二年前のちょうど今頃、ぼうずは初めての受験を目前に控えていた。
都会と違い保護者の中受熱がそう高くない土地柄、家系的な使命を背負っていたり、
教育に対し一家言を持つ家庭でなければ、初めての受験=高校受験を指すことが多い。
優秀なお子さんでも優秀な公立高に進み優秀な大学を目指すというのが一般的だ。
志望校を決めるに当たり、夏から秋にかけ色々とすったもんだがあった。
当地方の公立高は、上位校と中位校の間に些か極端さを覚えるほど学力の開きがある。ぼうずは上位校を狙うにはかなり学力が足りず、中位校だと何だか少々勿体ない。
また、その学力自体も、模試等による塾の評価と学校の評価との間にえらく開きがあり、
(奴の場合、内申が悪いこと即ち先日書いた義母が言うところの“ちょけ”ってことだし、
実際、あまりにも幼い面があったので特に不満は感じなかったが)
とにかく何やかやと微妙な問題が横たわっていたのである。
結局、おいおいその成績で受けるんかい、な上位校を志願することに決めた。
学校の先生の消極的な顔色を読むまでもない、当の親でさえ無理は承知の話。
が、幼い反面、賢さへの尊敬を抱くショーネンであることも事実だったりするわけで、
ぼうずは元々その高校に対する憧れを洩らしていたし、私としても、
「ラクな公立高へ行くのなら、指導の細かい私立高へ行った方がこの子にとっては良い。
でも、私立専願でなく、ラクじゃない公立高へもチャレンジして欲しい。
逃げずにぶつかれば、悪い結果だって糧になる」
てな思いを持っていた。
そしてそれは、塾の先生とぴたり同じ考えでもあったのだ。
師走の声を聞く頃には母子の言い争いも少なくなり、そのまま落ち着いた元旦を迎えた。
それなのに。
試験が近付くにつれ、表面はともかく心中平静ではいられなくなってきた。
高熱を出して行かれなかった遠足。
ヘルニアの手術で出られなくなった運動会。
一生懸命練習してきたのに喘息発作で退場したおゆうぎ会。
自転車で出かけたはいいが、隣市の交番から電話がかかってきた迷子事件。
立ち入り禁止の廃ビルを探検し、トラ柵の角で腕を切って十針縫った負傷事件。
大型ショッピングセンターでたまたま知らない他中生数人の万引き現場に居合わせ、
連絡を受けてすっ飛んで行った濡れ衣事件。
…何故なんだろう、肝心な時に体調を崩した思い出や、ええ加減にせい、な思い出が、
次から次へと蘇ってくる。
そして、
「志望も何も…公立・私立に関わらず、まずこの子を入れてくれる高校があるのだろうか」
やたら身も蓋もない恐怖に襲われる。
自分が情けなかった。
そんなときである。
以前から傾倒していた或る先生のブログに
『試験当日注意・試験官は鬼に非ず』
という一文が登場。
このようにむさ苦しいところでお名前を挙げるのも失礼だが、猫ギター先生だ。
そこには、わかっているようで言われてみないと気付けぬ実地に立った諸注意が、
受験生を包み込むようなユーモアを交え、丁寧に丹念に綴られていた。
何より胸を打たれたのは、
「試験官は鬼でも敵でもない。受験生の味方である…」
タイトルにつながる温かな結びの部分だ。
読み終わったときには大袈裟でなく滂沱の涙。
【試験官は鬼に非ず】
「そうやんか、こういう言葉がけこそ真っ先にしたらなあかんことやんか。
それをまあ私ときたら、何ぐじぐじつまらん心配ばっかしとんねん」
急に肩の力が抜け、すとんと憑き物が落ちた。
印刷させて頂き読ませたそれを、ぼうずは自ら勉強机の上の壁に貼った。
試験に際してのアドバイスは、活字でもネット上でも多々見られる。
だが、これほどまでに慈愛にあふれた受験生への励ましを、私は知らない。
そしてこの一文は、受験という一事のみに限らず“親としての在り方”そのものにおいて、
以後折々にしょむないおかんへ深い示唆を与えるものとなった。