記憶に残る中で最も古い大河作品は『太閤記』かもしれない。
放映当時まだ三歳、まともに覚えている筈はないと思うのだが、
小学校に上がり、先生から三英傑の話など聞くようになると、
必ず秀吉は緒形拳の、信長は高橋幸治の顔で浮かんできた。
そのまま高校の日本史の授業時にまで尾を引いたのだから不思議だ。
親が観ていたので何となく…というありがちな流れだったものの、
子ども心に大河は嫌いじゃなかったのだろう。
主役たちの面影ばかりでなく、切れ切れによみがえってくる場面が、
古い作品の中にも結構ある。
例えば『勝海舟』。
渡哲也扮する勝のもとへ弟子入りを志願した若者。
「何のとりえもありませんが…」
こう言葉を切り出した途端、
「何のとりえもない者など要らぬっ!」
勝は烈火の如く怒る。
渡の迫力にこちらまで身のすくむような思いであった。
だが、若者は、翌日再び勝に向かい、
「自分は丼飯を三杯食らい、でかい放屁をしますっ」(不正確)
てな破れかぶれのアピールをし、弟子入りを許される。
あ、こりゃ、下世話な風味が私好みなんで覚えているだけかもな。
何にせよ、渡の急病で松方弘樹への主役交代となり、少々がっかりした。
自分の意思で本格的に嵌り始めたのは『風と雲と虹と』からである。
やりきれぬ最期を遂げるヒロイン・吉永小百合の美しさは勿論、
まだ無名だった準ヒロイン・真野響子の愛くるしい笑顔にも惹かれた。
それなりに歴史への興味も高まってきた頃なので、
将門の描き方が上品すぎる、などと母親相手にいっぱしの口をきき、
批評家めいた観方をして他愛なく喜んでもいたようだ。
ぼうずは一昨年の『義経』最終話に
「うげ、何やこのCGは、全てが台無しやん、薄っぺらー」
と嘆き、
昨年の『功名が辻』では毎回
「戦国の荒んだ時代を、よくもまあこれほど甘ったるく描けるもんやな」
とツッコミを入れていたが、そんな様子も何やら懐かしく映る。
いや、実は同感だったんだけどね。