茅屋雑記帳

ボンクラ主婦きすけの気ままな日記

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『愛されるより愛したい』

もう十五年近く前のことになるだろうか。
KinKi  Kidsの『愛されるより愛したい』を初めて聴いたとき、不覚にも涙してしまった。
私ゃものすごく安い人間なので、こういう青臭い世界が大好きなのである。

当時は子育て真っ最中。
やんちゃ盛りの伜に手を焼き怒ったり、かと思えばちょっとした言葉やしぐさに喜んだり、
親子三人わいわいがやがや、とにかく賑やかな毎日だった。
             
             

          【   愛されるよりも 愛したい まじで  】
まったくだ。
愛するひとがいる、ってのは、本当にありがたいことだもの。
ひとを愛せる、ってのは、本当に幸せなことだもの。
おとーさん。
小僧。
この、かけがえのない存在を愛すること即ち自分の『生』を実感することなんだもの。

そんな、まさにかーちゃんらしくかーちゃんしていた頃なのだが、同時にふと、うら若き日の、
甘酸っぱい気持を思い出してもいた。
性格の悪い者ながら、恋をしたことくらいは何度かある。
で、甦ってくるのは、どういうわけだか、片思いだった、または、お付き合いに至る前の、
「なんでこんなにこのひとを好きになってしまったのだろう…」
という、或る種の痛みを伴う思いだったりする。
ふれあうことよりも、相手の身を案じる祈りのほうが優る、ためいきだったりする。
              
             

          【   愛されるよりも 愛したい まじで  】
まったくだ。
私のような身勝手極まりない人間が、いっちょまえに(古っ)ひとを愛せるなんてさ。
本当にありがたい。
本当に幸せ。
この世に生まれてきてよかった。
ババアとなった今でも、そう思う。

ゆえに、愛するひとびとには、いつも元気でいてもらわなきゃ困る。
とまあ、やっぱり身勝手極まりないシメになるわけなんだがよ。

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Char

と打ったつもりが“Chair”になっていたため訂正した。
全くこれだから年寄りは…。

そのCharなんだが、何故かここ十日ほど脳内で彼の曲が鳴り響いている。
勿論、高校生の頃はまった『気絶するほど悩ましい』・『逆光線』・『闘牛士』等の古い曲だ。
さっきも食器を洗いながらつい、
「       ♪ 【      振り向くな そのまま行けよ
                 手を振るな 走って行けよ
                 振り向くな そのまま行けよ
                 手を振るな 走って行けよ
                 そのほうがいい
                 そのほうがいい                   】 ♪
                                          うへー、かっこええー!」
一人で歌い、叫んで、げっ、窓開いとった、と慌てた。
懲りぬ馬鹿である。

私のこと、ギターテクなどと言われてもさっぱりわからないし、これらの曲が大好きだったのは、
結局、歌謡曲臭がぷんぷんするからだろう。
だが、とにかくとにかくかっこよかったのだ、Charという人は。

現在55歳、皺は深くなったものの、やっぱり今でもかっこいい。
いや、色っぽさでは今のほうが勝る。
上の『逆光線』も、若い頃よかトシ取ってからの彼にこそしっくり合う。

いかん…こっちもトシ取ったのにミーハーな気持ちが再燃してしまった。

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懐かし過ぎるドラマ

NHKの連ドラ『ゲゲゲの女房』に今週よりかいらしい長女が登場。
何だかあかちゃんのにおいがふわり立ちのぼってくるようで妙に切ない気分になる。
あかちゃんて全身から独特の甘いお乳のにおいを発しているんだよなあ…。

昔、伜を抱っこひもで括りつけてスーパーなどに行くと、
「おお、よしよし」
相好を崩して近寄って来る年配の女性が必ずいらして、よほど子ども好きな方々なんやな、
と思ったものだが、今になってやっとわかった。
あれはきっと御自身の記憶の中にある残り香を懐かしんでおいでたのであろう。

懐かしむと言えば、ヒロインが友人知人から貰い受けるおもちゃ等も、
「あっ、小さい頃私の実家にもあったわ、こういうの」
ひどく懐かしい。
起き上がりこぼし、ってんだろうか、ころんころんと鳴る人形、私はあれに執着していたようで、
幼稚園くらいまで出してあった。

『ゲゲゲの女房』を観ると懐かしさが何層にも重なってしまう。
そのため、とても嵌っているドラマなのになかなか感想が書けない。

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トシ食って感じ入る

先日。
ラジオをつけて皿洗いしていたら、吉永小百合&トニーズの『勇気あるもの』がかかった。
私が幼稚園くらいの頃のヒット曲である。
吃驚した。
マジで素直に感動してしまったからだ。

   【   ごらん ひまわりは空へ空へ太陽へ 友の背中をたたくとき 
       友と手と手を握るとき このてのひらに 勇気が湧いてくる 湧いてくる   】

   【   ごらん 夕焼けの空は空は茜色 友とかなしみ語るとき 
       明日のたのしさ語るとき このくちびるに 勇気が湧いてくる 湧いてくる  】

   【   ごらん 進みゆく道の道の砂ほこり 友の顔にもついている 
       僕の胸にもついている この靴音に 勇気が湧いてくる 湧いてくる     】

いかにも大昔の青春映画を思わせるこれらのサビの部分は、何となく憶えていた。
古臭いと言えば古臭いフレーズである。
にも関わらず、
「ああ、こういう真直ぐな世界ってのもいいなあ…」
やたらじーんときた。
それも、郷愁を誘われるより何だか新鮮なものとして心に響いた。

全然関係ない話だが、石坂浩二が浅丘ルリ子と結婚したとき、
「この人には小百合ちゃんのほうがお似合いなのに」
母親が変な思い込みで残念がっていたこともついでに思い出した。


そして、別の日。
おとんと久々に喫茶店へ行ったところ、五十嵐浩晃の『ディープ・パープル』が流れてきた。
またまた吃驚した。

   【           それは誰のせいでもなくて あなたが男で   
               きっと誰のせいでもなくて わたしが女で              】

流行った当時は大学生だったが、特に何の感懐も抱くことなくすっかり忘れていたこの曲に、
いきなり出だしからズキーンとやられてしまったからだ。

私ゃどうも薄っぺらく安っぽく生きてきちゃったようで、男だの女だのという重たい分別なんか、
意識的に考えたことは殆どなかったような気がする。
だが、もしかしたら一度や二度くらいは知らず思いを巡らせていたことがあったのかもしれん。
今度ははっきりした憶えもないままに不可思議な郷愁を誘われた。


小説でも時を経ると嘗て中心に据えていた主人公とは別の人物の視点で読み返しており、
当初とはかなり印象が変わっているのに気付かされることもしばしば。
それもまたなかなかに面白いものである。

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くさいのに、好き

表面上は、
「おいちょっとくさくね?」
てな顔をしてみせつつも、その実好きでたまらん曲、というのがある。
例えば、『 I’m proud 』。
いい歳こいて、と笑われようが別に聞こえるわけでもないんで安心だ、是非ほっといてほしい。

特に、
    【  どうしてあんなに夢が 素直に見れなくなってた?
       街中でいる場所なんて どこにもない 身体じゅうから愛がこぼれていた 】
このフレーズは胸に響く。

若けりゃせめて夢くらいは素直に見たい、でも、なかなかそうはいかない。
素直とか純とかいう心のありようほど難しいものはないから。
だが、愛情を手にし、素直に夢を見るその“今”を誇れる喜び、たとえ束の間の凱歌であろうと、
“今”に華やぐ若い女性の瞬間の美しさを映した小室、ドラマチックに歌い上げたトモちゃん、
やっぱり凄いと思う。

尤も、当時の小室&トモちゃんの“ストーリーの作り方及び売り方”に批判的だった人ならば、
少々抵抗を感じるかもしれないし、現在に至るまでの両者の浮沈・変転を思うにつけ、
複雑な感慨に耽ったりもするのだが、それでもなおこの曲に留められた心情はいとおしい。
何だかちょっとくさい分だけ余計に。

だって、過去というのは常にちょっとくさくて恥ずかしいものではないか。

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失恋の特効曲

お盆のことだが。
実家の23歳になる姪っ子とわはわはお喋りしているうち、何故か、
「失恋したときにはどんな曲を聴くのがいいのだろう」
てな話になった。

婆にとっちゃどうでもいいお題ながらくだらん事柄に限って真面目に沈思する性向の持主ゆえ、
黴の上にサルマタケまで繁殖している記憶と照らし合わせ、帰宅後もあれこれ考えていた。

…古いところじゃ中島みゆきの『わかれうた』やら『ひとり上手』、『りばいばる』等を聴けば、
 そのまんまドツボに嵌ってしまうであろう。
 かと言って『I’m proud』なんか聴いちゃった日には小室に投石したくなること必至。
 また、
 「ひゅーるりぃー ひゅーるりぃーららぁー」
 みたいな演歌特有の古臭いヒロイン気分に浸るのも嫌だ。
 けど、『日本全国酒飲み音頭』でヤケクソになっちゃ、それこそ人格そのものの崩壊だし…

で。
新旧さまざまな詞・メロディー・歌声を思い浮かべているうち突然甦ったのがこれ。



この大友裕子という人がデビューしたのは高校生の頃。
ハスキーなんてもんじゃないドスのきいた嗄れ声に度肝を抜かれた。
後にヒットした葛城ユキの『ボヘミアン』も元は彼女が歌っていたのだが、当の『傷心』を始め、
『手切れ金』だの『死顔』だのやたらヘビーな作品が多く、十代のムスメには馴染めなかった。

可愛げもクソもなかった人間なんで、どろどろ粘度の高い恋愛も知らずに過ぎてきたのだが、
自分なりに安っぽく傷ついたことは何度かある。
そんな或る夜、ラジオからこの『傷心』が流れて来、しいんと最後まで聴き入った。

          【   同じベッドで眠って 同じ朝を迎えた
              だけど互いに違うこと 考えていた
              今まで何度も 恋をした
              だけど あなたとなら 死んでもいいと思った
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
              同じ夢を追いかけ 同じ風に吹かれた
              だけど互いに違うこと 考えていた
              なんにもしてやれなかった
              だけど あなたとなら 死んでもいいと思った
              あなたとなら 二人なら 死んでもいいと思った   】

そこでふと口をついて出たのは、
「うーん、死ねんな…」
という言葉である。
歌詞の意味とはとんでもなくかけ離れているんだが、
「もし彼に『一緒に死のう』と言われても、絶対死ねんかったわ」
おのれの涙に酔う心の裏側で正直にそう感じていた。

そして、
「結局、そこまで好きじゃなかったんだよね。
 だったら、ぐずぐず泣くまでもないか」
こう自分に言い聞かせ、何とか区切りをつけようとした。

勿論、誰に『死のう』と言われたところで私のように利己的な人間が承諾できた筈はない。
「そんなもん単独でやれ、岩清水弘だったらきっとそうしてくれるぞ」
と、即座にトンズラである。

考えてもみよ。
「一緒に死にたい」
「死ぬほど好き」
「死んでもいい」
とか叫んだって、それは瞬発的に滾る“思い”だからこそ美しいのだ。
醒めてしまえば甘ったるい恥ずかしさが残るだけの“思い”を実行に移すなんてつまらん。
実際、どうせ恥につながるなら、腹下死でもしたほうがよっぽど気が利いているではないか。
たとえどれほど周囲に迷惑をかけようが、私本人はしゃらーっと極楽往生、ってやつな。

ともかく。
失恋したときには胸やけするくらい過激な曲で我に返るのも手である。

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無常と日常




五月、三木たかしさんが亡くなったときには、がっくりした。
阿久悠さんの訃報に涙した記憶も新しいのに、私にとっての歌謡曲の神がまた…。
そんなに急いで天に帰って行かんでもええのに、と、恨めしかった。

婚姻関係にある詞と曲を別々に取り上げても枚挙に遑がないヒット曲を生み出した両者だが、
この二人がコンビを組んだ数々の作品の中で、私の胸に最も深く沁みたのは、何故だろう、
さほどに売れた記憶もない、三善英史の『彼と…』。
初めて聴いたのは中学生になったばかりの頃だったか、まあ、年寄しか知らん曲である。

三善英史って人は、きしょいキャラを売る現在でなくとも既に当時から一寸ばかり薄気味悪く、
どちらかと言えば苦手な歌手だった。
大ヒットした『雨』みたいなわざとらしくMっぽい世界も嫌いで、
「さっさとどっかの軒下に入れ」
といらついたし。

だが、この『彼と…』は、マンドリンの音色と共にありありと情景が現れ、
「なんか…きりきりくる歌だなあ」
と、耳にする度、ひどく切なくなった。
一寸ばかり薄気味悪くたって、三善英史の歌唱力・表現力がそれだけ優れていたってことも、
紛れもない事実だったのだろう。

それはともかく。
        【 彼と暮らしてるこの部屋で いつかは泣く日が来るだろうか 】
という、サビの言葉。
…来るんだろうな、と思った。
てか、このヒロインは、それがぼんやりわかってて自問しているんだろうな、と思った。

だからこそ、迎えに出る。
坂道の辺りまでと言いつつ、時間が迫ればサンダルを鳴らし、バス停へとつい小走りになる。
ほんの少しでも早く会いたい、昨日と変わらずこの部屋へ帰って来てくれるその姿を見たい、
そんな、黄昏に溶けそうに不安げな彼女の背が浮かび、中一女子はきりきりきていたのだ。

彼女の自問は、
        【 ぽろぽろとわけもなく泣けてくる 幸せで頼りない 夜更け頃 】
この最後のフレーズで自答になる。
いつかは泣く日が来るだろうか、と自問しながらもう泣いているのだ、その幸せの頼りなさに。


で。
何年か後、古文で『徒然草』や『方丈記』に触れ、“無常観”ってものを習ったとき、
「ああ、『彼と…』、か」
この曲が聴こえてきた。
兼好にも長明にも、世が目まぐるしく変転し、人間がいとも簡単に死んでしまう時代に在った、
そんな人々の思想を読みとらねばならないのだろう。
なのに、“無常観”で真っ先に歌謡曲を想起するとは、根っからアタマのすっからかんな奴だ。

だが、今読んでも、これらは自分の日常の中で日常の底を眺められるインテリゲンチアが、
後世に残る優れた筆力で以てその嘆息を仏教的に書き表したもの、てな気がしてしまう。
古典文学になっちゃえば高尚だが、“無常”って、そこに“観”が付くかどうかに拘わらず、
また、わざわざ眉根を寄せて考えなくたって、万人に等しく課せられた定めだよなあ、と。

そして、万人に等しく、などと実に軽々しく言えてしまう自分の世間の狭さに苦笑しながら、
いじましくあさはかな安堵を覚えている、それが私の日常なのである。

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説教ソング

自分の受け取り方がまずいだけで楽曲にも歌い手にも全く罪はないが、
「勘弁してくれよ」
と、ためいきの出る曲ってのがある。

例えば、『愛は勝つ』。
一つ角を曲がればストーカー、ってな危うい道を教唆しかねんぞ。
ただ、もしかしたら私などには悟得できぬ崇高な境地に立っているのかもしれない。
何しろあの頭蓋骨標本みたく見事に後ろへ張り出したKANの頭の中で描かれた愛なのだ、
軽々に考えてはばちが当たりそうな気もする。
第一、愛なんて嘘っぱちだ、とじぶじぶ嘆く曲もそれはそれで怨念めいて薄気味悪いしな。
『愛は勝つ』は、若く明るい人々が聴くならば雪崩は消える花も咲く優れた曲なのだろう。

どうしても勘弁してほしいのは、『それが大事』だ。
       【    負けないこと 投げ出さないこと
            逃げ出さないこと 信じぬくこと
            駄目になりそうなとき それが一番大事    】
薄い…毎度おおきに系列食堂の茶より薄い…薄いだけならいいが、こっちは赤錆び臭い。

先日もラジオより流れてきたので
「こんな難題をずらずら並べられてすんなり“わかりました”とか思えちゃう人やったら、
 初めから駄目になりそうだなんて落ち込まへんわ」
いつものようにぶつぶつ呟いていたところ、
「せやで“それが一番大事”ってことになるとも言えるやないか。
 つまらん曲やけど、表面的にせよ主張自体は間違っとらんとこがミソなんやろ」
しれっとぼうずに突っ込まれ、余計中っ腹になった。
そこら辺に嫌らしさを感じるから苦手なのだよ、この曲が。
そう、うざい説教を垂れ半眼になって悦に入るおっさん・おばはんの顔が浮かんで来、
まるで狸の宝箱を開けたような気分になるではないか。

ドラえもんの神成さん的な話は別として、説教ってのは自分のことを棚に上げるという、
かなり勇気のいる前過程を経て表出される行為である。
にも関わらず、駄目になりそうなときの人の気持について特に深く思いやる様子もなく、
また、当の相手にもたらす効果すらどうでもいいかのように現実と乖離した徳目ばかり
「それが一番大事」
と次から次へ得意気に浴びせる奴って、神経が腐食しているんじゃないかと疑う。

善美を追い求める人のさまは、やっぱり善で美しい、そして眩しい。
但し、そういう人は、おのれの善美を知らしめることに執心しない。
善美を感じる事柄・姿勢に拘っているようで実はど真ん中にでんと“自画像”を据え、
「自分はこんなことを語れる人間なのだ」
などと小鼻を蠢かせちゃう奴は、その赤錆び臭い善美を認めさせることこそ
「それが一番大事」
と考えているのだろう。
誇るだけなら、変なの、目ぇ合わさんとこ、で済むが、天から見下ろすかの如き説教で、
啓蒙者を気取りだした日にゃ、折角だからそのまま昇天してみてはどうか、と言いたくなる。

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松田聖子というひと

私は松田聖子と同い歳、星座も一緒である。
彼女のデビューは、私が大学に入ったばかりの頃。
今思えばアイドルとしてはずいぶん遅めのスタートだったようだ。

細かな思い出と重ねてみると、学内の図書館で課題のための調べ物をしていた際、
隣の棚に並んでいた古典文学全集に目をとめたのが縁で源氏に嵌ってしまった、
ちょうどそんな時期でもある。
と言っても、この横着者が注釈と突き合わせ乍ら原文にあたるなど精々『若紫』まで。
さっさと円地源氏に乗り換え、小難しいこと抜きで何度も読み返す日々だった。

ある日のこと。
『ザ・ベストテン』で見た松田聖子の姿に私は思わず息を呑んだ。
彼女は『青い珊瑚礁』で初めて一位に輝き、それを祝う母上と中継が繋がったのだが、
「おかあさん…おかあさーん…」
か細い声でおさな子のように呼び掛けたり、しゃくり上げつつ歌ったりするさまに
「あっ、この子、夕顔の君」
何故だかピーンとそう感じたのである。

実際、ぱっちりしたというよりはふんわりしたという表現が似合う一重瞼の目もとにも、
華奢な身体にも、可憐な仕草にも、男性の庇護本能に訴えかけるような風情が漂う。
また、単に稚いのではなく自己の魅力を効果的に演出し注目を集める術も心得ており、
しかも、それとて計算ずくでなく天性備わった資質そのものが表面に滲み出るといった、
不思議な自然さでもって為される。

彼女がぶりっ子だの嘘泣き女だのと、特に女性から叩かれるのにそう時間はかからず、
人気が上昇すればする程周囲でも、聖子は苦手、と言う人が増えていったのだが、
私はいつも、そんなふうに嫌ったところでしょうがないのにな、と思った。
あの子は別格だよ、何たって夕顔の君なんだもん、誰も勝てやしない無敵の女じゃん。

事実、松田聖子は、デビューして間もないその頃から田原俊彦との仲が噂されている。
田原を貶す気はなかったが(少しはあったかも)、絶対彼の方が熱を上げたのであって、
聖子は興醒めにならない程度のあしらいで終始しているに違いない、私はそう睨んだ。
表情を作り込んでも物欲しげな臭いは一切まかぬ彼女に比して田原は小粒だったのだ。

彼女の魅力を言い表すのにぴったりの曲がある。
『青い珊瑚礁』とほぼ同時期に流行った、郷ひろみの『How many いい顔』だ。
        【  どうやら今では 上手の上手
           「歳ははたち でも誰より 長く生きてるわ」
           
           処女と少女と娼婦に淑女 How many いい顔
           今日はどの顔で 誘うのかい
           U~N 君にはまったく  U~N 君ってまったく    】

そして、現実に松田聖子は、二年後はたちとなるや郷ひろみとの交際を発表した。
幾多の変転を経た現在でこそちょっとナンだが、当時はかっこいい男の代表であり、
表街道の大スターだった郷をころり参らせたのだ。
こじつけるつもりは全くなくともまるで誂えたかのように上の歌詞と合致しちゃうわけで、
彼女の劇的とさえ言える凄味はそんなところにまで及ぶのかもしれない。
下世話な私は、夕顔の君に夢中になっていた光源氏も実は、
『 処女と少女と娼婦に淑女 How many いい顔』
に近い台詞をそめそめ囁いたのではないか、などと考えてしまった。

下世話なだけでなく多分に耳年増的な傾向があるしょうもない学生だった私ながら、
同世代のアイドルの生身の姿についてあれこれ憶測するまでにはすれておらず、
また、即物性を帯びたあからさまな話を避ける程度にはロマンチストだった。

が、夕顔の君と結びついてしまった松田聖子のみに関しては少々怪しい。
この子、段々アイラインやマスカラ等の目化粧が濃くなってきたな、と感じ始めた頃、
でも、これってむしろ引き算したときの煽情の方が大きいんじゃないか、と思い、
ふと、男性の腕の中で仄暗い灯火をゆらめかすあどけない素顔を想像したのだ。
美人女優の自嘲の如く、化粧を落とした途端、ただの人に降格するのではなく、
彼女の場合は隙だらけの眼差しさえ“この僕だけが知るコケットリー”に変えてしまい、
相手の執着を増大させるような気がする。
で、勝手に想像しておきながら、うへー、やっぱり最強の女だな、と呟くのだった。

その水気を含んだような目もとがくっきりしたのはいつの頃だったか。
彼女の整形疑惑は古くから何度も取沙汰され、確かに派手やかな感じに変わったが、
元々化粧の映える顔、だからこそ引き算したときの煽情などにも思いを巡らすわけで、
整形云々と騒ぐ意味はないし、そんなことは本人にしかわからない。
ただ、郷と破局する直前、紅白のリハで言い争う姿を写真週刊誌に撮られたときは、
まだ変わっていなかった。
本当にノーメイクだった彼女は、何だか童女が拗ねているように見えたからである。

郷との別れに際し言ったとされる、
「今度生まれ変わったら、いっしょになろうね」
という言葉の儚さが最後の“らしさ”だったのか。
彼女は見る度今で言う目ヂカラをつけ、それと共に夕顔の君ではなくなっていった。
郷と破局してすぐ神田正輝と結婚、その後も絶えず浮き名を流し、離婚再婚また離婚、
朧月夜尚侍に通じなくもないが、翻弄した男性の数では松田聖子の方が断然上回る。

彼女について、内面はさばさばと男っぽい、と語る人が多い。
私もたぶんそのとおりなのではないかと推察している。
さまざまな異性だけでなく、自分の中にいるさまざまな女をも愛した恋の狩人。
松田聖子というひとは、実は、光源氏だったのかもしれない。

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勝手に語る歌謡曲 3

さて。
アイドルの曲は、売れに売れた所謂代表曲よりそこそこ売れたものの中に名曲が多い。
尤も、私の好きな曲がたまたまそうだったってだけの話なんで乱暴に断じちゃいかんが、
それでも、大ヒットした代表曲=名曲とは言えないように感じる。
西城秀樹など何を思ってカバーしたのか『YOUNG MAN』が代表曲となってしまい、
トホホな意の英文がでかでかと踊るど派手なTシャツを着続けているようで痛ましい。
その上いくつになろうとピーカンな明るさで歌わねばならず労しい。
田中星児を見てもひとこと、御苦労さん、だけで済むが、西城の場合は複雑だ。

それはともかく。
子ども時分より馴染んだアイドルに焦点を当て、デビューした年の古い人から順に、
私の好きな曲を書き留めてみると…

幼稚園時代既に活躍していた記憶のあるフォーリーブスは、何と言っても『踊り子』。
人気のピークを過ぎてからの曲で発売されたときは中三だったが、小四の頃流行った、
「 だって 地球は丸いんだもん  地球は~ ひ~とつ~ 」
などという、田原俊彦の先駆けとなるようなタハハ…な世界とは打って変わって、
何だか映画のワンシーンを思わせる哀愁が漂い、ぐっときたものである。
作曲者の故井上大輔(忠夫)は、
グラス・ルーツの『Let’s Live for Today』を意識し、
さりげないカバーとしてあの印象的なメロディーを用いたのだろうか。
シャーラーラララララランラーのスキャット部がほぼ同じで、強く耳に残る。
だが、そんな情緒も『ブルドッグ』で再び急転、今度はガーッハッハ!となってしまった。

野口五郎もやはりアイドルと呼ぶのは無理になった頃の『19:00の街』がいい。
『私鉄沿線』のウエット感も嫌いではないが、胸絞り度では前者に軍配が上がる。
がさつ者の陶酔好きってやつなのか、要するに私は切ないなら切ないで切ないなりに、
一人がーっと盛り上がれる曲を求めるのだろう。
そして、これもまた、バーブラ・ストライサンドの『Woman in Love』とどこかしら似ており、
その点に惹かれたと言えなくもない。
因みに『Woman in Love』は、聴く度ちょっと馬鹿になってしまうくらい好きな曲だ。

南沙織は『傷つく世代』。
思春期に入った小六女子はこの曲に青春の香りをかぎ、うっとりとしていたのだが、
           【   ああ どうして この世に あいつがいるのよ 
               どうして お互い 傷つけあうのよ        】
という思いを実感したのはもっとずっと後のことだった。

郷ひろみは高一のときに出た『悲しきメモリー』が光る。
特に二番の、
           【   青いシャツに着替えて 
               ちょっと気取って朝の汽車で 
               南の国へ 旅立てよ                】
という、臭さ半歩手前の軽さ、いいかげんさが不思議に優しく感じられて好きだ。
筒美京平のノリノリにテンポのいいメロディーも歌謡曲の王道を示している。

冒頭でも触れたが、西城秀樹については、たとえミリオンセラーになったからって、
懐メロ番組で『YOUNG MAN』ばかりを取り上げるのはどうかと思う。
『ちぎれた愛』、『激しい恋』、『傷だらけのローラ』、いずれも貴重な作品ではないか。
あれほど何のためらいもなくやみくもに激情を表現できた青年はまずいまい。
決して皮肉ではなく感心しているのだ、世の中、ときには無駄な熱さも必要である。
ただ、私の一押しは『炎』。
高二の私にとって派手な振りはさむつぼもんだったが、いい詞だな、と思った。
作詞は阿久悠、さほどヒットしなかった曲、また、あまりぱっとしなかった歌手の曲でも、
ふと心に残る言葉があると、彼の作品だった、なんてことが多い。

アグネス・チャンは『白いくつ下は似合わない』で決まりだ。
ユーミンの作詞・作曲なので好きになるのも当然だが、
           【   失くしたものなど 何もないけれど
               白いくつ下 もう似合わないでしょう       】
全く、こんな鋭敏且つ美しいフレーズ、彼女以外の誰が思いつくだろう。
当時私は中二、『男おいどん』だの『野球狂の詩』だの『うしろの百太郎』だの、
選択に一貫性のない少年漫画ばかりでなく、一応『りぼん』なんかも読んでいたりした。
この曲を聴くと、陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子の漫画を思い出してしまうのは、
哀しみの中にあふれる清潔感ゆえか。

桜田淳子も私が高一のときに中島みゆきが二作続けて提供した『しあわせ芝居』と、
『追いかけてヨコハマ』に惹かれるし、後者など気だるさの匂うみゆき自身の歌唱より、
大人の女へ脱皮すべく試行錯誤しているような淳子の歌い方のほうが好きなのだが、
次に出た『リップスティック』は、その試行錯誤が最もいじらしく懸命に感じられる点と、
また、松本隆&筒美京平というゴールデンコンビが織りなす歌謡曲らしさによって、
一番に好きな曲となっている。

だらだらと長くなり過ぎ、収拾がつかなくなってきた。
山口百恵で一旦〆にしよう。
彼女の場合は初期の“幼い性”的なものと、『横須賀ストーリー』以降多数出された、
こちらもゴールデンな名コンビ・阿木&宇崎による垢抜けた曲とで趣に違いがあり過ぎ、
21歳という若さで引退してしまったにも関わらずどえらい変遷を経た人なのだなあ、と、
今さらながらその凄さを思う。
だが、私は中一のときに出た『ひと夏の経験』も好きだった。
イントロのメロディーがとてもきれいで知らず引き込まれたし、あの歌詞も彼女が歌うと、
きわどい淫靡さを感じさすよりどこか遠い国の物語のように聴こえた。
何より、中日ファンの番頭さん(実家は自営業)が買う中スポの芸能欄に載っていた、
《記者たちに、君にとって女の子の一番大切なものとは何、と訊かれた山口百恵は、
 まごころです、と落ち着いて答えた》
という記事に感嘆したことで、自分の中じゃ全く別の意味に様変わりしたようである。
そして、彼女のベストワンは阿木&宇崎コンビの『謝肉祭』。
           【   人よりたくさん いい目に遭って
               人よりたくさん 悲しんだ
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
               ジプシー ジプシー 恋に疲れたらどうなるの
               ジプシー ジプシー ひとりぼっちで果てるだけ 】
最初から最後までゾクゾクする曲だが、そこはかとなく揺曳する無常観にも打たれる。

で、だ。
何について、どんなことで、そう言いたくなるのか、自分でもさっぱりわからないのだが、
気に入った歌謡曲をあれこれ口ずさんでいると、いつもこんな言葉が浮かぶ。
安っぽかろうが薄っぺらであろうが、花火を仰いだように心の照り映える瞬間があれば、
それでいいではないか、じゅうぶんに純粋ではないか。
理由さえさっぱりわからないだけに、まっこと困ったものだとこっそり赤面する。

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勝手に語る歌謡曲 2

小学校中学年くらいになると、多くの子どもはアイドルに関心を持ち始める。
私が四年生の時に野口五郎、天地真理、南沙織、五年生の時に郷ひろみ、西城秀樹、
麻丘めぐみ、アグネス・チャン、六年生の時に桜田淳子、山口百恵、浅田美代子と、
現在でも見かける面々を含むアイドルが続々デビュー、当然私もうつつを抜かしていた。

と言ってもアイドル達に憧れを抱くというのではなく、仰々しい振り、キメや陶酔の表情、
何となく笑える癖などにいちいちツッコミを入れながらTVの前にいたわけで、ぼうずに、
「ちいと黙って観とれんのか」
こう呆れられるにくったらしい性格は当時既にかっちり形成されていたのだなあ、と、
我ながら何だかしみじみする。

話を戻そう。
四年生の頃だったか、私がアイドルをアイドルとして見るようになったのと時を同じくし、
『スター誕生!』というオーディション番組が始まった。
森昌子や先述の桜田淳子、山口百恵もここから大きく羽ばたいた人で、岩崎宏美、
ピンク・レディー、石野真子他次々にスターが誕生、素朴系乍ら新沼謙治もそうだし、
地味なところでは藤正樹、梶たか子、朝田のぼる、渡辺秀吉なんてのもいたな。
ばばあってのはほんっといらんことばかりよく憶えているもんだ。

この番組は、従来のオーディション番組と違い、視聴者をも選ぶ側の気分にさせた。
阿久悠、中村泰二、三木たかし、都倉俊一ら審査員の評は実に鋭く専門的で、
「なるほど、スターになるためには“華”ってもんが必要なんだなあ」
と、茶の間のガキまでもプロの見方・考え方に引き込んでしまったのだ。
松田トシはルックスが良くても歌のいまいちな女の子に対し容赦ない言を浴びせるし、
岩崎宏美に対してなど歌唱力は絶賛してもズケズケ“お芋さん”とか言っちゃうしで、
こっちまで冷や汗が出そうだったが、彼女の辛辣な評に反し成功した人も結構いた。

どうでもいい事柄や気楽な場所においても審査員目線になってあれこれ意見したがる、
そんな人間が同世代に多いのはこの番組の影響かもしれない、ってのは冗談だが、
ただ、決戦大会など特に、観ているほうもいつしか何様なスカウトマンになりきっており、
実際、回を重ねるうち上がるプラカードの有無や数など予測がつくようになっていた。

この『スター誕生!』の開始により、歌謡曲の世界は数多出たアイドルものばかりか、
他の路線のものも一斉に競い合うようになり、殷賑を極めた、私はそう思う。
そしてまた、同番組の終了により、うっすら翳り始めた、とも。

勿論、終了時の`83年には田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊らジャニ連が頑張ってい、
ツッコミ所満載の曲・歌唱で笑かしてくれたし、中森明菜や小泉今日子、松本伊代も、
まだ正統派のアイドルらしさをウリにしていたが、おニャン子の短い隆盛を経た後、
ジャニ連以外のアイドルの曲は段々アーティスト志向に傾いて歌謡曲臭を失った。

以降は、ジャニ連は別として、いかにもなアイドル自体も求められなくなったのだろう、
中山美穂や浅香唯のようにアイドル的デビューをしてもすぐ本人の個性を前面に出し、
オンリー・ワンの魅力をアピールする在り方が主となっていった。
だがまあ、自身も社会人になっちゃってたんで、それ以上のことを考える暇はなくなり、
歌謡曲はもう終わりを迎えたんだな、とだけ感じていたというのが本当のところだ。

余談だが、私は南野陽子がとても好きである。
周囲が素早く“ジブンらしさ”に進む中、結構長くアイドルらしさに拘っていたからだ。
実際、個人的には彼女が最後の正統派女性アイドルだったと思っている。
現在は専ら三の線や意地悪な中年女の役で活躍しているが、それでもやはり綺麗だ。

そして、同時期に輝いていた岡田有希子が、たとえ少し歪んだ皮肉な笑みであっても、
ふっとあのえくぼを浮かべられる一瞬を持てたなら、今でもやはり綺麗だったろうに、
そんなことを思い、ひどく悲しくなる。
岡田有希子は『スター誕生!』という番組から最後に出たアイドルでもあった。

                                   (話は性懲りもなくまだつづく)

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勝手に語る歌謡曲 1

クラシック、ジャズ、ロックに明るい人って、それぞれ、なんか、かっこいい。
また、ジャンルを問わず洋楽に明るい人ってのも、いちいち、なんか、かっこいい。
好きな楽曲・アーティストについて思わず熱く蘊蓄を傾けてしまい、はたと気付いて、
「あ、ごめん」
などと顔を赤らめたりするさまもひどく眩しく見える。

何しろ私が思わず熱く蘊蓄を傾けたくなる曲と言えば、『金太の大冒険』に始まり、
『うぐいすだにミュージックホール』、『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』etc.…とまあ、
ちょっと挙げただけでもかなりまずい方面に偏っているのである。
自分の顔が赤らむより先に聞く人の顔が青ざめそうだ。
長の年月口重な主婦で通っているが、必然的にそうならざるを得まい。


だが、私の心にべったり染みついているのは、やはり歌謡曲である。
但し、もはや“今は亡き”と付けねばならんだろう。
阿久悠の死去と共に、小さな点になっていた歌謡曲の背中もとうとう見えなくなった。
巷じゃ歌謡曲をJ-POPと呼ぶようになった、てな観方もあるが、私は別物だと思う。
歌謡曲はJ-POPほど小洒落ていなかったし、かと言って演歌ほど陳套でもなかった。
勿論、やめでぐれー、と身悶えさせられるくっさい曲も多く、また、アイドル物などには、
おいアタマ大丈夫か、と心配になるくらいすっからかんに晴れ渡った曲も見られたが、
反面、一度聴いただけで全身に鳥肌が立ってしまうような感動をもたらす曲もあり、
兎に角それらを全てひっくるめたごった煮的な歌謡曲の世界が私は好きだったのだ。


ピンキーとキラーズの『恋の季節』が流行ったのは小学一年生の頃だったか。
黒い山高帽を被り四人のおっさん(実際は青年だったが)を従えたでっかい姉さんは、
いかにも颯爽と目に映った。

そして何よりこのフレーズ。
        【  夜明けのコーヒー 二人で飲もうと
            あの人が言った 恋の季節よ      】
鼻垂れガキのこと、当然慇懃を通じる男女の仲についてなどわかるはずもない。
なのに、やたら強く耳に残った。

恋の季節というのはどうやらえらく特殊な気持ちになる季節を言うらしい。
そしてこのフレーズは何だかその特殊さを端的に言い表しているような気がする…と、
当時受けた感を現在のばばあ心でばばあ語に訳し説明すればこうなるわけだが、
何にせよ、一つのフレーズにはっとさせられたのはこの曲が初めてだった。


また、同じ頃流行ったいしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』にある、
        【  足音だけがついてくるのよ ヨコハマ 
            ブルーライト・ヨコハマ           】
というフレーズも印象的だ。

いしだあゆみと、何故だか知らんが西郷輝彦が、仄青い街灯りの下を歩いている。
かすかに潮のかおりなんかもして、どこまでも二人きり。
『足音だけがついてくるのよ』という何気ない一言で美しい情景が浮かび上がり、
子どもながら浪漫チックな気分を齧ることができた。
後年、西郷が『どてらい奴』の猛やんになってしまったときは心底がっかりした。


小学四年生のときに流行った五木ひろしの『よこはま・たそがれ』は、演歌ではなく、
歌謡曲の中に入れたい。
何故なら子ども心に物凄く斬新な感じを受けたからだ。

この曲は、よこはま・たそがれ・ホテルの小部屋・口づけ・残り香・煙草のけむり…と、
延々名詞ばかりを並べ、歌われていくのだが、最後になってそれらが突然、
        【  あのひとは 行って行ってしまった        
            あのひとは 行って行ってしまった
            もう帰らない                 】
という嘆きに集約され、感情が堰を切ったように放たれる。

むろん名詞云々なんてのは後から気付いたことだが、不思議に感情過多に陥らず、
どこか乾いたあきらめを感じさせたのも、その辺りに依るところが大きいのだろう。
だからこそ演歌に興味を持てない子どもの耳にさえ垢抜けて聞こえたのだ。
『泣かないで』(舘ひろし)の作詞者ももしかしたらこの手法を取り入れたんじゃないか、
個人的にはそう睨んでいる。


さて、思春期前の話だけでもどんどん冗長に流れているが、幼心に最も響いた曲は、
何と言っても小学五年生の師走にレコード大賞を受賞した『喝采』である。
当時、この曲はちあきなおみの実体験に基づいたものという作り話が囁かれ、実際、
彼女はさもあらんと思わせるほど繊細に神経を巡らせ、いとおしむように歌っていた。

音楽にしろ、ドラマ・映画にしろ、私は愛する人の死を扱った作品が苦手である。
実話ならまだしも、フィクションで感傷にまみれさす事柄ではないと考えるからだが、
『喝采』のような作品を知る以上、ムードのみで片付ける駄作など受け容れ難い、
そんな思いも多少は絡んでいるようだ。
この曲に関しては、極限まで贅肉を落とした掌編小説である、としか述べようがない。

しかし。
愛する夫の死を境に表舞台からふっつり姿を消してしまったちあきなおみ。
彼女はこの不朽の名曲『喝采』でさえ、もう二度といとおしめないのかもしれない。

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