茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

勝手に語る歌謡曲 1

クラシック、ジャズ、ロックに明るい人って、それぞれ、なんか、かっこいい。
また、ジャンルを問わず洋楽に明るい人ってのも、いちいち、なんか、かっこいい。
好きな楽曲・アーティストについて思わず熱く蘊蓄を傾けてしまい、はたと気付いて、
「あ、ごめん」
などと顔を赤らめたりするさまもひどく眩しく見える。

何しろ私が思わず熱く蘊蓄を傾けたくなる曲と言えば、『金太の大冒険』に始まり、
『うぐいすだにミュージックホール』、『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』etc.…とまあ、
ちょっと挙げただけでもかなりまずい方面に偏っているのである。
自分の顔が赤らむより先に聞く人の顔が青ざめそうだ。
長の年月口重な主婦で通っているが、必然的にそうならざるを得まい。


だが、私の心にべったり染みついているのは、やはり歌謡曲である。
但し、もはや“今は亡き”と付けねばならんだろう。
阿久悠の死去と共に、小さな点になっていた歌謡曲の背中もとうとう見えなくなった。
巷じゃ歌謡曲をJ-POPと呼ぶようになった、てな観方もあるが、私は別物だと思う。
歌謡曲はJ-POPほど小洒落ていなかったし、かと言って演歌ほど陳套でもなかった。
勿論、やめでぐれー、と身悶えさせられるくっさい曲も多く、また、アイドル物などには、
おいアタマ大丈夫か、と心配になるくらいすっからかんに晴れ渡った曲も見られたが、
反面、一度聴いただけで全身に鳥肌が立ってしまうような感動をもたらす曲もあり、
兎に角それらを全てひっくるめたごった煮的な歌謡曲の世界が私は好きだったのだ。


ピンキーとキラーズの『恋の季節』が流行ったのは小学一年生の頃だったか。
黒い山高帽を被り四人のおっさん(実際は青年だったが)を従えたでっかい姉さんは、
いかにも颯爽と目に映った。

そして何よりこのフレーズ。
        【  夜明けのコーヒー 二人で飲もうと
            あの人が言った 恋の季節よ      】
鼻垂れガキのこと、当然慇懃を通じる男女の仲についてなどわかるはずもない。
なのに、やたら強く耳に残った。

恋の季節というのはどうやらえらく特殊な気持ちになる季節を言うらしい。
そしてこのフレーズは何だかその特殊さを端的に言い表しているような気がする…と、
当時受けた感を現在のばばあ心でばばあ語に訳し説明すればこうなるわけだが、
何にせよ、一つのフレーズにはっとさせられたのはこの曲が初めてだった。


また、同じ頃流行ったいしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』にある、
        【  足音だけがついてくるのよ ヨコハマ 
            ブルーライト・ヨコハマ           】
というフレーズも印象的だ。

いしだあゆみと、何故だか知らんが西郷輝彦が、仄青い街灯りの下を歩いている。
かすかに潮のかおりなんかもして、どこまでも二人きり。
『足音だけがついてくるのよ』という何気ない一言で美しい情景が浮かび上がり、
子どもながら浪漫チックな気分を齧ることができた。
後年、西郷が『どてらい奴』の猛やんになってしまったときは心底がっかりした。


小学四年生のときに流行った五木ひろしの『よこはま・たそがれ』は、演歌ではなく、
歌謡曲の中に入れたい。
何故なら子ども心に物凄く斬新な感じを受けたからだ。

この曲は、よこはま・たそがれ・ホテルの小部屋・口づけ・残り香・煙草のけむり…と、
延々名詞ばかりを並べ、歌われていくのだが、最後になってそれらが突然、
        【  あのひとは 行って行ってしまった        
            あのひとは 行って行ってしまった
            もう帰らない                 】
という嘆きに集約され、感情が堰を切ったように放たれる。

むろん名詞云々なんてのは後から気付いたことだが、不思議に感情過多に陥らず、
どこか乾いたあきらめを感じさせたのも、その辺りに依るところが大きいのだろう。
だからこそ演歌に興味を持てない子どもの耳にさえ垢抜けて聞こえたのだ。
『泣かないで』(舘ひろし)の作詞者ももしかしたらこの手法を取り入れたんじゃないか、
個人的にはそう睨んでいる。


さて、思春期前の話だけでもどんどん冗長に流れているが、幼心に最も響いた曲は、
何と言っても小学五年生の師走にレコード大賞を受賞した『喝采』である。
当時、この曲はちあきなおみの実体験に基づいたものという作り話が囁かれ、実際、
彼女はさもあらんと思わせるほど繊細に神経を巡らせ、いとおしむように歌っていた。

音楽にしろ、ドラマ・映画にしろ、私は愛する人の死を扱った作品が苦手である。
実話ならまだしも、フィクションで感傷にまみれさす事柄ではないと考えるからだが、
『喝采』のような作品を知る以上、ムードのみで片付ける駄作など受け容れ難い、
そんな思いも多少は絡んでいるようだ。
この曲に関しては、極限まで贅肉を落とした掌編小説である、としか述べようがない。

しかし。
愛する夫の死を境に表舞台からふっつり姿を消してしまったちあきなおみ。
彼女はこの不朽の名曲『喝采』でさえ、もう二度といとおしめないのかもしれない。

PageTop

難解キャンディーズ

春頃だったか、石破防衛相(当時)がキャンディーズの大ファンだったと公に発言し、
しばし話題になった。
時々笑顔が喪黒福造に見えちゃうものの、この人って何故か以前から嫌いではない。
オフィシャルブログもたまに読んでいるが、田中角栄の興深い逸話が出たかと思えば、
“キャンディーズ世代の私には…”なんて言葉もやっぱりぽろっとこぼれていたりし、
ただの活動報告にも読者の気をそらさぬ面白味がある。

政治の話とは全然関係ないのに前置きが長い。
とにかく私もキャンディ-ズの解散時には高校生、ぴったりその世代に当たっており、
実際に彼女たちが好きで振り真似しながら歌っていたパーだった。

キャンディ-ズの魅力は『アイドルなのに剽軽』という点にあったのではなかろうか。
ドリフや伊東四朗・小松政夫の番組でヅラも拒まずハゲ親父やら悪ガキやらに扮し、
見事にはじけていたが、三人共相当おバカなコントをやろうが何ら下品さを感じさせず、
本職はだしの笑いを提供しながらむしろそれぞれに違ったカラーで眩しい光を放った。

勿論、キャンディーズは『年下の男の子』を皮切りに数々のヒット曲を飛ばし続け、
歌手としての活躍もめざましかった。
私の最も好きだった曲は『わな』。
だが、同時にこの曲は、高校女子にとってやたら難解な歌詞でもあった。
あまりに抽象的な示唆しかされていないため、二重三重の意味が張られていそうで、
考えれば考えるほど状況も人間関係も心理もこんぐらがってくるのだ。
結局、こりゃもっと大人にならねばわからんのだな、ってことで〆にしておいた。

いや、本当は歌詞の意味などどうでもよかったのかもしれない。
この曲でようやくメインボーカルとなり真ん中で歌ったミキちゃんの、
        『 あーいつは しーくじったー 』
        『 あーたしも しーくじったー 』
に何だかゾクゾクッときてしまい、
「カアーッ、いい女だねェー!」
と高校女子らしからぬ感嘆の声を上げた思い出のほうが鮮やかに甦るからだ。
か細くて、儚げで、比較的地味だったミキちゃんが初めて主役の位置に立った途端、
複雑で綾の多い女の顔を妖しく切なく表現した、そんな衝撃の一曲だったのである。

で、この歌詞の意味はと言えば。
四十の坂も下りになった今なおわからんままで過ぎている。




(動画はファイナルカーニバルにおいての『わな』。
 残念ながら一番の後半から二番の前半を省いた短縮バージョンである)

PageTop

ネクラ

昨夜、NHKのニュースで、
「サイゼリヤのピザから微量のメラミンが検出された」
と報じられていた。

「待たれよ」
である。
なぜ【サイゼリヤ】を【ナイアガラ】や【ナイジェリア】みたいな発音で読み上げるのだ。
お気軽チェーンではあっても一応イタリアンレストランではないか。
第一、私はずっと【シャンデリア】とか【アイマスク】と同じ発音で呼んできた。
今さらそれを間違いだとでも言うのか、喧嘩を売っているのか。

何だか世の中から取り残されたような気分になった。
私はこの町から一歩も出てはならん人間なのかもしれない。

だが今朝、フジの笠井アナは私同様の発音でこの話題を取り上げていた。
ベテランの割にやたらカミカミでいつも苛々させられるこの男がちょっと好きになった。

私は東京へ行ったら絶対無口になるタイプの人間だと思う。

忍耐・努力・根性 

PageTop

まぼろし

小学校高学年の頃。
かぐや姫の『神田川』に代表される、所謂同棲ソングというのが流行った。

何ゆえか眠れずに布団の中で買って貰ったばかりの携帯ラジオを聴いていた或る夜、
同じかぐや姫の『赤ちょうちん』が新曲として紹介された。
しんと耳を澄ましていたが、後半部になってだんだんしゃくり上げ、最後には大泣き。
以下の部分である。


   『 あなたと別れた雨の夜 公衆電話の箱の中
      膝を抱えて 泣きました
        生きてることはただそれだけで 哀しいことだと知りました 

     今でもときどき雨の夜 赤ちょうちんも濡れている
       屋台にあなたが いるよな気がします
        背中丸めてサンダルはいて 独りでいるよな気がします  

そして…

ウェイトレスの“私”は、作家志望の文学青年と一緒に暮らしている。

彼は定職に就かず、ペンを持つのが相応しい長い指で時折日雇仕事をする。
キャベツと夢を齧り、こんな暮らしがいつまでも続くわけはないという予感に怯えつつ、
抱き合いまた傷つけ合う。
やがて訪れた別れ。
哀しみを知る大人になった“私”は今独り思う。
不器用だったあなたもやはり独りでいるのではないか。
いや、“私”の中ではいつまでも独りだ、二度と会えないあなたは。

…とまあ、ヒロインになりきりヲイヲイな物語を勝手に作っていたら余計眠れなくなった。
昼間には、青い空、白い雲、わたしの彼は左きき、と晴れやかな夢想をしていたのが、
一夜にして青春の終わりに立ち会ってしまったのである。
私が特別ませていたわけでは決してない。
(TVっ子・漫画っ子の常で変な方向にばかり頭でっかちなきらいはあったが)

この曲が平凡な小六女子さえ背伸びした感情移入に走らせる吸引力を持っていたのだ。

それでも上記の妄想を友だちに話したことは一度もなかった。
そのまま数ヶ月経ち中学に入ると、掌を返したようにがらり趣の異なるユーミンの虜に。
確かに『神田川』も『赤ちょうちん』も胸がきりきりと痛むような感動を与える。
が、同時に、大きな声で好きと言うのを躊躇させるしみったれた湿気も帯びていた。

大体、『神田川』など、三畳一間の小さな下宿、とはっきり述べている。
そんな布団と本箱位しか置けぬ部屋で二人ぎゅう詰めになっている様子を想像すると、
何やら息苦しくて仕方ない、まず物理的に無理だろうと身も蓋もないことを考えてしまう。
いつしか廊下の突き当りにありそうな共同便所の概貌なんかももやもやと浮かんで来、
そこから立ちのぼるアンモニア臭が恋人達の部屋だけでなく私の元にまで漂ってくる。
ひとつ間違えばサルマタケとインキン治療薬の世界になりかねん状況ではないか。
それに、あっちでさえ四畳半あるよな。


一方、ユーミンの曲はどれもリッチでファッショナブルな香りがした。
また、言いたいけど上手く言えない女のコの気持ってやつを胸の中からするりと取り出し、
これ以上的確な表現はないとうれしくなるほど鮮やかな言葉で代弁してくれた。
私のユーミン好きは二十代半ばまで続いたが、かぐや姫を聴き返すことは殆どなかった。

で、ババアになった現在。
『神田川』、『赤ちょうちん』、いずれもやはり名曲であると思う。
だが、まぼろしを映し出したおとぎ話として聴いている。
『神田川』のヒロインも言う。

   『 若かったあの頃 何もこわくなかった
       ただあなたのやさしさが こわかった  』

そう、いつまでも続くわけはないという予感と重奏する恋もまぼろしなのだ。
だからこその美しさに人は涙し、時を経た今もなおふと口ずさむのだろう。

PageTop

またおまえか

半田を訪ねた道中でもいくつか見かけたが、よく妙な黒い看板に出くわす。
白や黄のあまり達者とも言えぬ文字で、
『天の国は近い』
『神は罪を罰する』
『悔い改めよ』
などと短いひとことがしんねりむっつり書かれており、実に辛気臭い。

中には、
『死後さばきにあう』
と、あからさまに脅しをかけているものや、また、南吉生家付近にあった、
『キリストは神の子』
のように、いきなりそれだけで済ますやっつけ仕事風のものも見られたりする。
『カツオは波平の子』
てんならマスオさんの子と勘違いする人がいないとも限らんのでまだ少しは親切だが、
『キリストは神の子』
なんて、それはそうかもしれないがそう言われてどうするのだ、どうしようもないぞ。

態々あちこちに掲げるくらいなら普通はもっと上手いことを言おうとするもんだよなあ…。
いつもそう呟いてしまう不思議な看板たちである。

PageTop

ぶらっと半田

借りっ放しだった工具箱を返しに実家へ行ったがねおみゃあさん(誰だ)。
一家揃って出好きなうち、晴天の休日にじっとしている者など居らぬのは承知なので、
勝手に車庫へブツを置き、さっさと無人の家を後にする。


わざわざ尾州方面まで来たことだし、もう少し足を延ばしてゆるゆるしてこか、と、
知多半島の中ほどに位置する『蔵のまち』半田へ。
こじんまりと落ち着いた地方都市、江戸の頃より酒・酢等の醸造業が盛んであり、また、
『ごんぎつね』、『おぢいさんのランプ』、『てぶくろをかいに』他名作を生んだ童話作家、
新美南吉の出身地でもある。

その南吉の生家へ向かう途中にあった『かわらよし』という和食店にて一寸遅い昼食。
たまには所謂文学散歩などして高尚な香気を嗅いでみるべえか、とか言い合い乍ら、
よさげなお店を見つけるや高尚は後回し、食い気に走る無明の凡夫ら。
なに、食えるうちが花だ。
例のごとくお手頃そうな定食を選んだが、とても凝ったものが一品出しで運ばれて来、
中年夫婦の煤けたハートも忽ち幸福感でいっぱいに。
あーおいしかった、ごちそうさまでした。


で、やっとこさ南吉生家。

001_20081015092607.jpg 

つつましい暮らしぶりがうかがえる内部、炊事場は半地下になっていた。

002_20081015092634.jpg 
004_20081015092715.jpg 


ここからは車を置き、南吉が遊んだり説法を聞いたであろう岩滑八幡社、常福院、

光蓮寺へ寄り、『ごんぎつね』の兵十が鰻を獲る川として登場する矢勝川堤に出て、
そのままぶらぶら南吉記念館まで歩く。

新美南吉記念館はなかなかアーティスティックな建物。
kinenkan1.jpg  
(うまく撮れなかったため半田市HPより拝借)

ちょうど『教師南吉と67人の生徒達』という特別展の期間中で、原稿や日記・書簡等、

安城高等女学校教諭時代の貴重な資料が公開されており、じっくりと見て回った。
生徒たちを支えまた生徒たちに慕われた南吉の人となりが温かに沁み込む思い。
館内には↓のような胸像もあったが、
006.jpg 
通路の奥で秋の柔らかな陽を浴びていた↓の人形のほうが不思議により南吉らしい。
007.jpg 


さて、再び車に戻り、今度は半田運河沿いの蔵町へ。

最初に中埜酒造さんの『酒の文化館』(無料)を見学。
011.jpg 

『男盛りの國盛』ってキャッチフレーズ、大昔CMでよく耳にしたな。

010.jpg 

文化館から続く黒壁の蔵も渋い。

016_20081015093011.jpg 

中ではガイドさんが醸造の歴史や工程を丁寧に説明して下さる。
おまけに飛び込みでも『國盛』の各製品を試飲できちゃったりしたんで、
「せっかく酒どころに来たんやし、あんたは利き酒させてもうてき」
というドライバー様の仰せに従い、
「うん、是非そうするっ!」
二つ返事でいそいそと三種ばかり頂く。
思えば幼少の頃から素直で聞き分けの良い子だと評判だった。

中埜酒造さんにそのまま車を置かせて頂き、徒歩で同族の中埜酢店さんへ。
「♪ ワンッスプーン ワンスプーン ランランランランランララーン」

「♪ 金のつぶ食べよー」
でお馴染みのミツカンと言えばわかり易いだろうか。
こちらも古い建屋を『酢の里』というミニ博物館にし、無料で一般公開している。
歴史コーナーや実際にお酢が造られている発酵室等を興味深く見学。
017.jpg 

運河の両岸に連なる味わい深い蔵群。
“”三に小丸”のこのマークは明治20年・四代目の頃に商標登録されたものだそう。
018.jpg 
019.jpg 

近世・近代・現代の建物を一度に望む。

022.jpg 

前後するが、中埜酒造さんから中埜酢店さんへ向かう途中にあった半田市観光協会。
雑穀商であった旧萬三商店事務所(登録有形文化財)の一部を借りているそうだ。
015.jpg 
掛けたままの注連飾りは、三重は伊勢志摩地方の風習に似た意を持つのだろうか。
ググってみたものの不明。


再々度車に戻り、旧カブトビール工場である『半田赤レンガ建物』へ。
ここも中埜酢店四代目の創業。
024.jpg 
028_20081015093529.jpg 
 
昭和18年の工場閉鎖後、戦闘機『隼』で知られる中島飛行機製作所の資材倉庫となり、
ために何度も機銃掃射を受けた。
北側の壁に今なお残る弾痕。
031.jpg 

ぎりぎりで一般公開期間に当たっていたので建物の中へ。
南吉記念館の特別展にしろ、予約もせず國盛を試飲できた(笑)『酒の文化館』にしろ、
行き当たりばったりもいいとこだったのにえらくツイている。
ボランティアの男性シニアガイドさんが懐かしい尾張訛りでいろいろと説明して下さった。
お話し中にパシャパシャ撮影するのも申し訳ないので内部の写真はこのビール箱だけ。
027.jpg 
昔のデザインってむしろ垢抜けて見える。


ほかに紺屋海道も散策したかったが、そろそろ時間切れ、次の機会にとっておこう。

楽しい一日をおおきにさんでした、半田のまち&おとん。

PageTop

危険な言葉

含蓄は深くとも好んで語る人間に対し嫌悪を催させる言葉がある。
例えば、【親が背中を見せる】。
(
親の他、上に立つ者等にも言い換えられる)

本来【親が背中を見せる】ではなく【子は親の背中を見て育つ】だったはずだが、
昨今主語を入れ替えた言い方が流行り、子を持つ芸能人もよく発している。
あらまほしき姿勢として述べるならごもっともで済んでもおのが信条として披露した途端、
主語だけでなく意も逆位置のタロットカードのように変化する。
黙々と背中で示すなんて自ら正面きって語ること自体が言葉の深さを裏切っているのだ。
まあ芸能人なら仕事柄ファンに夢を抱かせるようなアピールも必要なので致し方ないが、
一般のおっさんおばはんが説教に使うことも多く、そうなるともうギャグである。
鼻毛やうっかり口紅を付けた歯を覗かせ陶酔どアップで迫るに等しいその行為から、
子に示しているらしい謹直な背中など想像することは難しい。
実際に大変な努力家であり尊敬される親だったとしても、赤の他人には説得力ゼロだ。

嘉言は時としてそれを語る者の軽薄さまで暴きだす。

PageTop

困った女

高二の頃、同じクラスに絵に描いたようなぶりっこちゃんがいた。
軽く小首を傾げ、まるで庇護を求めるかの如く上目遣いに人を見つめるのが癖。
そして、主に男子に向けて、何かってーと自分にまつわる質問をふる。
雑談の場に彼女が加わると、
「私、犬は苦手…どうしてかわかる?」
決まって舌足らずな口調で謎かけをし始め、答えを得るや
「ううん(orそうなの)、実は私ね…」
いつしかべたべたと自分語りを繰り広げるのだった。

今現在の話で比べるならモト冬樹の事実婚告白さえ幾らかマシに感じられちゃうという、
私にとっちゃどうでもいい事柄ばかり、そんなのに付き合う親切心は皆無だったので、
「知るか、犬のほうだってきっとあんたが苦手だよ」
胸中で白けた台詞を呟き知らん顔していたのだが、男子というのは結構気がいい。
中には不毛な質問を黙殺し、妙な流れにそっぽを向く硬骨漢もちらほらいたものの、
殆どは何でもないことのようにさらりと話を合わせてやっている。
まあ冒頭述べた仕草がしっくりくるアイドル顔の女の子だったせいも多分にあろう。
可愛いということはそれだけで周囲の善意を引き寄せるのだなあ、といつも感心した。
勿論同性の可愛さに特別の価値を置かぬ私は、困った女、としか思わなかったが。

しかし、だ。
結婚後のおのれの日常を省みてみれば、
…ねーねーねーねー、わかる? あんな、私な、これこれこうでな、んでこう思ってな、
なあ、ちゃんと聞いとる? えっとそいでな、あーだこーだでな、ごちゃごちゃぐだぐだ…
おとん相手に方言丸出しで似たようなことをやっている。
可愛さの欠片もない分、余計始末が悪いとも言えるわな。
迷惑を蒙っているのは気のいい変わり者ただ一人だが、態度そのものは同様なのだ。

面白いもので、世間の集まりに出かけるとやっぱりいい年こいても困った女がいる。
大抵若かりし頃はそうとう可愛かったであろうと想像できる顔立ちをした人だが、時々、
ただ一人の気のいい変わり者を確保できただけで勘違いしたと思われる主婦も見られ、
何ともフクザツな気持ちになる。

PageTop