ボンクラ主婦きすけの気ままな日記
退院してからこっち、暇さえあればグースカ寝てばかりいたため頭がボケボケ。
また弁当作りも再開したことだし、段々通常モードに戻るわさ。

さて。
一昨晩、頂いたコメントへのレスを打つ際、何かしらもやもやするものを感じた。
勿論、コメントを下さった不幸中の幸いさま及びそのコメント内容とは一切無関係で、
元々自身の中に在った私的な蟠りに過ぎないのだが、この機会に一寸まとめておこう。

当ブログは主に日常生活の中でわいた雑駁な思いをせこせこ書き留める日記であり、
特に断りのない限り掲示板他ネット上の出来事を取り上げてはいない。
結果的には重なり合う部分が生じたとしても、重なり合っているだけで本来は別の円、
一緒くたにしているわけではないのである。
但し、重なり合っているだけにその部分のみ濃く浮き上がって見えてしまうのも事実で、
読む人の事情によってはネット上の事柄てな受け取り方になるときもあろう。

ここで、
『書く側と読む側の意図が一致しないのは当然である』
と主観を客観視してみれば、仮に表面的・一時的には齟齬があるように映ったとしても、
実際のところは何の支障にもならない。
掲示板等には紙に書いた文字を唱えるが如く理解理解と他に詰め寄る人が付きもので、
そんな人こそ『意図の不一致は当然』という前提的な理解を放棄していると思うのだが、
ブログはその辺りを明確にし易いので実にラク。
ま、ぺたり平たく言っちゃえば、他人の受け取り方の責任を私に問われたって知るか、
ってだけの話なんだけどさ。
(
少し前の幸田來未・羊水腐る発言騒動だって同じことだ、いちいち喚きたがる奴は、
まず自分の脳味噌が腐っていないかどうかを疑え
)

しかし。

根本的には単純な勘違いに過ぎなくとも、掲示板等他とのやりとりを目的とした場では、
これが釦の掛け違いとなって面倒なことへと発展してゆく場合も多い。
個々に自意識を加減できれば大した問題にならないが、如何せん、ネットの繋がりとは、
自意識を基にした人格の繋がりとも言えるため、他に対する憶測も一人歩きしてしまう。

掲示板等でよく見かける、他を誹謗したり揶揄することでしか自論を立てられぬ人々、
いや、自論がないからこそ他の言に絡みつくことでしか自分の存在を示せぬ人々は、
チンケな自己満足のため故意に釦を掛け違えて空騒ぎしているつまんねえ人種だ。
が、本当に怖いのは、一人歩きした憶測を誠実さにすり替えて存在を示す人だと思う。
下手すると、公開の場だけでなくメールを使って説教したりお節介を焼いたりすることで、
ネットからの触手により現実的なストレスをもたらして下さる有難い人も出てきたりして、
げっそりさせられる破目になる。

ネットは日常生活に溶け込んでいるが、ネットを日常生活の形代にできるわけじゃない。
ネットでコジュウト(小舅・小姑両方ね)になっちゃう人は、それがわからぬ馬鹿である。
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