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茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

私のための言葉、私のための空気

世の中には、フツーに会話のできぬ人、ってのがいる。

例えば、いかにもおばさんな話題だが、
「この間Aへ焼肉食べに行ったら美味しかったー、子どもたちもがっついてたわ」
「わあ、いいわねー、うちはBがお気に入り、なかなかよ」
「うちはCかな、もみダレがさっぱりしてて好き」
わいわい言い合っていたとする。

そこへ、
「あら、おうち焼肉の団欒に勝るものはないでしょ。
 タレだっていくらでも美味しく工夫できるし、何より真心がこもっているじゃない。
  家族も私の焼肉が一番美味しいって喜んでくれてるわ」
このように御立派な発言をする人がいたら、てか、現にいるから挙げたんだけど…

どっさり塩を撒いてやりたくなるね、私ゃ。
焼肉の話をしてんのに、何ゆえ“真心”なんぞという崇高な世界を持ち込むのか。
たまの外食の満足感を分かち合ってんのに、何ゆえあなたの自慢話で締めるのか。
興醒めもいいとこじゃん。

こういう人は“真心”の他に“優しさ”・“気遣い”・“思いやり”等の言葉も好きだ。
私からすれば、それくらい不遜な態度もないんじゃねーの、と吃驚してしまうのだが、
「あなたは優しい人ね、ってよく言われるの」
「○○さんをこうして気遣ってあげたら感謝されて…」
とまあ、上記の言葉を何の躊躇いもなく【我がこと】として口にする。
時には、
「△△さん、旦那様とうまくいってなくてね、思いやりが大事よ、ってアドバイスしたの」
おいおい、しゃらっとよそさまの事情をバラしといて、思いやりもクソもあるかよ。
とにかく、何も焼肉の話だけじゃなく、げらげら笑える話やしんみりした話に加わっても、
そんなことばっかり言っているのである。

人は、場の空気が読めないという理由だけで他を厭うことなどあまりないように思う。
場の空気を【我がもの】に変えねば気が済まないあさましさに嫌悪を感じるのだ。
だが、フツーに会話のできぬ人である以上、他の言など耳に入らない。
美しい言葉を並べ、トイレ芳香剤みたいな臭いをプンプン振りまき、元気溌剌今日も行く。
そりゃあなたは他を疲れさす側の人だもんね、御自分はちっとも疲れないでしょうよ。

いやはや、顔を思い浮かべるだけでもうんざりするわい。

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