのだ。
一年も経てば、思い出すことも減っているに違いない。

幾度となく繰り返してきたちいさなさよなら。
それでもやっぱり今はさみしい。

PageTop