若い頃の趣味は一人旅、ポケット時刻表を片手によく出かけた。
と言っても大して度胸のない奴(飛行機怖いし)、実家より見た近場を主に、
せいぜい三、四泊がいいとこというナンチャッテぶりだったが、
それなりのぬるいオトナ気分に浸ることはできた。
ただ、ちょいと困るのが宿泊先で受ける“ワケありかな?”的視線。
何しろふた昔ほども前の話、若い女の一人旅はまだまだ珍しかったのだ。
二十四の秋、有給を取って向かった先は中山道奈良井宿。
旅籠そのままのお気に宿でも、一斉の夕食時、そんな囁きが聞こえた。
一目で大学生とわかる、男女各三、計六人のグループ。
東京からやって来たゼミ仲間らしい。
心中またかと苦笑しつつ素知らぬふりでもりもり大飯を食らっていたが、
女の子の一人に
「どちらからいらしたんですか?」
懐っこい笑顔で訊ねられたのをきっかけにぽつりぽつりと会話が生まれ、
結局、ところの地酒・杉の森をぐいぐい飲りつつ夜更けまで談笑。
前年、奈良井⇔薮原間の衝立である鳥居峠を越えた際の思い出話をし、
明日は再び辿ってみるつもりだと言ったことから、自分たちも一緒に、と、
翌日も行動を共にする成り行きとなる。
頭の良さが窺える上手い冗談を次々に飛ばす男の子たちと、
少しも気取ったところのない爽やかな女の子たちに交じり、
賑やかに山道を行く変なねえさん。
些か奇妙な図ながらも、道中ずっと笑いっぱなしだった。
彼らと別れた後、胸の中へひたひたと静かに満ちて来たもの寂しさ、
それこそがちゃちな一人旅の醍醐味だったのかもしれない。
その時限りの親しみに美点のみを触れ合わすことができるからだろうか、
幾つかの旅先で言葉を交わした人々は、皆不思議なほど好人物であった。
さて、結婚後は当然一人旅どころの騒ぎではなく、欲求自体薄れていった。
この町に馴染むまで、どこか旅行者のような気分でいたせいもあろう。
さほど遠くへ嫁に来たわけじゃないものの、美しい山並みが望まれ、
言葉のアクセントも生まれ育ったところとははっきりと違うため、
距離の割に“よその町感”があった。
今じゃすっかり土地の者、言葉も近畿風に変わってしまったが、
それでも不意に旅行鞄を提げているような錯覚を起こすことが間々ある。
『忠臣学生服』 『千代田ミシン』 『ココノヱ酢』等の琺瑯看板を目にした時だ。
何かしら甘酸っぱい気持ちになって、ちょっと鼻の奥がつんとする。