ボンクラ主婦きすけの気ままな日記
ちょうど身体の曲がり角なのか、去年・今年と各種持病が引きもきらずである。
取り除くなり投薬で抑え込むなり治まるのを待つなり、一つ一つ対処するしかないが、
こっちの都合も考えて間を空けたらどうだ、と、うんざりこく。
最近の来客はメニエル氏、陸上船酔い状態のため炊事&手抜き家事が精一杯で、
家に閉じ籠るしかないってのに、読書はおろかPCを触るのもしんどいのが不便だ。

こういった、社会とのプチ隔絶じゃん、っぽい生活を心ならずも度々繰り返していると、
むしろ社会との関わりを嫌でも意識させられる。
まあ結局は『社会から見た自分のしょうもなさ』をより強く思い知るだけかもしれぬが、
その分『自分から見た社会が全て的なしょうもなさ』に嵌ることもないと思うわけで、
それ以上深刻に考える気を持たぬところが我ながら図々しい。
いや、クソ暑くて愚痴もめんどくさくなっちゃった、ってのが本心なのだろう、たぶん。
昨日の記事を読み返したら、ひどくぶちキレた文章に赤面。
これじゃまるで人の情けがわからぬならず者みたいではないか。
たぶん私ゃキーを打つ間中ニコチャン大王のような顔つきになっていたことだろう。

でもまあ、やたら刺々しくなるときってのは大抵しょむない布教活動をしかけてくる者、
或いは、宗教とは無縁でも似たような思考回路で働きかける者に接した後だったりする。
他人の力になってやるという“シチュエーション”がだあい好きで、対象を求め嗅ぎ回る、
対象が見つからなきゃ他人の泣き所をつっついて悩みを作り出す、そんな人々だ。
古い事件だが、甲斐甲斐しい看病で醒めた恋人を振り向かそうと毒を盛った看護師や、
少し前に逮捕された、いの一番の手柄を誇るために放火を繰り返していた消防団員、
そいつらとあんたの心性はどう違うんだタワケ、おっとまたニコチャン大王になってきた。

但し、私は宗教や信仰そのものを否定したり忌避するつもりなど全くない。
父方の爺さんの兄は何を思ったかある日突然禅寺の僧になっちゃったという変人だが、
幼い頃この大伯父の話を聞くのがとても好きだった。
また、ぼうずの幼馴染にはお寺の子がい、毎回途中で舟を漕いだと言ってはいたものの、奴も仏教講話に誘われちょくちょく出かけて行ったし、この頃親しくしている友の一人は、
敬虔なクリスチャン家庭に育った子、春休みに泊まりにきた際もちゃんと聖書を持参し、
就寝前にはお祈りをしていたそうな。
細眉・髪立てという今どきの子らしい外見とのギャップに申し訳なくもふきそうになったが、お寺の子同様、ちょっとしたときふと表れる清廉さに何となく惹かれるんだとか。
自分とは違った方向・角度から物事を考える人々と交わるのは大いに結構なことだ。


話は些か飛ぶが。
巷の地蔵堂の石柱等にはよく
『見てござる』
という文字が彫られている。
そして、森永エンゼルパイだったか、大昔、
『♪だあれもいないと思っていても どこかにどこかにエンゼルが』
てなCMソングもあった。

いずれも、
「神仏てか超越者てか、とにかくそういう存在がお前さんを見守っていますぞえ」
といった大らかな意味を持つ言葉なのだろうが、一方、
「誰も見ていなくたって天には眼がある、自分の姿を正さねばいかんぞよ」
このようなゾゾゾもんの意味もあるように感じる。

春先の日曜早朝、強風に煽られ駐輪場の自転車がドミノ倒しのような状態になっており、
かなりの台数であるそれを一人の青年が淡々とした表情で立て直していた。
慌てて駆け寄り手伝ったのだが、心の底からありがとうと思った。
自転車を立て直してくれたことに対してだけではない。
私一人で倒れた自転車群を発見したんだったらやらなかったかもしれないからだ。
そういう恥ずかしい自分に気付かせてくれたからだ。

宗教や信仰云々に関係なく、黙って他人の役に立てる人はいる。
ぼんくらながらハッとしてGoodでそれに続かねばと教えられる者も出てくる。
小さな出来事だろうと、これこそが道を説くってことであり、真の布“教”なのではないか。
体調が悪い。
ってことで、相変わらず駄目主婦だ…とか人並に落ち込んでみようと思ったものの、
それらしく溜息ついた端からぺろり舌を出したりするのであった。
私ゃとことん自分が可愛い、何で態々おのれをいじめねばならんのだ、馬鹿馬鹿しい。

ただ、一応神妙な風を装うこともある。
励まし屋さんに対するときなどがそうだ。
凹んでいないかと訊かれたら、凹んでいない限り凹んでいないと答えるのが普通なのに、励まし屋さんの場合は相手が思いの外凹んでいないと見るや、
「いろいろあって悩んじゃうよねえ」
と、情けない現状への自覚を促してくれるため、あまり明るい顔をするのはまずい。
他を気にかけてやっている之図ってのが大好きなのでへらへらしているとうるさいのだ。

大体、励まし屋さんってのは平生でもやたら心配してるわメールを下さる。
で、こっちが元気である旨返信すると、元気なだけではいけないようで
「気を引き締めていかなきゃね」
「浮かれていないでがんばろうね」
と、無理にでも励ましの形をとった返信がまた来る。
御自分のお言葉のありがたみを信じきっておられるのであろう。

どうでもいいけど悩める他人の姿を期待するのはやめてもらいたいものだ。
あるお母さんのブログに親子喧嘩のひとこまが描かれていた。
温かな家庭で朗らかに育った娘さんだってことは日頃の文章から楽しく伝わってくるが、
生意気盛りの中学三年生、ともすれば口のきき方が些か横柄になるといった年頃だ。
冷静に大人の対応ができず、ついまともにやりあってしまう、と飾らず述べておられ、
「うんうん、そうなんだよなあ」
と、画面に向かって何度も頷いてしまった。

うちなんか子どもが高三になったというのに未だガーガー罵り合っていたりするのだが、
やはり中二から中三の頃が最も派手で、
「いちいち反抗するためにもりもりメシ食っとんのかこの野郎」
てな思いの毎日だった。
ぼうずにしてみりゃ、
「いちいちごちゃごちゃ言うために息しとんのかボケ」
だったろう。

私の場合は即効性を求めてしまうから喧嘩になるのかもしれない。
待ったなし、今わからせねばならない、という気持ちが強過ぎるのだ。
で、子どもは何だか支配されているように感じ、ますます反発する。
たまにずいぶん前の小言に対し、
「あれは俺も悪かった」
とか、
「先生にも同じことを言われてもうた」
ともらすことがあるけれど、きっと親にしかぶつけられぬ苛立ちってのがあるんだろうし、
他人にぶつけるようなことがあっちゃならんわけで、もっと落ち着いて話しゃよかった、と、
反省することも間々ある。
即効性を求めた自分自身が後になってから気付いてりゃ世話ないわな。

ただ、親が子どもの機嫌取りをするのって、やっぱりちょっと変だ。
それに、喧嘩になるからには子どももまた親の顔色を窺ってばかりの奴じゃないってこと、苦しい言い訳だが、カラリ後をひかぬ喧嘩なら日々の薬味やじぇ、とか開き直ってみる。

ついこの間も、

「ようもまあそんな雑言をっ、親にかてここまでひどいことを言われた覚えはない!」
矛盾してんだかそうでないんだか不明な言葉をヤケクソでわめき、ぼうずに
「なにをいきなり拗ねた子どもになっとんのや、きっしょっ!」
と返されて、おとんの失笑までも買ったのだった。
私は一度悪口を言い出すと次から次へ、てな傾向があるようだ。
前世では浅香光代と親子だったのかもしれない。

まあしかし、前項のようなうざい人というのは、うざいだけで済む分まだましなのだろう。
それに、こっちがうざく感じる相手ってのは、大抵こっちのことも良くは思っていない。
たとえ負の意味にしろ互いに似た感情を持てるという点では気が合っているわけで、
次第に交わりもなくなるため大きなトラブルは避けられる。

では、最も厄介なのはどんな相手か。
関係妄想癖のある人間だと私は思う。
他人の発言や表情、動作等を何でもかんでも自分に関係づけて考えちゃう、ってやつ。

むろん、物事を自分に結びつけて考えること自体は誰でもフツーにやっているはずだ。
あっしにゃ関わりのないことで…のみでは個々の生活もひいては世の中も回っていかぬ。だが、全く違う方角を向いて話してんのに自分のことを指していると自ら名乗りを上げ、
怒ったり悲しんだり騒ぎたてたりする人ってのはどもならん、珍種のオレオレ詐欺か。

また、突っ込んだ話をする間柄でもないのに
「わかってるって」
と、一人で納得し、胸中を見透かしたみたいな態度を取る人も同様だ。
挙句の果てには週刊誌の『事情通』よろしく周囲へ誤ったことを吹聴するから大迷惑。

さほど誼のない人のことって、その姿勢や言に感銘を受ける又は好感、親近感を抱くか、
逆にひどく嫌悪感を持つかでない限り、ついでに思い出す程度にしか浮かばないものだ。関係妄想癖のある人間は、自分じゃ繊細な神経の持ち主だと言っていることが多いが、
その実、常に大勢の注目を浴びているという厚かましい自信に満ちた強か者であり、
人と人との間に割り込んでは妨害電波を発していく厄病神なのである。
体調がいまいちであまりPCにさわれず放置状態となってしまった。
ま、自己満足のために細々と続けていこう。

ってことで。

高校生の頃、男子を中心にいっとき
【そう思っとるのはおまえだけ】
という言葉がプチ流行語になった。

文字にするとえらく乱暴な物言いのように感じられるが、実際はさほどでもない。
誰かが自意識過剰臭の強い発言をしたり、ここで言うかっぽいずれた正論を吐いたりし、
何となく空気が固まっちゃった際になされる換気的な意味合いの声掛けとでも言おうか。
むしろ自らそう言われるよう仕向け、お約束通り皆で一斉に突っ込みどっと沸くといった、
ウケ狙いのお笑い色が濃い言葉であった。

馬鹿馬鹿しくも懐かしい思い出だが、この言葉は存外私に大きな影響を与えたようだ。
ある人にとっては大切だったとしても、自分にとってみればどうでもいいで済んじゃう、
そんな事柄は当たり前に存在する。
逆も然りだ。
(但し社会常識や倫理に関わる事柄はまた別の話)

ところが、他の『どうでもいい』を許さぬ人種てのもいるわけで、そんなのに出くわす度、
四十女になった今でも

【そう思っとるのはおまえだけ】
胸中秘かに突っ込んでしまうのである。

そりゃ当然、表向きは一応四十女らしく、
「えっと、そういう面には暗くて」
とか、
「あまり考えたことがなかったんで」
と、本当は『どうでもいい』と返したいところを丁寧に言い換えている。

にも関わらず、
「そんないいかげんなことでいいの?」
いきなり熱く御指導御鞭撻を始めたり、
「何だか傷ついたわ」
自己を否定されたとばかりにじめじめ嘆かれたりすることもあり、頭が痛くなる。
それが何故か自称曲がったことの嫌いな人・自称感受性豊かな人にありがちなんで、
余計にこっちの顔が赧らむようなやりきれなさを感じる。

そう、まるでなかなか遠くへ去ってくれぬ鬱陶しい選挙カーみたいだ。
しかも、いつの間にか
「これは大切なことであります」
ではなく、
「私は重んじられて当然の大切な存在であります」
という連呼にすり替わってんのな。

勿論、自分だけが思う大切な事柄であっても、それを発信するのは大いに結構、
様々な考えに触れられるのは有難いし、私とてしょうもないことを叫びたい。
が、ごちゃごちゃといちゃもんつけてやりにくくしてくれちゃうのも、上記の
【そう思っとるのはおまえだけ】
風味あふれる人々だったりするから困る。

ちょっと横に逸れるが。
魅力的な方々の姿勢を拝見していると、発言の際にやはり一旦、
「こう思うのは自分だけかもしれない」
という羞恥をくぐらせたその上でさっぱりと言い切っておられるように見受けられるし、
一方で、
「一人が思うことなど既に多くの人が思っていることなのだ」
と、殊更に奇を衒ったりせぬ清々しさも感じられる。

皆が同じ思いだ的代表者面とも、逆に一味違うジブン的特別なヒト面とも無縁だ。

元に戻って。
とにかく『どうでもいい』ってのも一つの意なんだから、それはそれで仕方ないのである。
また、『どうでもいいこと』という面から他の考えを知るてな接し方だってあるのだ。
『大切なこと』ってのは大切なだけに何やら深遠な背景がありそうで小難しいが、
『どうでもいいこと』ってのはわかり易いではないか。

かつて
【そう思っとるのはおまえだけ】
が笑える言葉として流行ったのも、裏側に容認のやさしみを含んでいたからであろう。
現在のおのれの呟きに『チッ』という意味しかないことは我ながら痛い。
雨の土曜。
おとんは急な仕事で得意先へ、ぼうずは学校へと、相次いでどたばた出かけて行った。

「行ってらっしゃい、気ぃつけてなあ」
常の如く見送ると、
「ん、行ってくるワ」
常の如くどっちも同じ言葉を返し、どっちもエレベーターには乗らず階段へと向かい、
どっちも踊り場の壁に姿が遮られる直前、背中のまんまかるく左手を挙げ、降りてゆく。
なるほどなあ、父子やなあ、と変に感心。

私に人生なんか語れるわけはない。
が、たまに、人生とはこういう小景の積み重ねなんかもしれんなあ、と思うときがある。
そしてじんわりとありがたさを感じる。


その午後。
結構本降りになってきたし、晩御飯の買物に行くのもめんどいぞ、と、在庫を確認したら、
ストックケースの中に『すし太郎』を発見。
突然、暇人の脳裏に古い映像がよみがえる。

当時私は二十代前半だったろうか、まだ『紅白歌合戦』も『日本レコード大賞』も、
権威の低下を騒がれる程度には世間の関心を集めていた時代の或る大晦日、
北島三郎が暴力団の宴会に出席したとかでいずれも出場を辞退したことがあった。
NHKは急遽代役を立てたが、レコ大のほうは北島の『北の漁場』が最優秀歌唱賞に。

重苦しい空気が流れる受賞者不在の壇上で司会の森本毅郎が、
「我々は北島三郎及び『北の漁場』という素晴らしい歌手・優れた楽曲に敬意を表し、
 
最優秀歌唱賞を授与するものであります」
沈鬱な中にも協会は正当に評価してんだぜちょっといい話だろ臭漂う表情でそう告げ、
画面はCMに切り換わった。

と、次の瞬間、
「♪ちぃ〜らしぃ〜ずしぃならぁあ このぉ〜すしたンろぉ〜」
なんと、ハチマキもいなせな職人姿の当人が軽快に歌いながら登場。
咄嗟には事が理解できず、トボーンと呆けたような心地で北島の鼻の穴を見つめた。
結局、森本の感動的な台詞も水泡に帰したのだが、私はあまりの間の悪さに対し、
むしろ大きな感動を覚えたのであった。

で。
再び、人生とはこういうしょむない記憶の積み重ねなんかもしれんなあ、と思ったりした。
それで笑えることにもじんわりとありがたさを感じる。
母の日、ぼうずに
「おい、何か欲しいもんってあるか?」
と訊かれたので、
「カネ」
清々しく即答したら、
「ぜってーそう言うと思った」
しっかり馬鹿にされた。
ちっ、どうせ月末近くになったら小遣いが無くなったとおとんに小銭をたかるんだろが。
最初から何も買わんでよろし。

プレゼントには関係なく。
実はちょっと前、欲しいものがあった。
これとこれ。
湯呑1
湯呑2
国道沿いの鄙びたドライブインや田舎の集会所・お寺社などでお馴染みの湯呑ながら、
最近あまり見かけなくなったため、個人のレッドデータブックに記載したのだが…

「何や、こっちの水玉のは毎日会社の会議室で使っとるやつやないか。
 
それにこの変な顔の小坊主(唐子と言ってくれ)ががちゃがちゃしとる湯呑やったら、
 
ばあやんの納屋に腐るほどあるでー」
画像を見たおとんが事もなげに言う。

まだそう買い急ぐ必要はなさそうだ。
ずいぶん前のことだが。
あるローカル番組で『主婦にぴったり、エッセイを書こう』てな特集をやっていた。
実際にエッセイ教室で指導しているという女性講師が、
「普段から文章の行間を読む習慣をつけることが大事です」
とカメラに向かってアドバイス。

エッセイどころか品のない日記を書くのが精々の主婦ながら、これには首を傾げた。
文章の行間を読むってあんた、作者が文に表した意をこそきっちり追うべきではないか、
行の間はただ白いだけ、何も読まないのと一緒だ。
古典文学などは婉曲な仄めかしも多いが、それでも作者の思惟は言葉として在る。
行間なんて読者が勝手に埋めちゃうもの、謂わば読者側の想像や自己投影に過ぎぬ。

まあ、無理矢理好意的に解釈すれば、上記の先生はエッセイ入門者の心構えとして、

とりあえずは受け身の立場から一歩前に出ようと言いたかったのかもしれない。
また、単純に“読む”ということのみに限って考えると、極めて私的な行間塗装、例えば、
神林東吾や髪結い伊三次に原田龍二の顔を当て嵌めて読んじゃう等の強引な作業も、
読書の二次的な愉しみ方としてはアリだと思う、堂々と言えば恥をかくだけで。

しかし、この『行間を読む』という、何だかちょっと奥深そうでかっこよさげな言葉自体も、
ネット等文章でやりとりをする場において堂々と言えば、やはり恥をかくことになろう。
他に対する独りよがりな思い込みや偏狭な曲解を正当化するに等しい表現だからだ。

実際がとこ、『行間を読む』という妙な言葉は何故か、文に書いてある意をすっ飛ばし、
文にない意ばかり邪推して、難癖つけたり被害者面で嘆いたり先輩風を吹かせたりする、当たり屋みたいな人間を連想させる。
また以前、私の文の行間を読んでくれなどと不思議な要求をする人に出くわし驚いたが、
図々しいにも程がある、わかってほしい意があるなら普通は文に示すだろ。
そんなに勿体をつけたいんだったら江原啓之でも呼べ。

『行間を読む』という、それこそ本の栞代わりに心霊写真を挟むが如き眉唾な言葉など、
一日も早く死語になってくれることを願う。
月曜の午後八時四十五分過ぎ。
いつものように助さんの
「頭が高い、控えおろう!」
にへらへらとしていたら、ちょうどそこへ帰って来たぼうずが冷ややかな一言。

「キムタクやもこみちや玉木みたいにいかにもおばはんが騒ぎそうなタイプならわかるが、
 あんたって何やしらん微妙な芸能人ばっか好きだよなあ」
やかましい、ストライクな顔が原田龍二なんだから仕方がないではないか。

眼福眼福と呟きつつ観る『水戸黄門』は、梅こぶ茶の味わいである。
退院してからこっち、暇さえあればグースカ寝てばかりいたため頭がボケボケ。
また弁当作りも再開したことだし、段々通常モードに戻るわさ。

さて。
一昨晩、頂いたコメントへのレスを打つ際、何かしらもやもやするものを感じた。
勿論、コメントを下さった不幸中の幸いさま及びそのコメント内容とは一切無関係で、
元々自身の中に在った私的な蟠りに過ぎないのだが、この機会に一寸まとめておこう。

当ブログは主に日常生活の中でわいた雑駁な思いをせこせこ書き留める日記であり、
特に断りのない限り掲示板他ネット上の出来事を取り上げてはいない。
結果的には重なり合う部分が生じたとしても、重なり合っているだけで本来は別の円、
一緒くたにしているわけではないのである。
但し、重なり合っているだけにその部分のみ濃く浮き上がって見えてしまうのも事実で、
読む人の事情によってはネット上の事柄てな受け取り方になるときもあろう。

ここで、
『書く側と読む側の意図が一致しないのは当然である』
と主観を客観視してみれば、仮に表面的・一時的には齟齬があるように映ったとしても、
実際のところは何の支障にもならない。
掲示板等には紙に書いた文字を唱えるが如く理解理解と他に詰め寄る人が付きもので、
そんな人こそ『意図の不一致は当然』という前提的な理解を放棄していると思うのだが、
ブログはその辺りを明確にし易いので実にラク。
ま、ぺたり平たく言っちゃえば、他人の受け取り方の責任を私に問われたって知るか、
ってだけの話なんだけどさ。
(
少し前の幸田來未・羊水腐る発言騒動だって同じことだ、いちいち喚きたがる奴は、
まず自分の脳味噌が腐っていないかどうかを疑え
)

しかし。

根本的には単純な勘違いに過ぎなくとも、掲示板等他とのやりとりを目的とした場では、
これが釦の掛け違いとなって面倒なことへと発展してゆく場合も多い。
個々に自意識を加減できれば大した問題にならないが、如何せん、ネットの繋がりとは、
自意識を基にした人格の繋がりとも言えるため、他に対する憶測も一人歩きしてしまう。

掲示板等でよく見かける、他を誹謗したり揶揄することでしか自論を立てられぬ人々、
いや、自論がないからこそ他の言に絡みつくことでしか自分の存在を示せぬ人々は、
チンケな自己満足のため故意に釦を掛け違えて空騒ぎしているつまんねえ人種だ。
が、本当に怖いのは、一人歩きした憶測を誠実さにすり替えて存在を示す人だと思う。
下手すると、公開の場だけでなくメールを使って説教したりお節介を焼いたりすることで、
ネットからの触手により現実的なストレスをもたらして下さる有難い人も出てきたりして、
げっそりさせられる破目になる。

ネットは日常生活に溶け込んでいるが、ネットを日常生活の形代にできるわけじゃない。
ネットでコジュウト(小舅・小姑両方ね)になっちゃう人は、それがわからぬ馬鹿である。
家はやっぱりよろしわあ、あーのびのび。
腹腔鏡による軽い婦人科手術のため、ごく短期間更新を休みますです。
普段から気ままにやってんのにいちいちお知らせかい、てな苦笑もわきますが、
いちお、よろしく、ということで。
んじゃ、行ってきます。
本箱の隅っこから『雑』とだけ書かれたシールの貼ってあるCD−Rが出てきた。
何が『雑』や、こんなんで整理した気でおるんか、と過去の自分に怒りつつ見てみたら、
二年ほど前に別の場でアップした文の下書きが20件余、成程やっぱり『雑』だった。
どうせなら下書きでなくアップした方の文をコピーして保存しときゃいいのに、とまた怒り、
そう言えば、このブログを始めて一ヶ月位の間は、全く同じ台詞をブツクサ呟きながら、
これを基に古い文をなぞり、焼き直していたなあ、と思い出したのだった。
未掲の下書きも僅かにあったので手抜き乍ら当時と考えの変わっていないものを一つ。
大体は原文のままである。


     ※ 本音第一主義者

世間には『本音第一主義者とでも呼びたくなるような人々がいる
具体的には、
「相互理解のために本音でぶつかっていきたい」
「本音で向き合えない関係なんて無意味」
このように何かと腹を割り割らせたがる人、また、そういったポーズに酔う人をさすが、
世が世なら新撰組への入隊をお勧めしたいところだ、三島の楯の会でもいいぞ。

どこに向かって入れているのか不明な茶々はさておき。
かの人々の言を拝聴すると、困惑させられることも多い。
別に何だっていいんだが、例えば国語のノートを
「国語のノートとは如何に使うべきものか」
てな考察のみで埋めてゆくにも似た空漠たる語らいに本音という表題が必要だろうか。
正直、私にしてみればその本音なるもの自体が“?”の連続。
大仰に本音と名付けた由無し事の羅列としか思われないのである。
同じ由無し事ならヒョータンツギの落書きでもして頁を費やすほうがまだマシだ。

小人の法典にも、出来得る限り他の主義主張を尊重する、という項は一応ある。
だが、そこはやっぱり小人、ついつい舌がチッと鳴ってしまう。
上記の由無し事が『説伏』としか感じられぬ場合は特に。
随順の意を示さねばどこまでも食い下がる構えをとって本音なんぞ訊かんでくれ。

別段意識しなくとも自然に出ちゃっているのが人の本音。
むやみに騒いで掘り起こそうとするのは鈍感だからであろう。
おのれが満足できる答えばかり欲する意地汚さを純粋さや潔癖さと勘違いできるほどに。
何より、本音なんか日替わりランチ、が本音なのだよ、私ゃ。
夕方、ぼうずの部屋へ糊を借りに入ったら、奴は仏頂面で英語の問題集をやっていた。
が、こっちは頁の間に挟まれた付属の赤いシートを見た途端、
「そういや、これに似たぺらんぺらんな材質の簡易レコードがあったな。
 えっと、ソノシートだったっけか」
極私的な回想の波間に一人揺蕩、どこまでも不真面目な親なのであった。
なに、真面目に問題集を覗き込んだところで珍紛漢紛、勉強の妨げにしかならん、
エーゴトッテモさんデスBAD えーびばでSAMURAI SUSHI GEISHA。

ともかく。
件のソノシートは大昔、絵本や雑誌の付録として大活躍、見た目こそ貧相なれど、
当時のよいこたちをお手軽に満足させてくれる良き友だった。
これまたおもちゃみたいにお手軽なプラスチック製のポータブルレコードプレーヤーで、
童話や日本民話、或いはオバQ、怪物くん他人気アニメの歌などを楽しんだものだ。
風が吹くとフガフガ浮き上がり針が飛ぶため、中心近くに重石の十円玉を置いたが、
聴き終わればそれは忽ち駄菓子屋でコリスの笛ガムやクッピーラムネに化けたりした。

小学二年の冬、重石の主たるスポンサーである祖父に連れられレコード店へ行った。
ソノシ−トではないちゃんとしたレコードを買ってやるから好きな一曲を選べとのこと。
そこでまず最初にねだったのが弘田三枝子の『人形の家』だった。
しかし、明治男の祖父は、
「幼い者がこのような色恋の歌を聴くのは感心しない」
と即却下。
まあ、ものは試しと言ってみただけで子ども乍ら何となく不健全な匂いは嗅いでいたし、
結局、『行け!タイガーマスク』(タイガーマスクの主題歌)を買ってもらった。
祖父はやはり渋面を作りつつも『人形の家』よりはましと不承々々認めてくれたようだ。

私はさほど活発な子どもではなく、プロレスにも特に興味を持っていたわけではないが、
『行け!タイガーマスク』は何故かものすごく好きだった。
長じてからも、ファイト一発、てなときにはいつも脳内でこの曲を鳴り響かせていたほどだ。私にとって『行け!タイガーマスク』は気力を鼓舞する魂の歌と言っても過言ではない。
思いっきり過言か。
何にせよ、今でもイントロを聴くだけで血が沸いてくるし、よく風呂でがなっている。

名鉄パノラマカーが来年度中には全廃となるそうだ。
二十年以上乗っていないが、もう見られなくなってしまうと思うとやはりさみしい。
楽しい思い出を呼び覚ますこのミュージックホーンも赤い電車じゃなきゃピンと来ない。


 

昭和は遠くなりにけり。
少し前のことになるが、ある日曜日。
ぼうずはガサゴソと早起きし、友と六人連れで名古屋へ出かけた。

「名駅・栄周辺やら大須やらをうろうろしてな、東急ハンズでちょこちょこっと買物してな、
 あんかけスパをガガーッと食ってな、…略…」
名古屋という街は地上より地下のほうにわさわさ人がいる、などと楽しげに話しつつ、
「でもなあ、地下鉄って何やしらん心細い気分にならへん?」
図体に合わぬことも言う。

ぷっと小さく噴き出したものの、何となく頷きたくなる言葉ではあった。
私自身、大昔は日々の足だった地下鉄という乗物にあまり懐かしさを感じないからだ。
職場の鬱屈を抱えて帰る日など特に、吊革に掴まる自分の顔しか見えぬ窓が疎ましく、
どこに行き着くのかわからなくなるような不安すら覚えた。
「まもなく、○○〜、○○〜、お出口は左(右)側です」
というアナウンスが入り、駅の灯りが射し込めば、妙な閉塞感も一旦ほどけるのだが、
走り出すとまたそれが心の中で凝ってゆく。
自分の町の駅に降りると、疲れているときでも急ぎ足で階段を上がった。

そう言えば、三歳くらいの頃のぼうずは、ドライブなどで少し長めのトンネルに入る度、
「おかあさん、ぼくらあんなちっちゃい穴から外へ出れるん?」
心配そうな顔で尋ねたものだが、母親にそれを話したら、
「あれま、あんたも小さい頃おんなじことを言っとったよ」
と笑っていた。

性格もものの考え方もおとんそっくりで私とはまるで違う少年ながら、ものの感じ方は、
どこやら似ているところがあるのかもしれない。
日が沈んだ後の、まだいくらか明るさが残る時間に山並を仰ぎ見、チャリをこいでいると、
鳩尾がきゅーっと締まるような変な気分になってしまうが、決して不快な感覚ではない、
いつかそう漏らしたこともあり、おや、あんたもかい、と思ったしな。

そして。
やたら擬態語を多用するアタマの悪い話し方は確実に似ちまったようだ。

このところ嬉しい再会が二つもあった。

お一方は、以前某掲示板にて活躍されていたりょうさん。
(