茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

不意打ち

衆院予算委質疑でもちらり取り上げられたギョーザ問題。
「当分冷凍食品は買い控えだなあ」

などと思いつつ近所のスーパーへ。

途中、何故か普通に歩くのがつまらなくなり、しーんと人けのない細道なのを幸い、
何十年ぶりかでスキップしてみたら、神社の納屋から突然おじいさんが出てきた。

びっくりした

だろうな。

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教えて婆

ぼうずは今どき珍しい泥んこ小学生だった。
低学年までは病がちでよく学校を休んだが、体力がなかっただけで元々活発な性格、
10歳を超えると喘息発作も出なくなり、毎日野猿のようにあちこち駆け回っていた。

当然、勉強のことなんかなーんも考えていない。
私の実家がある街は、“大いなる田舎”と言われつつもそれなりに栄えている都会、
三人のいとこはみな中受組で、小四から進学塾に通い、自ら進んで勉強していた。
私の血も多少は引いている筈なのに何と偉い子らだろう、と正直自慢の甥姪なんだが、
子どもはそれぞれだしなあ、うちの奴だと無理矢理縛り付けて重苦を与えるようなもんで、
たぶん曲がってしまうんじゃないか、と、ぼうずの尻を叩く気持ちは起こらなかった。
とにもかくにも丈夫になってくれてめでたい、という思いの方が強かったせいもあろう。

とは言っても、全く不安を持たなかったわけではない。
学校からは夏休み以外殆ど宿題が出ず、しょうがないんで市販のプリント問題集を買い、
努力はしていた、やらせるだけという努力は。
だが、国語はともかく算数は、
「これどうするのー、わからーん」
と頻繁に呼ばれる。
親も親で、国語はともかく算数は、五、六年生にもなると解説の仕方がわからーん。
余計に混乱させてしまいかねないんで、
「悪い、あんたが学校の先生に聞いてきて、おかあさんに教えてちょうだいさあ」
などと言っている始末。

ま、学校の休み時間なんぞやっぱり遊ぶのに費やしてしまったわけだが、それでも
「あんなあ、これはこういう風に考えて、こうやんのやて」
ごくたまにはちゃんと聞いてきて説明することもあった。
そして、何度かそんなことをしているうちに、ふと気づいた。
「なるほど、ようわかったわー、また教えてなあ」
と感心するこちらの言葉に、とても嬉しそうに胸を張るのだ。

で、勉強以外のちょっとした会話においても、ときどきそうするようになった。
ぼうずが唯一好きだった日本の歴史関連の事柄など特に、わざと質問には答えず、
「どやったかなあ、おかあさん忘れてもうた、ここはひとつ、あんたが調べて教えてなあ」
と頼む。
すると、本棚から色々引っ張り出してごそごそ探し始め、
「おかあさん、桂小五郎は木戸孝允になったんやぞ」
得意気に披露する。
勿論、こんなのは教育でも何でもない、むしろ駄目親ぶりをさらしているだけなんだが、
単なる親子のふれあいとして見るなら、そう悪いことでもなかったかな、とは思う。


冬休み、何だかようわからん洋画のDVDを借り、
「うーん、これは面白いなあ」
と観ていたぼうずだが、私は眠くなるばかり、途中で寝室へ引き上げた。
翌日、世界史の分厚い資料集みたいなのを持ってきて、
「おい、せめてこことここのページだけでもええで、しっかり読んどけ。
洋画はある程度キリスト教の知識がないと楽しめん作品も多いぞ」
だと。

ここ数年は真の教えて婆になっているため、先手を打たれちまった。

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チラ裏

しかしまあ、『ちりとてちん』には困っちゃう。
朝っぱらから目鼻が真っ赤、ゴミを出しに行くにもきまり悪いったらありゃしない。

「♪ あーあー 誰にもー ふるさとがあるー ふーるさとがあーるー」

作詞者である山口洋子氏は、実際に五木ひろしの故郷・福井へ足を運んだことがなく、
イメージのみに頼って書いたため評価の高さに怯んだ、という話を以前何かで読んだが、
シンプル且つベッタベタなこの曲が、だからこその輝きでもって迫って来る緻密な脚本、
いや、も、まんまとはまらせてもうてありがとう、としか言いようがない。

人に歴史あり。
そして、この、取るに足らぬようでそれなりに何やかんやあり、でもありふれた毎日も、
やはり歴史なり、なんかな。
ふとそんなことを思ったりする朝ドラだ。


話はころっと変わる。
ええかげんな主婦なんで、休日のお昼は手間のかからぬメニューで済ますことが多い。
その筆頭がラーメン。
テキトーに具をトッピングして青菜のおひたしでも添えりゃ、結構な御馳走だぜよ。
手間暇かけて作った品よりかえって喜ぶ家のもんらを見ると、少々むっとするが。

最近は近所のスーパーにもさまざまな生タイプラーメンが置かれ、旭川、喜多方、高山、
和歌山、尾道、熊本他、有名どころのものが干物と豆腐の間のコーナーを賑わしている。
どえらい高いわけでもないため、ちょっと奮発、てな感じであれこれ試してみたが、
結局落ち着いたのはごくフツーの安価なこれ。
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うちでは皆揃って最も気に入った。
あ、ついでながら、まさにチラシの裏へ置いてみました。

また、これはずっと前からの定番だが『サッポロ一番味噌ラーメン』も好きだ。
インスタントかよ、と言う人には、じゃああんた、このくらい美味しく作ってみ、と思う。
同じ意味で、来来、横綱、金龍、スガキヤ、天一、8番等の財布に優しいラーメンに対し、
「化調の味がしてどうにも受け付けなかった」
などといちいち本格派の嘆きを見せる人も苦手。
そりゃ、毎日の料理に好んでどばどば化調を使う人などそうはいないだろうが、
ずれた気取りってのは何だか白けるものだ。

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落魄の紳士

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私ゃ、
「♪ 見たか聞いたか伊勢の国ぃ 心うきうき噂の館ぁ その名も国際秘宝館~」
と脊髄反射的に歌っちゃったりするが、波平が相好を崩したみたいなこのおやじの顔、
伊勢志摩方面に多少馴染みを持つ方ならば或いは見覚えがあるかもしれない。
懐かしくもとほほにうら寂しく色褪せた『元祖国際秘宝館』の広告看板である。

そこは私が小学生時代からあったとんでもなく怪しい珍スポット。
流石に行ったことはないが、冒頭のCMソングはよく耳にしていたし、このおやじを始め、
色々なタイプの看板が伊勢近辺の国道沿いや線路沿いにうじゃうじゃ見られたものだ。

幼稚園の頃のぼうずなど、
「あっ、おじさんだー、わっ、またおじさんだー、きゃっ、またまたおじさんだー、…以下略」
延々と続く看板を、首を振り振り窓から追い続けた挙句、
「うえー、きもちわるなってきた」
…車酔いしてやんの。

しかし。
猥雑な昭和の遺物でしかなかったのか、平成に入ってのちは年々寂れていったようで、
昨年三月末、遂に閉館。
あれほど鬱陶しく並んでいた看板も綺麗さっぱり消えた。
私が確認した範囲に限れば、現在は伊勢市の宮川大橋北詰付近(撮影地)と、
池の浦付近の二地点にしか残存しない。
絶滅は間近、そのどうでもよさゆえの物哀しさを込め、ここに挙げておく。

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受験と金言

二年前のちょうど今頃、ぼうずは初めての受験を目前に控えていた。
都会と違い保護者の中受熱がそう高くない土地柄、家系的な使命を背負っていたり、
教育に対し一家言を持つ家庭でなければ、初めての受験=高校受験を指すことが多い。
優秀なお子さんでも優秀な公立高に進み優秀な大学を目指すというのが一般的だ。

志望校を決めるに当たり、夏から秋にかけ色々とすったもんだがあった。
当地方の公立高は、上位校と中位校の間に些か極端さを覚えるほど学力の開きがある。
ぼうずは上位校を狙うにはかなり学力が足りず、中位校だと何だか少々勿体ない。
また、その学力自体も、模試等による塾の評価と学校の評価との間にえらく開きがあり、
(
奴の場合、内申が悪いこと即ち先日書いた義母が言うところの“ちょけ”ってことだし、
 
実際、あまりにも幼い面があったので特に不満は感じなかったが)
とにかく何やかやと微妙な問題が横たわっていたのである。

結局、おいおいその成績で受けるんかい、な上位校を志願することに決めた。
学校の先生の消極的な顔色を読むまでもない、当の親でさえ無理は承知の話。
が、幼い反面、賢さへの尊敬を抱くショーネンであることも事実だったりするわけで、
ぼうずは元々その高校に対する憧れを洩らしていたし、私としても、
「ラクな公立高へ行くのなら、指導の細かい私立高へ行った方がこの子にとっては良い。
 
でも、私立専願でなく、ラクじゃない公立高へもチャレンジして欲しい。
 
逃げずにぶつかれば、悪い結果だって糧になる」
てな思いを持っていた。
そしてそれは、塾の先生とぴたり同じ考えでもあったのだ。
師走の声を聞く頃には母子の言い争いも少なくなり、そのまま落ち着いた元旦を迎えた。

それなのに。
試験が近付くにつれ、表面はともかく心中平静ではいられなくなってきた。
高熱を出して行かれなかった遠足。
ヘルニアの手術で出られなくなった運動会。
一生懸命練習してきたのに喘息発作で退場したおゆうぎ会。
自転車で出かけたはいいが、隣市の交番から電話がかかってきた迷子事件。
立ち入り禁止の廃ビルを探検し、トラ柵の角で腕を切って十針縫った負傷事件。
大型ショッピングセンターでたまたま知らない他中生数人の万引き現場に居合わせ、
連絡を受けてすっ飛んで行った濡れ衣事件。
…何故なんだろう、肝心な時に体調を崩した思い出や、ええ加減にせい、な思い出が、
次から次へと蘇ってくる。
そして、
「志望も何も…公立・私立に関わらず、まずこの子を入れてくれる高校があるのだろうか」
やたら身も蓋もない恐怖に襲われる。
自分が情けなかった。


そんなときである。
以前から傾倒していた或る先生のブログに
『試験当日注意・試験官は鬼に非ず』
という一文が登場。
このようにむさ苦しいところでお名前を挙げるのも失礼だが、猫ギター先生だ。
そこには、わかっているようで言われてみないと気付けぬ実地に立った諸注意が、
受験生を包み込むようなユーモアを交え、丁寧に丹念に綴られていた。

何より胸を打たれたのは、
「試験官は鬼でも敵でもない。受験生の味方である…」
タイトルにつながる温かな結びの部分だ。
読み終わったときには大袈裟でなく滂沱の涙。

【試験官は鬼に非ず】
「そうやんか、こういう言葉がけこそ真っ先にしたらなあかんことやんか。
 
それをまあ私ときたら、何ぐじぐじつまらん心配ばっかしとんねん」
急に肩の力が抜け、すとんと憑き物が落ちた。
印刷させて頂き読ませたそれを、ぼうずは自ら勉強机の上の壁に貼った。

試験に際してのアドバイスは、活字でもネット上でも多々見られる。
だが、これほどまでに慈愛にあふれた受験生への励ましを、私は知らない。
そしてこの一文は、受験という一事のみに限らず“親としての在り方”そのものにおいて、
以後折々にしょむないおかんへ深い示唆を与えるものとなった。

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神宮さんへ初詣

土曜日。
ちょっと寒いが天気は上々、またおっさん・おばはんでお伊勢参り。

お昼も近かったので先に腹ごしらえ。
水族館や夫婦岩に直結する二見プラザという割合大箱の観光施設内にありながら、
美味しい魚介料理がお値打ちに食べられる『二見ヶ浦食堂』へGO!
この施設は駐車料金が600かかるものの、それを含めても損した感の無いお店だ。
ま、おとんは元々伊勢っ子、少し離れればタダで停められる所があるのを知っており、
いつもそこからてくてく歩くわけなんだが。

新鮮でボリュームのあるお造り・煮魚・磯の味噌汁からなる『岩戸定食』@1,500円と、
それに伊勢海老一尾のお造りが付いた『二見定食』@2,980円をお願いし、シェア。
前回頂いたサービス券で磯汁が伊勢海老汁へ昇格、ホクホクしていたのだが、
贅沢にも全く生臭さの無いぷりぷりしたカキまで具になってますがな。
あー、幸せ、まことにごちそうさまでした。

クルマへと戻る際、水族館入口前のトドくんをしばし眺める。
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この『シーパラダイス』は、規模こそ小さくとも直接セイウチに触れることができたり、
画像のようにトドと記念撮影できたり(ちゃんとポーズを決めてくれる)、とても温かでいい。
ぼうずもそうだったが、子らは意外なことに立派な水族館より大はしゃぎする。


さて、伊勢神宮の参拝はまず外宮さんから。

第一鳥居口参道の火除橋。

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正宮。
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まだ一月のうち、なかなかの賑わい。
内宮さんに比べいつも人出の少ない外宮さんだが、厳かな中にも安らげる空気が漂い、
慣わし云々に関係なく是非こちらへも参拝して欲しいな、と思う。
ぼうずの新しい交通安全守を授与して頂き、清爽な気持ちで内宮さんへ向かう。


内宮さんはやはりどえらい人、赤い顔したおいやんたちもちらほら。


宇治橋。
着いたときはあまりに混雑していたため、黄昏が迫ってやや落ち着いた帰り際に撮影。
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五十鈴川の御手洗場。
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正宮手前の夫婦杉。
どんなに大勢の人でごった返していても、太古よりの杉が発する気は神々しい。
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参拝後はおはらい町及びその一角のおかげ横丁へ。

『赤福』はまだ休業中だ。
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明治の末頃創業の『岩戸屋』、昔からお多福の看板で有名。
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店頭には木像も鎮座、よく見るとちょっと怖い。
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喫茶店の前でくるんと丸まっていた可愛いねこ。
道行く人が次々に撫でていってもどこ吹く風ですやすや寝ていた。
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利休饅頭の『藤屋窓月堂』。
昨年十月に亡くなられた藤波孝生元官房長官の生家。
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銀行や郵便局もこの通り味わいがある建物。
なお、銀行の注連飾りは決してしまい忘れているわけではない。
伊勢地方ではどこの家でも厄除けとして一年中注連飾りを掲げておく。
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おかげ横丁内にある招き猫グッズの店『吉兆招福亭』。

うーん、ここは危険だ、どれもみな欲しくなってしまう。
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そのお向かいにあった渋い煙草屋『つぼや』。
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ねこの旦さんも↑のように誘うことやし、と早速キセルの刻み煙草を試し、
「あかん、クラクラする」
情けない声で周囲の人々に笑われていたどこぞのおっさん↓。025 - コピー

その後、一筋東の漬物店『傳兵衛』でスティックきゅうりを齧ったらすぐに治ったとさ。
いや、ほんと美味しかったから、実は夫婦で五本もバリバリ。
食うのに夢中で画像は無し。


ガハガハ笑いっぱなしで過ごす一日はいつも暮れるのが早い。

もう一度宇治橋の手前に戻り、一礼して伊勢を後にした。


で。
先述の『吉兆招福亭』にてつい買ってしまったピンバッジとシール。
ぼうずへのお土産だ。
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醒めた反応が返ってくるかと思いきや、
「お、かわええやん」
普通に喜んでいた、本当につけたり貼ったりするかどうかは知らんけど。

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慣例

国会中継を見ていたら、
「ぎちょおーーーーーーーーーー」
「~を望みまーーーーーーーす」
御法川議員が放つ間延びした声。
議事進行係が行う申し出である。
そう言えば、随分前に小渕優子議員の練習風景がニュースになったこともあったな。


笑えるっちゃ笑える慣例だが、実はちょっとやってみたかったりする。
今どき山でも

「やっほーーーーーーーーーー」
と叫ぶのはかなり恥ずかしい。
が、満堂の視線どころかTVカメラまで入る場で朗々と声を張り上げられるのだ。

夕陽に向かってバカヤロー的な勢いでもって慣例を打ち破る自信はある。

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笑えるグッズ

朝、ぼうずの部屋から異様な音が。
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何かの景品で貰ってきた目覚まし時計だそう。
が、すぐに止み、またしーん。
「ちょっとっ、いつまで寝とんの!」
結局、常の如くダーンとドアを開け、起こさねばならなかった。

時間になるとプロペラが外れ、ブンブン飛んでゆく→拾って本体にセットし直すまで、
しつこくアラーム音が鳴り続ける→否応なしに立ち上がる。
謳い文句ではそんなスグレモノなんだとか。
が、どこかへぶつかった後枕元に舞い戻り、何の苦もなく止めることができたらしい。
笑える。


昔はこういう無用の長物すれすれグッズばかりを専門に扱う会社が沢山あり、
漫画雑誌等に競って通販広告を出していた。
裏表紙の内側ページいっぱいに種々雑多な商品がびっしりと掲載されており、
『1・2の三四郎』を読んだ後、隅から隅までつぶさに見ていたものだ、物好きにも。
振り返ってみれば、私の知っている昭和ってずいぶん胡散臭い時代だったなあと思う。

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本当は美化委員

主婦は概して苦労話を好む。
地域やPTAの親睦会にしろ、ただの食事会・飲み会にしろ、主婦の集まりに参加すると、
終盤には必ずと言っていいほど苦労話が咲き乱れ、結局はそれしか印象に残らぬまま、
はい解散、てな流れとなる。

尤も、過去・現在に関わらず、その苦労を訴えること自体には何ら抵抗を感じない。
人さまの忍耐や頑張り等に敬意を払える程度の想像力は持っているつもりだし、
人間の不思議さで愚痴にも似たそれの中にきらり光る心が垣間見えるときもあるからだ。
第一、他の思惑を意識して自分の話したいことを内に閉じ込めたままの人付き合いなど、
情味どころか意味さえ無い、てか、そんなのやってられんわな、実際がとこ。

逆戻りするが、苦労話ってのは主婦限定でなくどんな人々だって好きなのだろう。
わざわざ“主婦は”としたくなるのは、苦労話を正義へと発展させる術に長けており、
そこに特有の臭気を感じるせいだ。
おのれに対する理解や共感を求めたり、助言の材料とするだけに飽き足らず、
「このような経験をした私の言に間違いはない」
「皆さんにも私のような正しい処し方を教えてあげよう」
と、高みに立っちゃう人が結構多いのである。

他人と話をする際、それが自分語りにせよある程度相手に合わせた姿勢を心がける。
だが、上記のタイプの人は自分に相手を合わせることしか考えていない。
そして、苦労話という元々反論のしにくいものを切り札に
「あなたのために言っているのよ」
と唾を飛ばし、他人を使って自己の美化を推進しようとする。
主婦はよく風紀委員に例えられるが、本当は美化委員なのかもしれない。


で。
何が言いたいかというと、もう新年会なんか誘わんでくれ、ってことだったりする。
家庭にどっぷりのつまんねえ奴と説教されても、休日くらい夫婦で過ごしたいのさ、私ゃ。

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ばあやん

私の義母はかなり口の悪い人だ。
が、スカッとした性格を表す口の悪さであり、全く不快ではなくむしろ笑える。

年始に訪ねた際も
「何やあんた、一人前に大学行く気でおんのか。
 ばあやんが大学の人やったら絶対あんたみたいなちょけは入れたらへんでー」
ぼうずをつかまえ早速毒口。              (註:ちょけ=おっちょこちょいの意)
「いやいや、現にばあやんの息子かてちゃんと入っとるし」
と生意気な逆襲をすれば、
「そうなんさ、あんときはほんまにほんまでばあやんが大学の人になった気ぃしたわー」
真顔で返し、おとんも苦笑。

ただ、齢八十近くなり、ずいぶん腰も曲がってしまったような。
仏壇へ手を合わす後ろ姿に、
「ばあやん、この頃小さなったなあ」
ぼうずが呟き、少ししんみり。
何だかんだ言って自分を大らかに見守ってくれる有難い存在なのだ。

ところが、
♪チャララララララ ラーララー
突然そこへけたたましく響く『渡る世間は鬼ばかり』のメロディー。
「もしもしー、あー、○○さんかいなー、おめでとうさん」
誰がダウンロードしてくれたものやら、義母のケータイ着メロであった。

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いちいち踊る馬鹿・いちいち怒る馬鹿

自身の知性の無さを痛感したため、成人後は他人に面と向かって、
「馬鹿」
という言葉を放ったことが殆どない。
勿論、
「お前こそ」
と返されたくないだけのしみったれた了見に過ぎず、腹の中では頻繁に叫んでいる。

ネットの掲示板においても同様、文字にこそしなかったものの、パソコン画面を睨み、
しょっちゅう馬鹿だの何だの悪態をついてきた。

私が最も馬鹿だと感じるのは、誰もが食傷している手垢まみれの今さらな言葉や、
老朽化した“はあ?”な言葉を、
これぞ伝家の宝刀、みたいに振りかざす人である。
たぶん本人は、ばしっと決めてやるぜ、なんて小鼻をうごめかしているんだろう。
それがありありと表れている文にこっちの顔が赤らんだりして、ひどく腹立たしい。

大体、こういう人は、普段からやたらめったら他と関わりを持ちたがるくせして、
何故か人の文をよく読まないでレスすることが多い。
あくまでも例えだが、“天麩羅をカラッと揚げる極意”てな話で盛り上がっているところへ、
やあやあ我こそはと乗り込み、自信たっぷりにゆで卵の作り方を説いたりする。
また、粋な人々がさらりおふざけを楽しんでいれば、そこへも騒々しく首を突っ込んで、
二つのゆで卵でソーセージを挟んだ画像なんか紹介しちゃったり的醜行を働く。
しまいにゃこっちがひとりごちる非難さえ、
「ちゃっぷいちゃっぷい、どんとぽっちい」
などとついついその人風味になってしまい、さらに忌々しさが募る。

掲示板へ書き込みをすることもなくなった今日この頃。
偏った独り言しか呟けぬおのれを知ったからであり、他人の態度云々には全く関係ない。
が、時折掲示板を覗き、健在どころか顔役を気取っているその人の文に出くわす度、
「あんたのせいで掲示板が馬鹿馬鹿しくなったのだ」
と言いがかりをつけ、負けず劣らずの馬鹿っぷりを露呈してしまいそうになるので困る。

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適材適所

お前が言うな色塗りたくりの単調で無責任なたわごとだが。

私ゃ頭の良い人間はどの方面に在っても相応に出世し、人の上に立つべきと考える。
頭の良い人間がどんどん頭を鍛えて人の上に立ち、その頭でもって諸方から人を、世を、
より良く動かしてくれたら、こんなに有難いことはないぞえ他力本願南無阿弥陀仏。

んじゃ、特に頭の良い人間でなければ、どうするか。
やっぱり頭を鍛え、出来得る限り良くしなくちゃいかんと思う。
人の上に立つ者の力量を見抜く努力を怠っては大変な目に遭いかねない。
せめて、詐欺や変な宗教に騙されたり、虚妄の言に惑わされる人間にならぬよう、
学ばねばならない。

言い換えれば、人間はどんな立場の者であれ、自に他に適材適所ってことを模索する、
そのために
生きているような気がする。

学校は全ての子どもたちの頭を鍛える場であり、且つ上記の雛型を成す世界でもある。
そこで人の上に立っている最も頭の良い人間は、当然、先生だ。
ゆえに権威を持って然るべき存在なのだが、現実にはそうでない。
親の資質の低下に混乱する先生、先生の統率力の低下に混乱する親の姿が映る。

が、お互い問題含みの双方、対立の構図をぐだぐだ描くことのメリットもなさそうだし、
何が何やらわからんめんどくさい状態なんで、私はおのれにしっくりきたものをベースに、
昔ながらの信頼の構図を上書きするしかないな、と思っている。
そう、学校の新たな在り方も、自に他に適材適所の意識を高めることから始まるのかも、
なーんて、カビ臭い湿気を感じながら、身勝手な温故知新に縋っているのだ。

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