茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

赤いスニーカー

一昨日。
ガシガシと便所掃除をしていたら、
「なあ、おかあさん…」
頭上からぼうずの声。
「何やっ、このクソ忙しいときにカネかっ!」
「ようわかったなあ」
てっ、あんたが『おかん』でなく『おかあさん』と呼ぶときはロクな話っちゃうわい。

スニーカーが欲しいとのこと。
そればっかり履いている赤のコンバース・キャンバスオールスターは傷みが激しいし、
替えのものも結構くたびれておる。
そろそろ買いに行かせたらんとあかんなあ、と思っていたくせに、
「あー、一葉さんもフィールがセイムでリラクタントリーな顔しておいでるわー」
などとルー大柴風にお金を渡したりし、やっぱりいちいち減らず口を叩くのであった。

買ってきたのは全く同じ、赤のコンバース・キャンバスオールスター。
だが、
「まだまだほかすわけにはいかへん」
古いほうのそれをせっせと洗いだした。
こういう螺旋を描くような情を愛着と言うのかもしれぬ。

来年も元気に履いて出かけて、元気に帰ってきとくれなあ。


寒さ厳しい大晦日となりました。
どちらさまも、よいお年を!

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BGM

師走の最終三日間くらいは私も走るぜランデイ婆走と駄洒落も寒い年の瀬、
何やら広範囲で雪が降りそうだとか、げげ、たまらん。

押し詰まってくると、毎年必ず第九ではなく『カルメン』の前奏曲が脳内に鳴り響く。
こういうベッタベタな思考回路って、ドリフ世代の特徴かしらん。

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わっ

糞ババアっぷり全開の寂れた自己満足ブログなんでアク解も滅多に見なかったんだが、
久々に開けてみたらここ数日いらして下さる方が増えており、『?』。

なんと、物凄い文章(陳腐ながら他に言いようがない)を書かれるある先生が、
リンクに加えて下さっていたのだった、どひゃー!
光栄どころの騒ぎではない。
祭りだ祭りだ祭りだマツリダ~ゴッホ~。

ただ、常に俗臭プンプン、下品な話が大好きなんで、御迷惑がかからないか心配だ。
チッ、てな折はどうぞ何のお気兼ねもなく外して下さいますよう…。

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さらり

大昔。
同じ会社の十数人が連れ立って、レトロに装った風の一寸小洒落た居酒屋へ。
選挙絡みの応援だかで、各課より一、二名駆り出された折のことである。
こうして顔を合わせるのもいい機会、ついでに皆で一献という流れだったのだろう。
たまたま女性は五年先輩のSさんと、一年生社員の私のみ。
部署が違うため、普段はすれ違えば挨拶をする程度の間柄だった。

店内では隣り合った二つの大卓に案内されたので、じゃ紅一点ずつ別れてね的に、
Sさんと話のできない位置へ座ることになり、知らない男性ばかりの中で少し緊張。
彼女はさすがに先輩らしく皆顔見知りのようで、すんなりその場に溶け込んでいる。
ビールで乾杯し、取りあえずの皿をつまんで、あとは各自好きなものを、てな頃には、
弾んだ笑い声が聞こえてきた。
だがまあ私も、自身は口下手ながら人の話を聞くのは大好きである。
周囲が快活な人々だったこともあり、ぎこちないなりに調子を合わせ、楽しんでいた。

そのうち、何人かがまとめて冷酒をオーダーするのに私も便乗させてもらった。
出されたそれは『もっきり』スタイル。
枡の中にコップを入れ、わざと溢れるようについで供する、今じゃ珍しくも何ともないが、
当時はディープな立呑みのお店でしか見られなかったあれだ。

ううむ、こりゃどうやって飲めばよいのだ、と些か当惑した。
枡に零れた分を飲んでははしたないだろうか、けど、そのままにしとくのもナンだし…。
同じように冷酒が運ばれた隣人を真似ようにも、トイレなのか席を外している。
結局、ええい、どうでもいいや、とコップを脇へ取り出し、枡から直接飲んだ。

すると。
少し離れた席の、美男だがとっつきにくそうなんで特に言葉を交わさなかった男性が、
「へー、意外だなあ。
 女の子ってこういう場合、枡のほうは飲まないままでいるのが普通だと思ってた。
 
そうじゃなくても、コップのほうを少し減らした後、枡から移すとかね」
やたら驚いたように大きな声を上げる。
何だ何だと四方のテーブルからも注視を浴び、思わずかーっと赤面。
「わー、すみませんー、がさつなもので…」
すぐに笑ってごまかしたが、床を無理矢理掘削して入りたい、てな気分になった。

と、間髪を入れずそこへ、
「えー、○×さんこそ意外だわー」
Sさんの陽気な声。
まだ手を付けていなかった冷酒を自分も枡から直接クイッと空け、
「お酒は気を遣わずに飲むから美味しいのにー」

彼女の人柄ゆえか、ごもっとも、といった感じの温かい笑いが起こった。
当の○×さんさえ別に気を悪くした様子もなく笑っている。
Sさんは何事もなかったように再び周囲の人々と話を続け、私もへらへら元に戻り、
そのまま和やかなムードのうちにお開きとなった。

別れ際、挨拶に近寄ったら、
「おつかれさま、また今度一緒にゆっくり飲もうねー」
朗らかにそう答え、手を振ったSさん。

かっこいいとはこういう人のことを言うのだと思った若かりし頃のひとこまである。

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暮れ

どうでもよさそなことにばかり几帳面なので、表は自筆、裏は印刷に一言文を添え、
せっせと年賀状を書いている。
顔さえ知らぬおとんの関係の方面には、もっともらしく小綺麗な挨拶。
毎年のこと、代筆はとうにバレバレだが、ちょっと手書きの文が入っていると、
やはり目上の方などから受けがいいそう。
“~下さいませ”とかって、何ちゅう良い妻やろ、と虚像に酔いしれたろか、がっはっは。

それにしても困るのは市町村合併。
あっちゃこっちゃで住所表示が変わっているため、いちいち確認せねばならん。
めんどくさいことこの上なし。

今年は友人からの喪中欠礼状がやけにいくつも届いた。
そして、義妹ダンナのおかあさんが亡くなり、明日は私も葬儀に出席。
賀と喪の両方でいよいよ気忙しくなってきた年の暮れである。

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接近

ドラマでは、人と人が物凄く顔を近付けて向き合い、やりとりする場面がよく出てくる。
今朝の『ちりとてちん』でも、草々と小草若、草原と四草がそれぞれえらく接近し、
気持ちをぶつけ合っていた。

そういった場面を見る度、私はシチュエーションに関係なくひやひやする。
「うわっ、そんなに顔くっつけてきまり悪くない?」
「口臭は気にならんのか?」
と、つい余計な心配をしてしまうのだ。

通常、他人と30センチ以上顔を近付けて話すことなどまずないのではあるまいか。
実際、毛穴がわかるような距離でまじまじ他人の顔を見る・見られるのは度胸が要るし、
いくら神経質に歯を磨いていてもお口のニオイは大丈夫かと不安になる。
本来は人物の感情にリアリティーを持たせ、強く訴えかけるための演技なのだろうが、
茶の間で一人素の現実感を混ぜ込み、狼狽するのであった。

最も危険な人物は、織田裕二。
彼はどのドラマでも必要以上に顔を大接近させるので、どうも落ち着けない。
『振り返れば奴がいる』など、接近どころか接吻と見紛うような場面が頻繁に出てきた。
司馬と石川の厄介にこんぐらがった愛を際立たせる変な効果はもたらしていたが。

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今日のガハハ

一時のNHKニュース。
ここんとこのUFO論議について石破さんの談話。
「映画のゴジラでもモスラでも、あのときに自衛隊が出ますよねえ、
 一体何なんだこの法的根拠は、という議論があまりされない…(以下略)

どこか苦笑を含んだ口調に、思わずガハハ。
その直後、ニュースを締めくくる登坂アナのつい綻んじゃったてな表情が映り、
ますます腹を抱えてしまった。

勿論、真剣にUFOの研究をしている機関もあれば、存在を信じる人も大勢いるわけで、
それを馬鹿馬鹿しいことだと貶める気は毛頭ない。
不測の事態に備えるという意味では論議の対象となってもおかしくはないと言えるし。

が、それでも、政府が正式に見解を示したり官房長官や防衛相が会見で語る模様等、
ニュースで大真面目に取り上げられると、とんでもなくマヌケな感じを受けてしまう。

“一体何なんだこの法的根拠は”という、仰々しく鹿爪らしい遠回しな皮肉、一寸好きだ。

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カニの不思議

楽天市場から頻繁にセールの知らせが届く。
大抵開けずにポイッでも、フード市場からのメールだと時々は見る。

今の時期はついカニに目がいってしまうんだが、姿のままのカニだけでなく、

沢山のショップが『脚だけ1kg 『爪だけ何百g』てな商品を目玉としており、
各店その上に“一年で何十トン完売!”などという赤い文字を踊らせている。
一杯のカニで足は6本、爪は2本取れるとしても、大変な量ではないか。

また、TVでもやっぱりカニ。
「これだけではありません、何と今回は特別にもう○杯お付けします!」
常時“今回は特別なセール”をやっているおっさんの声がわざとらしくこだまする。

通販だけでもこんな有様。
たとえB級品であるにせよ、カニってそんなに獲れるのかなあと不思議に思ったりして。

で。
先程、この値段なら…と楽天某ショップの『ズワイ脚
1kg』に珍しくそそられたんだが、
カニ様ったら、迷っているうちに15分で完売。
そうなるとものすごく惜しいことをしたように落ち込むケチな人間なのであった。

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ぼうずの大河

生まれたときから親が観ていたってことで、ぼうずも大河にはわりと親しい。
平成七年の『八代将軍吉宗』などもそれなりにぼんやり記憶しているらしく、
木登り中の子役・吉宗が、それを知らず真下でいい感じになっている兄と許嫁を見、
降りるに降りられず尿意を我慢するシーンはケッサクだったと言う。

だが、原点は竹中直人の『秀吉』、以来秀吉像があの顔で固まってしまったそうな。
ずっと以前書いたように、私の場合はかなり長いこと緒形拳を引きずってきたわけで、
人それぞれに歴史上の人物が様々な俳優の顔で浮かぶんだろうなと思うと楽しい。

そして、最もハマった作品には『新選組!』を挙げた。
どんなに瑣末な部分でも見逃すことのできぬ面白さがあり、毎回わくわくしたとのこと。

三谷幸喜脚本の『新選組!』は、“NHK大河”としての重厚感に欠けていたし、
香取慎吾の近藤には慣れるまでコツンと喉に引っ掛かるような違和感を覚えたものの、
元々三谷ファンである私にとっても好きな作品で、ぼうずとあれこれツッコミを入れつつ、
一年間じっくり観た。

三谷自身、青春群像劇であると述べていたように、特に傑物でもない普通の若者達が、
幕末の時代を飛び跳ね、苦悩し、突っ走るうちに“新選組”として史上に名を残した、
そんな描き方であったように思うが、若さ・軽みを表に立て、小ネタを盛り込みながら、
実は全体を通して見ると、タイトルバックの一番最後に翻る『誠』の旗の裏側に、
暗い色調の曼荼羅が打たれている、てな気がしないでもない。

山南切腹の回の素晴らしさは勿論だが、ぼうずにとってさらに忘れられないのは、
河合耆三郎切腹の回らしい。
「後片付けのときになって近づいて来た飛脚の鈴の“シャンシャンシャンシャン…”が、
 今でも耳に残っとんのや」
幼稚園の頃に観たNHK教育・子ども人形劇場『パンをふんだむすめ』より、
もっと強いトラウマになっていると言う。
確かにあれはずーんときたし、大倉孝二という俳優に唸った回でもあった。


ところで。
『風林火山』で今川義元を演じた谷原章介の姿に、
「『新選組!』の伊東甲子太郎といい、『大奥』の綱吉といい、今回の義元といい、
 美形も度が過ぎると主役を張れず、ロクな死に方をせん役になるんやなあ、
 俺も嫌味に見えんよう気ぃつけんとあかん…」
などとほざいていた。
はいはい、めでたい性格やのぉ。

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大河の主題曲

『風林火山』が終わってしまった。 
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どんより冬ざれてきた西方の山並を無理矢理心象風景っぽく捩じ込んでみる。
寂しいぜ
一年間ありがとう。


ところで。
『風林火山』は主題曲からしてダイナミック。
「何ぼやぼやしとんねん、俺について来んかい!」
てな感じでいきなり胸座を掴まれてしまった。


大河においては音楽も愉しみのひとつ。
十年ほど前、レンタルショップで大河の主題曲集を見つけ、借りた。
そのときダビングしたテープ()は今でも大事にしているが、良いと感じる曲ってのは、
やはり当該ドラマも記憶の中からすぐさま名場面を取り出せる位惚れた作品ばかり。
『独眼竜政宗』・『太平記』などは、いつ聴いてもゾクゾクする。
殊に、前者の放映当時はまだ独り身、可惜華やぐ日曜を、
「八時までに帰宅せねばっ!」
と思いつつ過ごした自分の色気の無さとも相俟って、さらに愛着の度が深まる。

代々の曲の中でも特に好きなのは、『風と雲と虹と』と『武田信玄』だ。
実のところ、これらをもう一度聴きたくてその主題曲集を借りたのだが、
いずれも山本直純の作品であることを知り、ちょっとビックリ。

故・山本直純といえば、大昔、チョコレートのCMで自ら
「大きいことはいいことだー」
などと指揮し謳っていたように、やたら目立つ派手な鬚オヤジという印象ばかりが強く、
子どもだった私にとって親しみ易い存在である分、些かの軽さも感じた。
だが、気づかぬまま氏の音楽に強く心を揺り動かされていたのである。
遅まきながら深々と頭を垂れた次第。


今は、好みだった、一年間馴染んだ、という思いでなぞる『風林火山』の主題曲だが、
時が過ぎればワンフレーズ聴いただけでじわりとくるようになるのかもしれない。
粗雑に剥がしてきた毎月のカレンダーが副旋律の奥でひらひらと蘇る、そんな心地で。

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床屋さん

師走も既に半ば、気忙しくなる前にさっぱりしておこうと“散髪”に。

実は、ここ三年くらい美容院には行っていない。
床屋さんのお世話になっているのだ。
徒歩十分ほどのところにある、推定六十半ばのご夫婦が鋏を揮う小さなお店で、
お客もそれ以上と思われる年齢層の常連さんが殆ど。
が、いつお邪魔しても必ず先客がい、途切れることもなく賑やかである。

私は、ボブやベリーショートなど、パーマをかけないシンプルな髪形を好む。
そのため、基本のカット技術において優る床屋さんのほうが美容院よりぴったり来る。
おまけにプロの腕で見栄え良く顔そりをして貰える上、料金までも美容院より安い。
こんなうまいハナシを見過ごす手はなかろう。

加えて、皆さんの四方山話に耳を傾けるのが結構楽しみだったりする。
所謂“床屋政談”の現場に立ち会うことができるわけだ。
そこいらのコメンテーター顔負けの磨かれた発言が飛び交い、まことに小気味良い。
なるほどなあ、と心中で秘かにメモすることもしばしばである。

また、博識且つ快弁、しかもあっけらかんと明るい奥さんの魅力も大きい。
ちょうどお店のテレビで『ちりとてちん』の昼の放送をやっていたことから、
草原兄さん(桂吉弥)の話で盛り上がった。
奥さんは大阪・神戸の落語会にも何度か足を運ばれているそうで、
「きすけさん、いっぺん暇見て本物の寄席を味わって来なさるやわ。
 笑う中にも何やしらんものを細こう見る利口者になったふうな気ぃして、ええに~」
とおっしゃる。
うーん、素敵だ。

大抵の女性からすれば吃驚だろうが、私ゃ床屋さんへ行くことに何の気後れもない。
年輩の男性は総じて紳士、他人をじろじろ見るなど不躾な態度を嫌うものだ。
たかがおばさん一人、適温を保ちつつ、いつもさりげなくほっといてくれる。
今や床屋さんは私にとって贅沢な時間を過ごせる場にさえなっているのかもしれない。


んで。
今回は一頃の深津絵里以上に短くして貰った。
こりゃラクでいいや、とにんまり。
かくしてずんずんとおっさん化は進んでゆくのであった。

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続・名言

「掲示板上の関係なんて、明日死んでもわからない。
 だからこそ私には大事に思える」

何年か前にネットの掲示板で出会った、ある女性の言葉。
「全くその通りだなあ」
素直に頷いた、って、こればっか。

虚飾を嫌う人のようで、常に生の心情を書き込んでおられた。
ゆえにそれこそ“自分の心がきれいだと信じ込んでる”人々には受けが悪く、
蔭口を叩くのに格好のターゲットとされたこともあった。

だが、クリスマスイルミネーションを競うかのようにチカチカ眩しい言葉より、
ぽろっと何気なくこんなことが言えてしまうリリカルな魂にこそ惹かれる。

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