茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

愛校心

ぼうずから聞く学校生活の様子は、当人にすればごく普通に話しているのだろうが、
巧まぬ面白味があって、危うく御飯粒を噴き出しそうになることもしばしばだ。
中でも先生方の口真似は、説明会等で学校へ出向いた際に再度効いてくるので困る。
「あ、この間ぼうずが言うとった先生やな」
すぐにぴんと来て、こみ上げてくる笑いを抑えるのにひと苦労。

生意気盛りの野郎に言わせれば、
「めっちゃ暑苦しくてかなわんわ」
と、蒙古斑の浮かぶ斜め表現になるのだが、ぼうずの学校には熱い先生が多い。
実際、担任の先生も容貌はともかく以前書いた“単なるおじいさんー”ではないのだ。

夏休み前の三者面談。
今春文系コースを選択したにも関わらず、英語の成績が最悪の劣等生に向かって、
「夏休みの課題はひとつだけ、考え違いを改めい!
 
おまえがこの学校を引っ張っていかんでどうするんや、気概を持て!!」
で、その言の直後、私のほうに向き直り、
「自立を妨げますんで、親御さんは勉強についてうるさく言わんようお願いします。
 
その分、私が責任を持ってガミガミ言い続けます」
本当に親身になって下さるのに驚いた。
去年の担任の先生はあったかい従兄、今年は頑固な伯父といった具合に、
生徒たちに対し、何だか血の繋がりを思わせる情を抱いておられるようだ。

ただの私見に過ぎないが、私立高の先生が発するむんむんとした熱さの源は、
愛校心にあるのではないか、ふとそんなことを思う。
公立高にも生徒たちへ真摯な情熱を傾ける先生は大勢いらっしゃることだろうが、
愛校心となるとやはり私立高の先生より格段に薄いような気がする。
異動が多いという立場上、赴任先毎に気持ちを切り換えていくのが当然だ。
母校の公立高を思い出しても、物分かりがいい反面、どこか醒めた先生が多かった。

だが、私立高の先生方には、“本校一筋”といった強い愛着があるようだ。
自分の見聞きした範囲からだけでも、半端じゃない愛校心が伝わってくる。
そして、親にとってもこれほどありがたいことはない。
先生方の愛校心は、生徒たちに誇りを与えてくれると思うからである。

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猫景色

気持ちよい青空の広がった昨朝。
お向かいの敷地でねこがカラスに因縁をつけられており、ふと布団干しの手を止めた。
駅前の小規模な繁華街を少し離れるとすぐに田畑や里山が現れるような町なので、
カラスも凶暴性はないが、ごみ収集日にはねことの小競り合いがちょくちょく見られる。
数羽のカラスが遠巻きにガーガー威嚇する中、ねこはいつも平然としていて可笑しい。
何だかいかにも面倒臭そうな“ちっ”という舌打ちが聞こえてきそうだ。


若い頃。
予定もないのにやたら早く目覚めた休日など、よく海辺の町へとふらり出かけた。
三重県は志摩半島・大王崎灯台のある波切も、何度か訪ねた地だ。
いったいに、ひなびた港町にはねこがつきもののようであり、またよく似合う。
波切も同様で、石畳の続く細道、寺社の境内、昼下がりのとぼんと静まり返った漁港、
行く先々でたくさんのねこたちに出会った。
防波堤に腰掛けぼんやりしていても、どこからか一匹また一匹と姿を見せては、
怖じもせず媚びもせず、まるで私が木や石であるかの如く気ままに振舞う。
ねこがのびのび憩う町は、高齢化が進む町とも言えるのかもしれない。
出向いた時刻も関係していようが、見かけるのはお年寄りばかり。
が、そんな現実をよそに、私はひと切れの風景に溶け込んだ心地でねこたちを眺め、
小さな旅の甘く気だるい愁いに浸っていたのだった。


『志摩の猫』という味わい深い一冊がある。
写真集の常で些か値は張るが、五百円玉貯金の中から六枚出そうかな、などと思う。

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がっくり

国家資格のように大変なものではないが、一応関係省認定の公的資格を取れたので、
四月からその筋の職場を探し、ガサゴソ動いている。
勿論、ばばあが資格を取ったからって簡単に職にありつけるわけなどないことくらい、
教室に通っている時から重々承知、地方住まいであれば尚更だ。
ただ、何も能が無い現状より、やりたいと思ったことを勉強して資格をもらい、
それが家計に結びついてくれるならもっけの幸い、てのが正直な気持ちであった。

帰宅が深夜になるといった職場ならあるが、諸事情を考えると二の足を踏む。
だらしない人間と言われても体力的に無理、家事が疎かになるのは目に見えているし、
給与を外食やテイクアウトに使っちゃったら何もならぬ上、家族の健康にも関わる。
要するに世間様が嫌う稼げぬ主婦なのだが、そう謗る人の施しを受けてる訳じゃなし、
やりくりに頭を悩ますという逆の報酬は十分得ているので、ほっとけと居直るしかない。

そんな中、勤務時間の条件が良く、且つ結構好感触をつかんだ某所。
御主人の転勤に伴って遠方へ越す方がい、九月から空きができるとのことで、
面接の翌々日には制服注文のためにとサイズを問い合わせる電話も入った。
ちょいと期待していたのだが、それにしちゃはっきりした結果通知が来ない。
一週間以上経った今朝、申し訳なさそうな声で断わりの電話が。
以前そこに勤めていた方から復帰の要望があったそうだ。

まあ、こんなもんだわな。
しょげていてもしょうがないんでさっさと気持ちを切り換えよう。
さて、今日の晩メシは何にするべか。

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エラソーに

自分の子育てを振り返ると、やたら大雑把に過ぎたようで冷や汗が流れる。
健康面や安全面に気を配るだけで頭が一杯、接し方についてはまことにお粗末だ。
あまりにも情けないので、何かひとつくらい意識して心がけてきたことはないのかと、
終わりかけの歯磨きチューブよろしく無理矢理絞ったら、僅かにふにゃっと出てきた。

それは、子どもに向かって“エラソーに”という言葉を吐かないこと、である。
尤も、おとんを見下すような態度を取ったり、理由なく他人を悪し様に言った際には、
似た類の言葉を叩きつけてしまったような気もするが、通常は避けていた。
なんとなれば、人を黙らせるのにこれほどあらたかな言葉はないからである。
黙ること即ち心の遮断機を下ろすこと、相手を従わせたと満足してちゃどうしようもない。
ただでさえ鈍い母親なのに、余計子どもの気持ちが測りにくくなっては困るのだ。
意思の疎通が困難な状態では何を説いても無意味、時によっては逆効果にもなろう。

と、それこそエラソーに述べたが、実のところ自分が最も言われたくない言葉だから、
ぼうずに対してもやめとこと思っていただけの極めて感情的・感覚的な話であって、
高邁な信条には程遠い。
そのあたりのことに気付いたのはごく最近である。

私は、おのれを恃む気持ちなど微塵も持てぬ、惰弱な人間だ。
大体、この『茅屋雑記帳』にしたって、
「ボンクラ主婦がボンクラな日常における雑感を綴る日記である 」
と、自らその趣旨を明らかにしているし、実際、管理人がボンクラ主婦であること以外、
何も表れていないブログとなっている。

勿論、ネット上で晒しているわけだから、純然たる日記ではない。
そこはまあ、他者との接触が全く無い場での発言には楽しみを見出しにくいというか、
気楽の範囲を超えた孤独にはなじめない身勝手な自己顕示欲のせいだろう。
ともあれ、本人としてはそのときどきに思ったことを記す幸せに浸りたいだけで、
ちっともエラソーにしているつもりなどないのだ。
もしそのようなコメントが来ても絶対に受け付けない腹でいる。

以前『ありがたいブログ』の項で触れた“お気に入りコラム”の人気ブロガーさんが、
「ブログは誰が見ているかわからないから怖い。
 
その点SNSは読み手の『顔』が見えるからよい」
と書いてらしたが、私の場合は捻くれた性格ゆえにSNSじゃ上手くいかないと思う。
たとえ親しさのなせる業であっても、読み手の“エラソーに”という顔が見えてしまうと、
以後、何を綴ることもできなくなるだろうからだ。
ボンクラを自覚している者がさらに自分をエラソーと取られなくする術は、沈黙のみ。
私にとって“エラソーに”は、ものを言うこと自体に差し止めを食うのと同じなのである。

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風林火山・ずしり…『両雄死す』

見終わった後、しばしぼんやりしてしまった。
千葉板垣、竜甘利、いずれも脳裏に焼きつく熱演である。

千葉真一ほど馬上の武者姿が威風堂々と映える役者もそうはいまい。
一歩間違えば大仰に堕す台詞まわしさえ却ってその意を重厚に響かせる。
右手に刀・左手に槍の二刀流は今回も出たものの、流石にニヤリとはできなかった。
また、今作における甘利の人となりを見るに、かなりの難役だったと思うのだが、
国を思うがゆえに抱え続ける重臣の猜疑と緊張感を竜雷太は見事に表現していた。
板垣信方の最期は主晴信が甲斐の国を治めていく上での理念を刻すものであり、
甘利虎泰の最期は甲斐の国から主晴信へと課される理念を刻すものであった、
陳腐なまとめながら私はそう感じる。

『風林火山』は、どこか劇画を思わせる芝居の大きさも魅力のひとつで、
前出の千葉板垣のみならず、内野勘助、亀治郎晴信からして、表情にも台詞にも、
デフォルメを意識したシーンが随所に見られる。
亀治郎の所作はそれこそ見得を思わせ、時に隈を取っているかのような錯覚に陥る。

このように曲者揃いの濃いメンツの中、知らぬ間に瞼に残像を浮かばせてしまうという、
不思議な存在感を示しているのが、河原村伝兵衛役の有薗芳記である。
実は今回最も胸を打たれたのも、板垣と元は百姓・伝助だった伝兵衛との主従の絆。
「伝兵衛、そちは見事な侍じゃ」
という板垣の言葉には思い切り泣かされた。
敵にとり囲まれ痛手を受けた板垣につい伝兵衛が上げた
「だんなさまーっ」
の絶叫は、晴信のそれより私の心の内で尾を引きそうだ。
故・川谷拓三のように人生の哀歓を滲ませる役者への大化けを期待する。

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少年よ

以前、『きすけはぁ』という題で、“おかあさん”を連発する自分に気付き、
人のことは言えぬものだと恥ずかしくなった、てなことを書いたが、
リバーシブルのもう一面みたいな話をひとくさり。


赤子を抱くと、自然に愛称が口をついて出る。
そして、そのまま定着する。
仮に『鈴木一朗』という氏名だとして、“いーくん”とか“いっちゃん”とか、
まあよくあるそんな呼びかけかたでずっとぼうずに接してきた。
多くの家庭は似たり寄ったりなのではないか。

何を思うこともなく、当たり前のように時が過ぎていった。
ところが、中学に入ってすぐ、ぼうずはその呼びかけかたをやたら厭うようになった。
元々家の外に出た際は、本人の前でも、また親どうしの会話の中でも、
妙な溺愛色を帯びぬよう“一朗”としていたのだが、家庭内でさえもやめよと主張する。

幼時には自ら、
「おかーさん、“いーくん”ね、今日先生にいっぱいほめられたんやで」
などとにこにこ話す可愛らしい坊やだったんざますのよ。
そんなおめえはいってえどこへ行っちまったんでい、ちきしょう。

内心の忌々しさはさておき、反抗も成長の証と“くん・ちゃん”呼びは避け、
“一朗”でいくよう心がけたのだが、習慣とはなかなか抜けないもので、
「きっしょいて言うとるやんか!」
「やかましわ、いい若いもんがいちいち長老みたいに目ぇ光らすな」
と、アホらしい喧嘩の繰り返し。
ただ、高校生になってからは、稀についぽろっと“くん・ちゃん”呼びが出ても、
ゴーヤを食ったときのような渋い顔をするだけであまり苦情を言わなくなった。

が、先日、友人と電話中であることに気付かず大声でやらかしたため、
久々に非難された。
それならってんで、以来新たに“鈴木うじ”と呼ぶことにしている。
「どこまでも嫌味な人間やな」
と苦笑しつつも、骨董的な滑稽味を感じたのか、今のところ放置の方向だ。


最近FUNKY MONKEY BABYSの『ちっぽけな勇気』が気に入っているようで、
頻繁に聴いているぼうず。
素直で衒いのないあの曲は、私も大好きだ。
自分が高校二年生だった頃の気持ちを記憶の中から取り出そうとしても、
まず黴や紙魚の痕だけでうんざりするのだが、音楽というものはありがたい。
少年よ、青臭く抗いながらも何かを掴んでくれい、てな気分になってくるのだ。

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『釣り』に思う

ネットの掲示板では、時折『釣り』という言葉が出てくる。
それを目にする度、嫌な気分になる。
大抵何らかの反応をみた後に使われるのだが、『釣り』と言うからには、
他者とのやりとりを意識した自己の姿勢を明らかにしているわけであり、
個人の独言として済ませるつもりではなかったことになる。

では、『釣って』何をしたいのか。
何を伝えたいのか。
要となるその目的は曖昧なことが多い、ゆえに嫌な気分になるのだ。
現実に、殆どの場合、他人を揶揄、嘲弄或いは悪罵するだけに終わる。

全てではないが、揶揄他上記の行為を目的とする面を持つ2ちゃんなら、
痰でもゲロでも大小便でもスペルマでも見苦しく撒き散らし、
自業自得でおのれもどんどん排泄物そのものへと堕してゆけばいい。

が、まともな場で他者とのやりとりを意識し意見や批判を提示する以上、
目的につながる内容を展開していく努力は必要だろう。
『釣った』相手の発言を、それがたとえ稚拙だろうがずれていようが、
バシリ叩くことのみで悦に入るなど、手段に酔った田舎芝居でしかない。
結局、そういう人は、個人の怒りや不満を吐き出すだけにとどまらず、
それを恰も正当なものであるかのように位置付けたいがため、
掲示板を利用しているのではないかとさえ思われてくる。
相撲を取らせてくれる他人の褌が必要だからわざわざ餌まで仕掛けるのだ。

この『釣り』、プラスの意図としてはHR等で学校の先生が日常的に行う。
断片的な言葉によってしか意思を表現できぬ子どもたちを誘導することで、
考えを引き出し整理させ、子どもたち主体の問題へと発展させる狙いだ。

しかし、偏頗な先達面に疳筋立ててがなろうと、誰の心にも響きはしない。
具体的な事例が欲しくて揚げ足を取らせるために他者を『釣って』おき、
揚げ足を取る態度に憤ってみせる、二重に手の込んだ揚げ足取りの虚しさ。
ガツンな快感を得たいだけなら、自己の権勢の及ぶシマでやっとくれ。
掲示板において実生活の地位や実績、経験等はあくまでも話の前提要素。
自己申告の世界で価値を有するのは、それらを振りかざす言葉でなく、
それらによって身につけた見識を示す言葉なのである。

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趣味

今年の鈴鹿8耐では、平忠彦が´87YZF750でデモランするとのこと。
嗚呼、感涙ものの懐かしさだ。
20年ほど前の平のかっこよさと言ったら!
まあ、ついでによみがえってくる若い頃のおのれはアホみたいなもんだが、
それでもやっぱ、甘いような苦いような、ちょっとキュンな気持ちになるわな。


つい先日、某掲示板にてある方が、
「趣味とは無駄なものという定義に対し同じ価値観を持つようになったため、
 
以降趣味は読書と書かなくなった」
と述べておられた。

私の場合、趣味は何かと訊かれたら、単に“好きなこと”程度の感覚で、
読書であると安直に答えてきたのだが、些か沈思させられた。
確かに私の読書は学びに至るものでなく、ささやかな愉しみでしかない。
この定義に沿って考えたにしろ、趣味として挙げてもおかしくはないだろう。
が、新語・片仮名語の意味を知ったり、語句の誤用に気付くことができたり、
明らかに益体もない行為=無駄=趣味とは言い切ってしまえぬ面もある。

じゃあ、何が純粋な趣味なんだ、となり、思い出したのがバイクだった。
これとても現在ではなく遠い昔の話なんだが、ほんの短い間ながら、
バイクに乗っていたいっときがある。
ツーリングをしたいとか、日常の交通手段として使う等の目的は何もなく、
ただバイクを走らせてみたいというだけの理由で二輪免許を取ったのだ。

ところが、愉快な日々も束の間、腸捻転(原因不明)で死にかかり、
術後も後遺症により入退院を繰り返すはめに。
結局、バイクどころではなくなり、泣く泣く高校時代の同級生に譲った。
無駄な自己満足がさらに際立った無駄な形をとり終わったわけで、
今振り返っても、これほど無駄なことはないと思う。
でも、とにかく嬉しかったな、バイク走らせてると。
何の役にも立たぬのに夢中になれる、これぞ趣味と言えようものだ。


そんなこんなで、平デモラン決定の報にも尚更しみじみしましたとさ。
とっぴんぱらりのぷう。

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何とはなしに水谷豊

登校するぼうずが玄関先で、
「♪ぼくの先生はー  単なるおじいさんー」
などと歌いつつ出ていったので、先生には申し訳ないもののついプッ。
何で昔懐かしい『熱中時代(教師編)』の歌を知ってんだ、と首を傾げたが、
よく考えたら『世界一受けたい授業』のテーマソングになってるんだった。

『熱中時代』といえば水谷豊。
彼は脱皮の人だなあと思う。
否、着こなしの人と言うべきか、役という衣を自分の皮膚にしてしまうような。

現在はやはり『相棒』の杉下右京としてぱっと浮かんでくるのだが、
古くは『傷だらけの天使』のアキラであった。
(
本当は『バンパイヤ』のトッペイだったことも朧げに覚えていたりする。
 
ついでながら、時代劇の誠実なお店者役等でお馴染みの三ツ木清隆は、
 
『光速エスパー』のヒカル少年ね、で、江木俊夫は…ま、いっか)

『傷だらけ…』は本放送でなく中学生になってから再放送で観た。
音楽も含めやたらかっこいいドラマで、どことなく虚無のにおいがする中、
リーゼントにサテンのスカジャンといういでたちのちんぴら・アキラは、
半端で薄っぺらい青年の物哀しさを漂わせ、ウエットな余情も残した。
あの“アニキぃー”という声と共に、捨てられた仔犬のような目が蘇る。

が、水谷豊は高校生当時始まった『熱中時代』で全くの別人に様変わりした。
実は、冒頭の教師編は第一・第二シリーズ共あまり熱心に観ていない。
ゆえに私の場合、『熱中時代』=刑事編の早野武という図式なのだが、
ほのぼのした世界で爽やかな青年になりきっており、これはこれでハマった。
主題歌の『カリフォルニア・コネクション』も結構好きだ。
心地良い軽みがオープニング映像に登場する黄色のスバル360とマッチ、
水谷がどこでひょいひょいと腕を伸ばすかまではっきり思い出せてしまう。
相手役のミッキー・マッケンジーは何だかごっつい外人さんだと思ったが、
「タケイシィー」
という呼び掛けかたはとても可愛いかった。

水谷豊について“役という衣を自分の皮膚にしてしまうような”と述べたが、
ミッキー、蘭ちゃんと、共演者を妻としたところにも窺えるのではないか。
斜めにプライドの高い『相棒』の杉下右京を長く観続けたいと願う反面、
十年二十年先、どんな爺さんを演じてくれるのだろうと楽しみにも思う。

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